それは、神々の君臨を象徴するかのように、明るく澄み渡った水色の空を背景にしながら起こったことでした。黄金色に輝くシロナガス鯨の巨体が、口先を上方にして、まるで天を指差すかのように垂直に立った格好で、ゆっくりとしかも着実に降下して行くのです。この超現実的な光景に魅了された私たちは、心を一つにして、そこに飛び移ることを願ったのでした。私たちの感覚が蘇ったのは、鯨の「さえずり」と呼ばれる柔らかい舌の上でのことでした。それから、その口元の白い半透明の髭のような物質が身体に絡みつくのを避け、それを掻き分け掻き分け喉元と想われる場所にやっとの想いで辿り着いた私たちは、大きく深呼吸をしながらお互いの安堵の表情を確認し合ったのです。私たちは休む暇もなく、鯨の食道に沿って旋回しながら下がってゆくロープだけを頼りにして、無重力に近い空間を、しっかりと手を握り締めて降りて行くことにしたのです。そこには、蒼い血管を誇らしげにその透明の皮肉を通して浮き上がらせている烏賊やワルツのテンポに合わせて踊るような優美さで泳ぐ水母などが生息していたのです。私たちは、彼らといっしょになって、下へ下へと押し流されて行く漸動運動に身を任せることにしたのです。ところどころに観察される鯨の内壁は朱色に染まった寒天状の皮膜から出来ており、その内奥からは潮が渦に向かって急速に流れを速めている光景が暗示されているのです。奇妙な例えようのない不安と危うさを報せるような匂いが、甘い甘い海の神秘を讃えるような芳香に変化したのに気づいたのは、私たちが三つの白い空洞からなる鯨の胃と想われる空間に辿り着いた時のことでした。その内の真ん中に位置する洞には、どこまでも透き通ったエメラルド色の体液をたたえた泉が湧いていたのです。水底から揺らぎながら浮き上がってくる歓喜の表情とその歌声にしばらく見惚れていた私たちは、意を決して、その喜びと美声の持ち主を探さんがために、波一つ起たない水面めがけて飛び込んだのでした。水面に到達するまでに、再び襲われた無重力の感覚を経験しながら、私たちはその歓喜の表情が小魚の銀色に光る群れから成っていることに気づくだけの冷静さを失うことはありませんでした。水面は蓮の花びらが閉じるように、私たちを包み込みながら水中に導くのです。体液からなる泉の素成が身体の皮膜を通して侵入してくることに対する躊躇いと、いやむしろそれを受け入れることによる変化を心待ちにする気持ちが合い半ばしながら、私たちはゆっくりと水面を反対方向から見上げる体勢を取ったのです。すると、水底に向かう幾本もの光の束の収束する辺りには、空っぽになった木製のボートの船底が、主の帰りを待ちわびるかのように揺れ動いているのです。歓喜の表情を操る歌声の主と想われる存在が、水底の暗がりから急速に浮上する気配を感じた私たちは、数多くの気泡と無数の小魚たちの祝福に見守られながら、ボートの縁へと手を伸ばしたのです。黄金色に輝くシロナガス鯨の上昇への反転を感じたのは、ほとんど同じ時であったと記憶するのです。