バーミリオンの「月影」が氷のようなブルーの「水面」で揺れる。それは、プールの「水面」から僅かに浮かび上がって視えたのです。ペラペラの「月影」が「水面」に貼り付いている。静寂の「歌声」が震えて映る。水の「妖精」がキラキラと舞っている。やがて一つの「月影」が壊れて、一つの「月影」が生まれる。その永遠の繰り返し、その生成流転の「表象」に、私はクラクラと「眩暈」を覚えたのです。
どうやら、私は幻惑の「回路」に迷い込んでしまったようでした。沈黙の「燭台」が古代ローマの「回廊」に並ぶ。大理石の「円柱」は遠くまで続いているようなのだが、その先には、私の「視界」を遮るようにして、湿り気のある「濃霧」が立ち込めている。あの「月」の妖気を秘めた「光」は、いつの間にか、シャンデリアのクリスタルな「光」に変わっている。「濃霧」のカーテンを恐る恐る開くと、既視感のある驚きの「光景」が、私の「目」に焼付いたのです。
依然として長い「回廊」は続いていました。右側には石組みの「壁」が、左側には石造りの「水路」が、私に謎解きを求めるように現れて来たのです。この左右のバランスを失った「感覚」、それが「記憶」のどこかの片隅に眠っていたのです。
依然として暗い「回廊」は続いていました。いかにも堅牢な「壁」が、私の「耳」に触れるのが恐い。その上に彫られた「顔」が、私を誹謗中傷する「言葉」が怖い。「意識」は意味付けを急ぐのだが、「認識」までには至らない。見ていることが、必ずしも見えていることとは限らない。私の「精神」は、あくまでも冷静さを装っていたのです。
私は「水路」に目を転じました。すると、「世界」は鮮やかに反転したのです。安堵の「感情」が、まるで滾々と湧く「泉」のようにして、私の「内部」に満ち溢れて来たのです。
鮮烈な赤ではない。淡く優しいピンクの色調のバラの「花弁」が、ゆっくりと回転木馬のリズムに合わせて、まるでワルツを踊るような優雅さで流れて来たのです。うっとりとする甘い夢のような「香気」が漂って来たのです。
既に先人の残した「足跡」が、私の歩むべき「方向」を示していました。そして、私が一歩一歩と「足跡」を重ねる度に、その「香気」は力強さを増幅する。やがて慣れ親しんだ匂いは未知なる匂いへと変化する。それは、あの森羅万象のエッセンスを凝縮した「美酒」の醸し出す「薫香」のようでもありました。
花は咲き、やがて枯れゆく収穫を迎える。果実は実り、やがて死にゆく熟成を進める。大地の香りが見える。海の薫りが聞える。その「香気」に魅了され、その「薫香」に酔い痴れた私は、桃源郷が近いことを「予感」したのです。
私は「水路」に沿って歩みを速めました。「水路」はしだいに「壁」から離別して、私を左方向に誘導している。パラパラと真紅のバラの「花弁」が落ちてくる。見上げると、生い茂るバラの大輪で造られた「門」が、私に覆い被さるようにして視えたのです。
「時間」が刻々と過ぎている。「世界」は激変を欲望している。何が起こっても不思議ではない。不思議という「言葉」自体の輪郭が消えている。「意味」を失っている。
私は「門」を潜り抜けたようでした。足元のネットリとした「水」の感触が、そのことを報せてくれたのです。「濃霧」が晴れる。私の「予感」は見事に裏切られる。巨大な白亜の建物の「屋上」のプールが、私の「視界」に再び現れたのです。
プールの「水面」では、あの「月影」も「波紋」も消えて無くなっている。そして、悲しみの「旋律」が静かに響いている。苦しみの「小舟」が厳かに浮かんでいる。それは、誰かの脱ぎ捨てた「衣服」、何かの「死体」のようにも視えたのです。三匹のバーミリオン色をした「大蛇」が横たわる。その息絶えた「姿」が目の奥に現れたのです。