雲か霞の如く、数多くの「花火」は大輪を咲かせては惜しまれながら消えて行き、夜空には月や星が元の姿を現していたのです。その中にあって、一本の「光跡」を描いて頂点を目指した「火炎」は、不本意ながら不発となって、反対側に同じような「円弧」を描きながら落ちて行きました。その右上の夜空では、向日葵の花の如く、小振りの「花火」が大きく四方に開いて、しばらく無言で白く輝いていたのです。雨はすでに止んでいました。冷気を含んだ風が流れていたのです。両岸に渡された木製の「橋梁」は、黒く美しい「影絵」となって、深い藍色の「水面」に映っていました。水平線は低く位置していました。夜空が無限に拡大していたのです。上空の雲も下空の霞も少しずつ散り始めていたのですが、どこか不安をかきたてる「空気」は、いつまでも漂っていたのです。「水面」には、数多くの「屋形船」の黒いシルエットと、その船内の今にも消え入りそうな蝋燭の「炎」が浮んでいました。それは、「星空」の神秘をしっとりと写し出しているようにも視えるのですが、どこか不気味な「宇宙船」と、その船内の「光源」のようにも視えたのです。私の「意識」は、小高い丘陵の頂上付近から、この「光景」を俯瞰しているように想われました。それは、私という小さな存在を超えた、大いなる「宇宙」からの視点のようにも感じられたのです。天上を見上げると、夜空に輝く無数の「星」が今にも零れ落ちそうに視えました。地上を見回すと、蒼い森に囲まれた「泉」の水際で、独り佇む私の「意識」を見付けたのです。滾々と湧き出る「泉」は、「記憶」の水源の如く、豊富な「情報」を湛えているに違いありません。私は黒光りする「小石」を拾って、「泉」の中心に向かって投げ入れたのです。それは、黒く美しい「円弧」を描きながら着水しました。「波紋」が拡がりました。「記憶」が急速に甦って来たのです。それは、遠い「過去」か近い「未来」の出来事のはずでした。竹林の「小道」を散策していた私は、時折、音も無く吹き抜けて行く涼やかな「風」に心地良さを感じていたのです。気が付くと、太陽は西の地平線に姿を消しつつあり、それに合わせて「影法師」の黒いシルエットも移動しました。「向日葵」の花は西を向いてこうべを垂れ、すでに散ってしまった花びらは、それらが「大地」に帰することを物語っていたのです。突然、真っ赤な嘴の「鳳凰」が羽ばたくと、午睡に耽っていた「小禽」は慌てふためき、天空を目指して舞い上がりました。蝉の鳴き声は無く、脱殻だけが残されていました。「盛夏」を前にしてのアンニュイな「空気」が漂っていたのです。そして、しばらく歩くと黄昏時となり、この滾々と湧き出る「泉」に再び巡り合うことができたのです。私は、あらゆる森羅万象をことごとく写し取った感のある、この澄み切った「泉」に見惚れて、その「水面」を覗き込みました。すると、そこに写る私の顔色は朱色を帯びていて、目の周りには紺色の隈取ができていて、「山猫」のそれのような尖った耳が生えていたのです。そして私の背後には、私を取り囲むようにして、穢れ無き大きな黒い瞳をした数頭の「小鹿」が現れたのです。その時のことでした。上空では数発の「花火」が炸裂して、不発となった「火炎」が猛烈な勢いで落下して来たのです。動物達は慌てて逃げ惑い、黄金色の光に包まれた私は、私の「影法師」が「泉」に溶け込むのを見ながら、私自身が凍て付いた水の中に浸るような鋭敏な「感覚」を覚えたのです。私は私自身をほとんど純粋な「存在」のように感じました。それは、私を取り囲む「状況」の純粋さに、私自身が支配されたことを意味していたのです。この危機迫る研ぎ澄まされた夜の「空気」は、そして、この氷のような水の「感覚」は実に純粋でした。一個の感覚器官と化した私は、水の「分子」の一つひとつと一体となって、「水底」へと沈潜を始めたのです。「水底」は意外にも、しっかりと安定していました。水上を見上げると、水面に写る無数の「星」が今にも零れ落ちそうに視えました。水中を見回すと、硬い岩に囲まれた「泉」の水源で、独り佇む私の「意識」を見付けたのです。滾々と湧き出る「泉」は、「記憶」の水源の如く、豊富な「情報」を気泡のカプセルに閉じ込めて、水上に向かって解放っていたのです。そして、私の「意識」は再び「影法師」と一体となって、「記憶」はランダムに結合して、気紛れな「創作」が始まったのです。もはや、水上に浮ぶのは「屋形船」であるのか、それとも「宇宙船」であるのかの判別の「根拠」は、私の記憶ファイルには残されていなかったのです。