邪悪な心の兆しは、あの黒い羽毛に覆われ、鍵形の嘴と屈曲した爪を持った「獣」の追跡の執拗さからも、容易に判断が出来たのです。獣達は、私の背後に「影」となってへばり付き、振り返ると、前方の生い茂った樹々の「枝木」や赤茶けた「巨石」などに瞬間移動して、その神出鬼没ぶりは、彼等への恐怖心を忘れさせるほどでありました。しかし、次第に周囲が「暗闇」に侵食されるに従って、私の「心」の奥底からは、不気味に蠢く黒い「塊」が這い上がって来るようで、それが、私の気持ちを落ち着きの無いものにしていたのです。兎にも角にも、私は一刻も速く公衆電話を見付けて、あなたに連絡を取ろうとしていたのです。しかし、それは「空港」での出来事であり、私が「森林」をどうして彷徨することになったかは、未だに永遠の「謎」に包まれていたのでした。真っ青の空を写し出した水溜りには、黒い「人影」が無言で横切り、意地悪そうな顔つきの「烏鷺」は、その「鏡面」に意味不明の「微笑」を残したのです。私は、刺々しい「茨」に行く手を阻まれながらも、一歩退き二歩進むことが、与えられた唯一の選択肢であると考えて来たのです。すると、「記憶」の宝箱から溢れ出たような高貴な「芳香」が、地面を這うようにして流れる「朝霧」に便乗して、私の鼻先を擽る魅惑のメッセージとして届けられたのです。私は、その道案内役である「芳香」に導かれて、森林の中にポッカリと空いた円形の「平地」に辿り着けたという訳なのです。私の「視界」は一気に晴れ渡りました。なぜならば、そこには、純白のカサブランカの「大輪」が咲き誇る、まさにこの世の楽園と呼べる「花園」が広がっていたからなのです。そして、私が新たな一歩を踏み出す度に、慣れ親しんだ「芳香」は神秘のヴェールに包まれた「香気」へと変化し、高潔であるとともに優美で気品漂う彼女達は、恥じらいの気持ちを隠すことなくこうべを左右にうな垂れたのです。歩むべき「道」は自然に開かれて行きました。暫くすると、壮麗なる「宮殿」と呼ぶべきか、荘厳なる「廃墟」に例えるべきか、何れにしても壮大な人工の「洞窟」が、私の前途に立ち現れて来たのです。恐る恐る誰も居ないことを願って侵入した私は、私自身との沈黙の「会話」が始まったことに気付きました。静寂の「空間」には、永遠の「水滴」が木霊していたのです。それは、私の「精神」の「洞窟」にも反響して、それらが一体となったことが告げられました。暫くすると、翡翠を彫って造られたと想われる「玉座」が、「洞窟」の片隅から浮び上がって視えて来ました。それは、永久の眠りの「深海」に沈む台座のように、奥深い深緑色の光を静かに放っていたのです。それは、「記憶」のどこかに置き忘れたイメージのようでした。そのことに気付いた私は、あの「受胎告知」に描かれていた天使ガブリエルと聖母マリアを探しました。しかし、彼等はどこにも居なくて、傍らに咲いていた純潔と処女性の「象徴」であるホワイトリリーだけが、たった一本で孤独に耐えながら、私を待って居てくれたのです。「精神」の純粋性は保たれ、「玉座」に座るべき主は不在でも、沈黙の「会話」は続けられて来たのです。私は、この「夢」の世界から目覚めることを恐れました。その時の事でした。私の「胸部」が左右に開かれ、その割目から、一羽の穏やかで落ち着いた身振りの「白鳩」が羽ばたいたのです。私は、彼女を優しく両手で包み込み、どこまでも澄み切った「天空」に向かって解き放ちました。彼女は、この「神」の創り賜うた秩序ある「天空」を、全ての「情景」が遠近法的に消失する一点に向かって「飛翔」したのです。すると、彼女の飛翔の「軌跡」を追い掛けるようにして、ホワイトリリーの背後にあった「荒野」や、その先の「沼地」などが、まるで「神」の洗礼によって掃き清められるようにして、美しく麗しく「変身」を遂げて行くのでした。まさに百花繚乱の「楽園」が創られたのです。私は驚嘆の想いで、さらにその先を遠望しました。するとそこには、光り輝く「水面」がどこまでも拡がり、その「大海」から突き出るようにして聳え立つ「巨峰」が視えて来たのです。そして、その「巨峰」の斜面には「海港」が在り、真っ白の帆が眩しい数隻の「帆船」が停泊していました。私は、このどこか宗教的でさえある「光景」と、あの精神の「洞窟」、そして沈黙との「会話」との関係を考えざるを得なかったのです。その時の事でした。「白鳩」は、遠近法的消失点から、この世に飛来してくる「光輪」を通り抜け、その「光輪」は、なんと純白の百合の花のこうべに、奇跡に出会うが如く「降臨」したのです。