夢博士の独白



イングランドの陰影と憂鬱、巨大な白亜の建物と内部に巣食う洞窟、虚偽の戦争の現実

 イングランド、その陰鬱でメランコリックな響きには、この目の奥に広がる土色に濁った「海」が似合っていると思ったのです。あれは、季節は限りなく冬に近い「秋」でした。漆黒の「夜空」には蟹座や蠍座が徘徊していて、孤独が錆び付いた「鉄橋」から見下ろすと、私の「影」が黒く鈍く光る「水面」に溶け込むように見えたのです。
 「夕闇」はとっくに落ちていました。その「夕闇」のカーテンの向こうから「足音」が近付いてくる。真っ赤なチェリーの「花弁」が予告もなく落ちる。まるで「生首」がボトンと落ちているように視える。あれは、「春」が去っていく「足音」だったのかもしれない。それらが連続した「音」となって、私の耳の奥で規則的に聞こえて来たのです。
 クリスの「足音」に間違いなかったのです。彼のエメラルド色の「目」に出会った「記憶」が蘇って来たのです。彼の先鋭なドラムの「音」が聴こえて来たのです。
 道路の両側には煉瓦造りの「建物」が並んでいて、それらは古くて暗く、「夜」のメランコリックな「気配」に満ちていました。土色に濁った「海」からの乾いた「風」が、「木立」を枯らしている。知らぬ間に、天界は煌々と「光」を放つ「月」に支配されていたのです。
 私は、私の「驚愕」をどこにも隠すことができない。巨大な「建物」が白い塊となって聳え立ってくる。私の「精神」が押し潰される。あのメランコリックな「気配」は、どこかの「路地」に追いやられたに違いない。後退りする私を、あのアパルトマンの「人影」が抱き抱える。抑揚のない「声」が、私の「背後」から、私の「返答」を待っていたのです。
 ショーウィンドウには、一枚のアルバムが飾られていました。いくつかの「洞窟」からなる不思議な「空間」が描かれていました。私は、一つの「洞窟」に「目」を奪われて、奥へ奥へと引き込まれて行ったのです。薄暗がりの中から浮かび上がる「階段」、ぼんやりと見える「通路」、それらの果てには、遠くて懐かしい「記憶」が待っているように想われたのです。性急なる「情動」が、私を突き動かし、死と背理した「誘惑」が、私を急き立てる。私はクリスを追って、全速力で「階段」を駆け上がったのです。
 逃げ惑う「群衆」とすれ違う。様々な「色彩」にペイントされた「顔」と鉢合わせになる。「色彩」だけが通り過ぎていく。私の情報処理の「能力」を超えたスピードで過ぎる。その中に、あの飛行機のモニターに映っていた「犯人」を視たという「記憶」が浮かんでは消える。「犯人」を追跡しているのか、彼から逃亡しているのか。私は、目の前の重厚な「扉」を無意識で開いていたのです。
 「部屋」に入ると、「映画」が上映されていることを告げる、もう一人の「私」が立っていました。彼が口元に立てた一本の「指」の言わんとすることを察した私は、黄土色の粘土質の「土砂」を固めて造った「階段」を慎重に降りて行ったのです。最前列の「座席」には、「少女」からの「手紙」が置かれているとも告げられていたのです。
 左右の「座席」はすでに瓦礫と化していました。それらの隙間からは、憂いを帯びた動物の「目」が覗いていたのです。それらの純粋無垢なる「目」に見詰められる。「階段」を降りようとする私を、彼らの「目」が執拗に追う。「返答」に窮する私を、問い詰める。私の「精神」は、名付けようのない茫漠とした無知無明の「地平」とつながったのです。
 「画面」には、容赦なく「爆弾」を投下している爆撃機が映されていました。地上では無音の「花火」が次々と開き、「狂気」にして完全完結なる「消費」が繰り返されていたのです。これは「映画」なのだと言う、もう一人の「私」の言い訳が空々しく聞えました。この大量殺戮の「狂気」が堰を切った「洪水」となって、この「部屋」に押し寄せてくる「光景」が、目の奥に現れたのです。
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# by artbears | 2014-08-24 16:49 | 連白

暗闇から浮び上がる記号、身体から呼び戻された記憶、懐かしの瞬間と他者からの言葉

 私の「心臓」は氷に触れているように感じたのです。黒い頭巾を被った「老女」が光の届かない「海底」から昇ってくる。そんなイメージが目の奥で再生されたのです。「老女」は「階段」を一歩上がる毎に、少しずつ白みを帯びてくる。そして全体に明るさが増してくる。それは、「暗闇」から浮び上がる神秘的な「記号」のように視えたのです。私は「老女」の「言葉」を待ちました。別の「時間」を生きた「証言」を待ったのです。
 「言葉」が「気泡」となって上がってくることに驚きは隠せなかったのですが、正直言って多少の「期待」はありました。しかし「気泡」に群がるシャークを視たときに、その「期待」は無数の「水泡」となって消えていったのです。
 ここには「暗闇」しかない。その「暗闇」に向かって、「老女」が何かを喋っている。まるで白黒の「映画」の一画面のようだ。アムステルダムの「街灯」、紅いスカーフと震える「手」、聞き取れない「言葉」、それらは、遥か遠くから「風」に乗って運ばれてくる「梵鐘」のように、重々しくて悲しい。
 私の「耳」はブルブルと震え始めました。熱いのか寒いのかが分からない。何れにしても、私の「耳」が真っ赤に腫れ上がっているように感じたのです。
 私は「水面」に顔を近付けました。強力な「引力」が、そこから離れることを許さない。「鏡面」に現れる私自身を待つしかない。すると、そこには、あのエメラルド色の「海」の照り返しで同色に染まった「空」が、どこか見覚えのある懐かしい「瞬間」として、写し取られていたのです。「風」が吹き、「少女」の藍色のスカーフが宙に舞う。突然の「真実」を視たという「感情」が忘れられなかったのです。
 それを、「必然」の出来事であったと考えることにしたのです。それは、私の過去の「記憶」が「身体」の中で生き生きと蘇った「瞬間」だったのです。「記憶」は決して「身体」から離れて存在するものではない。私の「記憶」が正しいとも限らない。他者の「記憶」との再会によって初めて、その人生における「意味」を獲得することができると思ったのです。真実の「原石」は、他者の「言葉」に秘められていたのです。
 「空港」のロビーに靴音が響いている。その「音」は、私の「記憶」の中でも反復して響いている。うな垂れる「受話器」が一本のコードで辛うじてぶら下がっている。出発か到着かの「記憶」は消されたようだ。私は配られたカードを「手」に握り締めて、とにかく「空港」から離れることにしたのです。「賽」はすでに投げられている。私は「座席」に拘束されている。不思議なことには、離陸の「恐怖」は感じられなかったのです。
 それを、「偶然」の出来事であったと考えることにしたのです。私の目の奥には、積み重ねられた「残像」のファイルが存在する。偶々、最初のページが開かれると、そこには滑空する戦闘機の「残像」が在って、次のページには浮上する潜水艦の「残像」が在った。それらが、シャークへの恐怖の「感情」によって繋ぎ合わされたのです。あの「事件」は、それ以上でもそれ以下でもなかったと、振り返って思ったのです。
 振り返ると、私の「意識」にも遠心力が働いたようでした。全く別の「光景」が脳裏に張り付いていたのです。鉛色の「曇天」が重く垂れ下がる。「海面」に白いたてがみのオオカミが走る。私の目の奥から、ロンドンの南方に位置する、今や廃墟と化したかつての「産業都市」が現れてきたのです。その背景には、あのエメラルド色の「海」は消えていたのです。
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# by artbears | 2014-07-27 13:09 | 連白

目の奥に現れた戦闘機と潜水艦、エメラルド色に光る海、水没した螺旋状の階段の秘密

 その時、アパルトマンの「上空」を金属の悲鳴のような「音」が通過したのです。見上げると、戦闘機の銀色の「胴体」が目に飛び込んだ。不気味なシャークの「腹部」が目の奥に現れた。それからキーンという「音」が垂直に落ちて来たのです。蒼い「公園」の針葉樹の「木立」は、その「音」に向かっていっせいに背伸びをする。灰色の下地の上に、紫色の刷毛の一筆が走る。急変の「曇天」を背景にして、いくつもの教会の「尖塔」が乱立して視えたのです。無音の「鐘」が左右に首を振ったのです。
 「窓」は開け放たれていました。「人影」がアパルトマンの住人となったのです。古びた煉瓦の「外壁」の上に置かれた「手」が見える。その動かない「手」を、私はしばらく「外壁」に触れたままにしたのです。そのザラザラした「感触」が、私を問い詰めたのです。とにかく終わらせたかったという「感情」が浮かんでは消える。私は、あの忌まわしい「部屋」から抜け出たことを「実感」したのです。
 「窓」は開け放たれていました。サクソフォンの「音」が流れて来たのです。ジョンの乾いた「音」でした。肉塊のトンネル、艶々した紅い「内壁」が、金属の冷たい「管」と繋がっている。黒人の「苦悩」が解き放たれる。肉体から遊離した純粋な「苦悩」が響く。再現性のある「音符」の組み合わせが、私の過去の「感情」を呼び覚ましたのです。その振動する「空気」は、私を何度も取り囲んで来たものでした。ベッドの上の日溜まりが懐かしく思われました。黒いレコード盤がクルクルと永遠に回っている。それが、目の奥に現れたのです。
 「木陰」が「木立」と対立した概念であるとの「認識」はなかったのですが、私は何かに急かされるようにして「森林」に分け入っていました。そこは、「公園」と「認識」されていた場所でした。知恵者のカラスの「眼光」が、私の背後で「翼」を拡げる。長くもなく短くもない「距離」を歩きながら、それは、「光線」と「精神」が決めることだと思ったのです。
 蒼い服だったのか、青い服だったのか、そもそも「少女」は脱衣させられていたのかもしれない。麻酔をかけられた白い象牙の「肌」が浮かんでは消える。ベンチの上には、柔らかくてしなやかな黒革の「手袋」が忘れられていました。確かに「少女」の後の証言のように、その「手袋」にはボタンが付いていなかったのです。
 私は立ち止まり、大きく息をして、再び「落葉」を踏み付けながら歩き始めたのです。一歩毎に「雨」の匂いが弾ける。「草叢」に身を隠した動物の臭いと混ざる。想定外の「獣道」との出会いは、私を左前方に誘導するかのように曲がっている。「獣道」の薄暗がりの先には、得体の知れない動物の「気配」を常に感じる。私は歩き続けたのです。やがて、前方を塞いでいた鬱蒼とした「木立」が開かれると、その向こうからは、「海」の塩気を含んだ匂いが漂って来たのです。
 私は赤い煉瓦を敷き詰めた「坂道」に出ました。その「坂道」を右手に下った先には、エメラルド色に光る「海」が広がっていたのです。その「場所」は不思議なことに、あのアパルトマンの裏側に位置していたようでした。無数の煉瓦が剥がされていることから、「坂道」が工事中であることが容易に判断できたのです。
 進入禁止のバリケードに囲まれた巨大な「穴」から覗き込むと、そこには、途方もない量の「海水」が湛えられていて、あの「部屋」へと繋がる螺旋状の「階段」が水没していたのです。そして、「階段」を昇るように回遊する不気味なシャークの「背部」が視えたのです。灰色の潜水艦が浮上する。それが、目の奥に現れたのです。
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# by artbears | 2014-06-15 16:43 | 連白

木陰とベンチに座る少女の手袋、木立と階段を上がる老女の蝋燭、人影と不安の関係性

 飛行機がゆっくりと離陸する。その「映像」が着陸する「映像」と瞬間的に置き換わる。それが、トランプを切る素早い手付きのように何回か繰り返される。裏表が逆になる。私はうんざりする。私と飛行機はすでに「雲海」の上に在ったようでした。
 コンクリートで造った土管のように見える円筒形の「機内」が揺れる。テレビモニターに映し出された「犯人」の口元の皮肉な薄笑いも揺れる。私は、まるで万華鏡の「内部」に迷い込んだような居心地の悪さを感じたのです。小窓から「外部」を一瞥すると、緑色の「木立」が後方に吹き飛んでいく。着陸の「恐怖」が、私を強張らせたのです。
 リュクサンブール公園というフランス語の心地良い「言葉」が聞こえて来ました。そこが魅力的な公園であったという「記憶」は少しも無かったのですが、その軽やかな「言葉」の響きだけが残っているのです。「太陽」は目的もなく漂う雲を追い払って、その前を、一つの孤独な「白雲」が悠々と通り過ぎていく。私の「時間」も刻々と滑るように経っていく。その「光景」が、まるで目の「表面」を触っているようでした。
 「視界」は再び緑色に覆われました。「木陰」では木漏れ陽がキラキラと舞って、ベンチに座る「少女」は静かに「手袋」のボタンを嵌めていたのです。
 パリのアパルトマンは、小窓から視えた「木立」よりも、むしろ公園の「木陰」と密通した「関係」にあったような雰囲気が感じられました。とにかく窓からの「陽光」が眩しい。緑色の「光線」が手の平に葉脈を焼き付ける。その時、通りすがりの「強風」に、窓枠がガタガタと軋む音を発てたのです。振り向くと、カーテンが無言で佇む「人影」に見えたのです。音を使った巧妙な手口で、「不安」はアパルトマンに侵入したのです。
 何としても、この「不安」から身を引き離さなければいけない。ベッドに腰掛けていた私は、足先に体重を掛けて立ち上がり、何歩か足を運びました。予想した通りに、床板はギシギシと軋む音を発てたのです。その「音」には密告の「言葉」の持つ、衝撃性と一貫性がありました。私は思わず「耳」を塞いだのです。ところが逆に、その奇妙な「耳」のブヨブヨした「感触」に度肝を抜かされたのです。
 何を置いても、私は「鍵」を掛けるべきだと思ったようでした。今から振り返ると、そのように行動していたのです。でも、その判断の「根拠」なるものは、永遠の「謎」に包まれているのです。その「矛盾」にこそ「根拠」があり、夢の「真実」が隠されているのかもしれなかったのです。
 木製の重厚な「扉」と手垢の付いた真鍮製の古びたノブが「視界」に残されていました。しかし「鍵穴」には、ステンレス製の真新しい「鍵」が内側から施錠されていたのです。その後、背後から「人影」が迫って来るのを感じ、その媚薬のような「気配」に、私は陶然としたのです。
 耳を澄ませると、階段をゆっくりと上がる「足音」が聞こえて来ました。巻貝の「内部」を想わせる螺旋状の階段には、黒い頭巾を被った「老女」の姿がくっきりと浮かび上がったのです。手に持った蝋燭の「炎」が怪しげに揺れたのです。
 私は、「人影」を真正面から見据えることを決断しました。振り向くと、窓が開け放たれて、カーテンが風に靡いていたのです。窓際に在る「脚」が異常に長いベッドには、洗い立ての木綿のシーツが敷かれていて、そこには日溜りの「痕跡」が残っていたのです。
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# by artbears | 2014-05-27 20:46 | 連白

左眼の憂鬱又は迫りくる白壁への不安、左岸に咲き誇る山桜と無意識に沈む救済の言葉

 私の「意識」は「夢」との境界を越えようとしていたのかもしれない。白夜のような「夢」の中、無意識の厚い「雲海」を通り過ぎる。どこかで着信音が鳴っている。「夢」が「現」に呑み込まれていく。親和性のある小さな「部屋」に降り立ったことが知らされる。私の「意識」のドアが開かれて、明け方の微かな「光線」が差し込んで来たのです。
 白い二枚の「壁」が左右に段違いになって、薄暗がりの「空間」に浮かび上がっているように視えたのです。それは、近くに在りながら遠くに感じる、なにか蜃気楼のようなものが立ち上がって来る「気配」でした。その表面には、朝方の「光線」を受けて白っぽくなった「壁」を背景にして、ワイングラスの「影」がぼんやりと写し出されていたのです。私の「意識」は、再び蝋細工の「手」となって、その「幻影」を掴もうとしたのです。
 「光線」は清らかで、透き通るようでした。グラスの中では、赤と白の芳醇なる「海」が揺蕩っているように視えたのです。「光線」が身体を僅かにかすめる。それを覚える。でも、私の「手」は震える「影」としては写らない。「手」が宙をつかむ。その一瞬の出来事の後にグラスは消えたのです。そして再び、「壁」は白っぽさを取り戻したのです。それは、引潮の後の「浜辺」のようでした。
 しばらく「壁」を凝視する、そして息を呑む。すると「砂浜」から滲み出る「砂絵」のようにして、「海面」から顔を覗かせる「海石」のようにして、ワイングラスの「影」は再び浮かび上がって来たのです。私の「脳」は、それを視ることを欲していたのです。それは、私にとっての至福の「時間」の象徴でもあったからでした。
 左の「壁」が右のそれよりも迫って来るように視えるのは、恐らく、私の「左眼」が遠近感の調整が上手く出来ないからに違いなかったのです。そう言えば、グラスにワインを上手く注げなかったことが思い出される。「血液」がグラスを伝う。「血糊」が紅く付着する。私の「左眼」は依然として病んでいたのです。    
 それを知ってのことなのか、左の「壁」が一段と近付いて来るのです。右の「壁」よりも大きく視える。両目の焦点が合わない。逃げ場がないという恐怖の「感情」が溢れる。その白濁した「色」、その茫洋とした「形」、それらの説明を拒絶した「存在」の不気味さが、私の「意識」を震撼させたのです。私の「左眼」はバーガンディ色の「液体」で充満して、真っ赤に染まった「海」が間近に迫って来たのです。
 私は即座に、この不可解極まりない「状況」から逃亡を計らなければならないと考えました。あの無意識の「雲海」に引き返して、この「状況」とは無縁の「言葉」を探すことにしたのです。私自身を救う「言葉」を欲したのです。「左眼」という「言葉」の呪縛から逃れたかったのです。私は再び両目を固く閉じました。
 「左岸」に咲き誇る「山桜」を視たという「記憶」は永遠に消えるものではありませんでした。無意識の「左岸」に一列になって咲く「山桜」、その両目が薄紅色に染まるほど鮮やかな様子に、私は何度も陶酔の想いに耽ったのです。「河川」は滔々と流れる。「桜花」が悠々と映る。その満開だった「山桜」も嘘のように散り終えて、「山野草」が繁茂する季節が知らぬ間に訪れるのです。「過去」に拘ることもない、「未来」を憂うこともない。あの「山桜」のように無知で無防備であってもよい。慈愛に満ちた「光線」が両目に拡がったのです。
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# by artbears | 2014-04-30 19:34 | 夢白

静謐で神秘に満ちた水面、揺れる一本の意識の樹と飛立つ小鳥達、覚醒した精神的感覚

 少しの間の忘我の「時間」は振り向いてはくれない。吹き抜ける「風」が初めて、「時」の経過を気付かせてくれたのです。私の心臓の「鼓動」はと言うと、正確なリズムを刻むまでに安定していました。それに呼応するかのようにして、「水面」は、静かに限りなく静かに「振動」を開始したのです。それは、完璧な「瞬間」が身震いしているようでした。永遠なる「時間」が天から垂直に降下して、水平に展開しているようでした。それらの「瞬間」が「波紋」となって増幅し、やがて力尽きて一輪二輪と消えて行ったのです。その「光景」はとても静謐で、謎めいた神秘に満たされていたのです。
 少しの間の忘我の「時間」は引き返してはくれない。その「尻尾」を掴むこともできない。それに、私が忘れた「我」とはいったい何者なのか、その「我」とは失われた私の「意識」なのだろうか。ならば始めから、忘却の彼方の出来事だったとの「仮説」も成り立つ。私が私を「意識」したからと言って、それが、私の「存在」を証明しているとは言えない。私の「意識」は夢現の世界に点滅する「燈明」のように危うく思われたのです。
 吹き抜ける「風」が再び、私の「身体」に触れて通過して行きました。滑るような心地良さを感じました。息が詰まるような「静寂」の中、私はいっそのこと何もかも忘れて、眠ってしまいたい「誘惑」に駆られたのです。私は「死」を身近に感じたのです。しかし、私の一部の覚醒した「意識」は、それを許してはくれない。それは精神的な「感覚」でした。そして、私の断片的ないくつかの「記憶」が、混沌とした「意識」の「水面」に映し出されたのです。全体に青いイメージの「水面」が広がり、黒い頑な「線」が何かの「形象」を生もうとしていたのです。
 一本の「意識」の「樹」が浮かんで来ました。何本かの細くて黒い「枝」が揺れている。それは、動揺した「心理」のようにも視えるし、嘲笑と失笑を抑えた「感情」のようにも取れる。一本の太くて黒い「幹」が貫いている。それは、天から下された「啓示」のようにも視えるし、本能的な「欲動」を制御する「理性」のようにも取れる。様々な過去の出来事が「形象」として現れることを欲して、それが崩れて溶けて、今度は未来の出来事を「暗示」するかのように現れる。私の「意識」が揺れる、だんだんと薄れる、引潮のように逃げる。梢に群がる小鳥達が一羽二羽と飛び立つようにして、私の「意識」は消えて行ったのです。
 私の「目」はゆっくりと開きました。忘れられた「意識」が何処かから戻って来たのです。その「意識」は、少し前には誰かが「我」と呼んでいたものでした。しかし、その「意識」は私自身を決して忘れてはいなかった。そして、私は決して独りではなかった。突然の着信音が、そのことを報せてくれたのです。
 蝋細工のような誰かの「手」の動きが止まった。その向こうには、馴染みのある「色彩」が視えた。それは黒と呼ばれる「色彩」だった。次に、私の「手」だと判断できる身体的な「感覚」が蘇って来た。「色彩」と「物質」の名称とが手を結んだ。その時、一筋の「涙」が頬を伝って流れるのを感じたのです。そして、その純粋無垢な「物質」こそが、私の「存在」を証明していると感じたのです。この身体的な「感覚」を遥かに超えた「時空」で、誰かと確かに繋がっているという精神的な「感覚」が、私の「意識」を強く揺り動かしたのです。
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# by artbears | 2014-03-30 13:04 | 夢白

死の代理人としての鮫、影の動き又は剥き出しの裸形の時間、穏やかな水面に写る精神

 私は大きく仰け反って、後方に退こうとしたのです。私は「暗礁」に乗り上げた無防備な「帆船」のような自分を思い浮かべたのです。「鮫」の大きく開いた「口」が迫る。卑猥で官能的な頭部には、焦点の定まらない「目」と陶器のような白い「歯」が視える。満たされることのない「食欲」の触手が、胃袋へと繋がる「暗闇」の奥から延びて来る。私を引き摺り込もうとする「魂胆」が視える。私は焦りました。私は再び後方に退こうとしたのです。しかし、あのプラスチックの「右腕」は、結局は何の役にも立ちませんでした。その上、動く意思のない「驢馬」のように頑迷固陋な「両脚」は、どことなく無気力で投げやりな雰囲気を漂わせていたのです。とにかく「両脚」に重い疲労感があったのです。
 私は、この永遠に余計な存在として憔悴し切った「両脚」を見続けるしかないと思ったのです。動かない、動かせない「現実」からは、例え、それが「夢」の中であっても逃れられないことを思い知らされたのです。
 「海面」からの反射は、相変わらずに眩しいものでした。その「光線」に幻惑された私は、もう少しで、あの「鏡」のトリックに騙されるところだったのです。私は、それを何とか回避したのですが、今度は、足元の水溜まりに写るもう一つの「鏡」に魅入ってしまいました。それは、私の内面を写した「鏡」だと、あの狡猾で残忍な顔付きの「鮫」は、私の傍らに擦り寄って来て、私の耳元に甘い「吐息」を吹き掛けながら囁いたのです。
 口元には、嘲笑的で冷淡な微笑みが漂っていました。しかし、どんよりと灰色に曇った「目」は、決して笑ってはいなかったのです。その「目」は真っ直ぐに私を見据えて、容赦のない眼差しが「鏡」に写っていたのです。私は固唾を呑んで、水溜まりに写る私自身と、その背後に見え隠れする「影」を追いました。目には涙が溢れて来ました。その捉えどころのない「影」の動きに、私の「精神」は苛立ち、私の「目」は疲労困憊したのです。
 「影」は小刻みな足取りで歩いている。突然、目に見えない「危険」に遭遇したかのように脅え慄き、その「場所」で立ち止まる。そして、再び我に返って歩みを開始する。前から見ても、横から見ても、後ろから見ても「影」は変わらない。しかし、その順番で必ず「変化」が繰り返されている。それは新しい「事件」でした。だからと言って、驚くようなことではなかったのです。
 私は「未来」を視ているのだろうか。それとも次に現れる「事件」を想像しているだけなのだろうか。「過去」と「現在」が溶け合って、「未来」の形成に立ち会っている。一つの「瞬間」が、それに続く次の「瞬間」を実現している。剥き出しになった裸形の「時間」が、そこに在ったのです。そして、その「影」が、いつか「視界」から消えることも「必然」の出来事だと思ったのです。あの「鮫」は、「死」の代理人に違いなかったのです。
穏やかで、密やかに波紋の拡がる「水面」を観たいと、私は心底思いました。人知れず咲いては散る「桜花」のように、心地よく山並みを吹き抜ける「涼風」のように存在することは出来ないものかと想ったのです。例え、それが一夜の儚い「夢」の中での出来事であっても、私の「精神」が癒されることを願ったのです。静かな「水面」を目で探る。「風」の動きを読む。穏やかな気持ちで待つ。昂る心臓の「鼓動」が聞こえたのです。
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# by artbears | 2014-02-28 19:42 | 夢白

一瞬の蒼い影と亡霊のような白い影、硬直する肉体と弛緩する精神、言葉を失った思考

 不意にひとつの「光景」が脳裏から離れなくなったのです。それは、無人の黒い自転車が、私の「内部」を通り抜けて行くというものでした。痛みはなく、私の「皮膚」は生きていない。それは、凍傷のような「痕跡」を残して通過して行ったのです。
 「内部」が反転して「外部」となる、というイメージが浮かんだのは、その後のことでした。ならば「外部」に、この「光景」は写し出されるのか、そもそも「内部」と「外部」の境界は存在するのか、取り留めも無い「思考」が浮かんでは消えて行きました。私は周囲を見回して、この「悪夢」から身を守る何か堅牢なものを探し求めたのですが、そのようなものは何ひとつ無かったのです。いつものように「不安」が、私を占拠したのです。
 そのことが、私をひどく苛立たせました。なぜならば、私には、このふわふわと漂う「幻想」を信じることも、振り払うことも出来なかったからなのです。ひとつの「悪夢」が消え、次の「悪夢」が現れるのを待つしかないのです。
 私は「海岸」に居たはずでした。この「記憶」もまた、実体の無い、まやかしに過ぎなかったのです。突然、目頭が小さな痙攣で震える。口元が大きな恐怖で微笑む。私は不快感を覚えました。その「幻想」がもっと弱々しくて、抽象的で、もっと控え目なものであってくれたらと願うしかなかったのです。
 正確に言うと、私は「海岸」の波打ち際に居たはずでした。その波打ち際には、麻で編まれた茶色のジャケットが打ち寄せられていたのです。太古に凝固した溶岩が熱く視え、私の「皮膚」は白く冷たい。私は降りて、それを鷲掴みにした。一瞬の蒼い「影」が動いた。拾い上げた私の「右腕」を食い千切った「鮫」は、得意満面の「表情」で頭部を何度も左右に振ったのです。紅い「鮮血」がぱっと海を染める。私は、その「光景」にぞっとする。やがて、その「鮮血」は、海の「透明」に希釈されて消えて行ったのです。
 「時間」が早送りされました。私の再生を果たした「右腕」に気付いたのは、ジャケットの袖口から黒いプラスチックの「義手」が視えて、それが器用な手つきで胸元を開いた時のことでした。「裸体」の私を覗き込む。小さな「興奮」が視える。一本の黒光りする「指」が伸びて、何かに触る仕草を見せる。硬直する「肉体」と弛緩する「精神」が合体する。そのジャケットのブランド名は「MIRROR」と読めました。確かに「鏡」は海の属性とも言えるのです。
 「時間」が再び巻き戻されました。足元でちゃぷちゃぷと打ち寄せる「波」の音がする。見下ろすと、私の「右脚」がだらりとぶら下がる。それは、何かの舞台装置のように奇妙な「物」として視える。「左脚」の足首には、小さな紅い「尾鰭」の魚が集まっている。それは、誰かの凝固血液のように鮮烈な「色」として視える。不意にひとつの「光景」が存在の「秘密」を語り始めたのです。
 我に返ると、私はコンクリートの「堤防」に腰掛けていました。すると、何かの気配がしたのです。耳元で囁く甘い「声」がしたのです。亡霊のような白い「影」が現れたのです。その「声」は、男と女はどちらがセクシーか、と私に問い掛けました。私の「思考」は「返答」を探し求めるのですが、「言葉」は海に向かって逃げるのです。
 黒い「背鰭」が真っ直ぐに近付いて来る。まるでナイフのように鋭利な「先端」が光った。
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# by artbears | 2014-01-31 20:20 | 夢白

死に臨む存在と認識された時間の概念、開かれた瞳孔又は窓に映し出された記憶の原景

とにかく眠ることにしよう。私は「記憶」を手繰り寄せようとしたのです。何とか昨日までのあの「感覚」を取り戻そうと努めたのですが、疲れ切った重い「身体」は病室の白いシーツに沈むことを選んだのです。最初は明るく目を惹く「光源」が見えて、最後は長く帯状に切り裂かれた「傷口」が見えて来る、それらが、ぼんやりと「記憶」の周辺に集まろうとしていました。ところが、「左眼」の鈍い痛みを伴う違和感は、そこに陥没した「空洞」が存在しているような奇妙な「感覚」を生み、それが何か特別な未知の「個性」のように主張を始めたのです。ある「変化」が起こったに違いない。それは、終わったことを告げているのか、始まったことを告げているのか、どちらとも特定できない抽象的な「変化」を感じ取ったのは、私なのだろうか。もし私でないとしたら、私の「脳髄」、私の「神経」、それとも私を計測する「機械」なのだろうか。それが解らない。とにかく眠ることにしよう。「解答」を求められた私の「精神」は困窮して、眠りの「闇夜」に逃げ込むことを選んだのです。入院を前にした、あの「冬空」の寒々とした高潔さ、あの優雅さを失わない透明な「感覚」が、私は好きでした。なのに、この「闇夜」は、まるで降り続く黒い雨で閉ざされた「病院」のように、私を圧迫して覆い被さって来る。雨の「水滴」の付いた窓ガラスにピッタリと押し付けられた滑稽な「顔」、それが、悲痛に歪む私の「顔」だと判別できたのは、手術室へと直行するエレベーターの「扉」が、唐突にかつ厳粛に背後で開かれた「瞬間」の出来事でした。無人の「空箱」が、私を無言で催促する。もう一度恐る恐る振り返ると、窓ガラスには、私の「瞳孔」を円く切り取ったフィルムが貼り付けられている。それは蒼くて繊細で、あの「冬空」のように美しい。ああ、そうなのかと、私は無言で納得する。これが、あの冷静沈着な「医者」から説明を受けたフィルムであり、4本のドリルの「穴」は、このフィルムを貫いて空けられるに違いなかったのです。しかし、この他人の「瞳孔」のように無防備に開いた「窓」は、私を魅了して止みませんでした。なぜならば、その「窓」の奥の「網膜」のスクリーンには、蒼い「空」と碧い「海」が拡がり、半円を描きながら続く「海岸」が映し出されていたからです。そして、その「曲線」は、まるで半月のエッジのように危うく、「狂気」の刃物のように視えたのです。それは、いつかどこかで観た「記憶」に眠る懐かしい「風景」でもありました。「海岸」で無邪気に遊ぶ子供たちの背後には、いつも「死神」が立っていたのです。我々の「存在」は、いつも不条理性、偶然性に曝されているのです。暫くすると、断崖のエッジを走る「細道」を、4台の黒い自転車が一列縦隊になって近付いて来るのが視えました。それにつれて、ドリルの回転する刃先が近付いて来るのが聞えたのです。私はまな板の上の「魚」、どろんとした「目」に見詰められている。交換不可能な一回性の「死」が、確実なものとして「視野」に入って来たのです。生きている「身体」には、決して追い越すことのできない「存在」の最後の可能性が現れて来たのです。と同時に、私にとっての根源的な「時間」が、死に臨む「存在」である自己を「認識」することによって、立ち現われて来たのです。それは、過去から現在を経て未来へと均質的に無限に続く、「死」を隠蔽した、死への「不安」を疎外している「時間」とは全く異なるものでした。それは、私にとっての掛け換えのない、狂おしいほど切実な「概念」だったのです。強制的に開かれた「左眼」を通して、「麻酔」が既に注入されていました。私の「感覚」が無い。私の一部が「物」となって、私から離れて行くのが分かる。それは、まるで途中で停止された「思考」のようだった。代わりに、無人の黒い自転車が近付いて来るのが視える。ペダルが機械の正確さで回っている。ドリルが機械の冷酷さで回っている。これらは恐らく、私の「死」とは無縁に回り続けるに違いない。永遠の「太陽」が容赦ない裁きのように「存在」を照らし出している。自分の「人生」を振り返るには完璧な「瞬間」が訪れようとしていたのです。逃げも隠れもできない。そもそも引き戻すことができない。断崖のエッジを走る「細道」に立った私は、4台の黒い自転車が、私の「身体」を次々に通り抜けることを、息を凝らして待つことにしたのです。
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# by artbears | 2013-12-31 18:02 | 哲学

左眼の不安と右眼の安心、眩暈又は未知なる恐怖と快楽の感覚、内部にも存在する時間

静かだ、とても静かに「時間」が滑るように経って行こうとしている。軽い、とても軽やかに「時間」が5本の指の間から零れ落ちている。まるで「砂」のようだ。それが視える。それに触れているように感じる。不可視であり、抽象的イデア的存在であるはずの「時間」が、「砂」という視覚形態をとって、物質的秩序として現れて来ようとしている。「砂」は流れる。しかも速い。何をそんなに急ぐというのだろうか。まるで砂時計の「秒針」のようではないか。それは、私の「脳」が、そのように視えることを欲して、そのように「情報」を修正しているに違いないと、私は「夢」の中で想ったのです。それは、私の「眼」の奥での出来事のようでした。私は、私の左眼の網膜上に、果たして「世界」が正確に写し出されているのかということに、「疑惑」の念を抱くようになったのです。それほど、私の裸眼で視る「世界」は歪んで屈曲して変形が進んでいました。私の左眼は病んでいたのです。今となっては右眼だけが頼りなのです。しかし、正直なところ、どちらの「眼」が正常であるのかの「判断」は、私には下せなかったのです。なぜならば、私の「夢」の中には、「医者」と呼べる「他者」は存在しなかったからでした。地下鉄の「暗闇」を抜けて、白い階段を上がると、「青空」が飛び込んで来ました。巨大な「病院」が歪んで視えたのです。謹厳実直な「医者」の横顔、輝く光の輪、コンピューターを凝視する「視線」、銀色の十字架、曲がった直線、そこにも「砂」は押し寄せていました。私の外部の「時間」は「砂」となって、私を追い詰め、私の内部に流れ込んで「不安」を形成しているのです。一つのイメージが浮び、別のイメージへの変成を促し、それらは、私の網膜上を変遷して、エネルギーゼロの地平(死)に向かって拡散しているようでした。「不安」は連鎖して、私を拘束しているのです。そして、それらの「不安」は、光の輪や十字架といっしょになって、色鮮やかな「蛾」のように軽やかに舞いながら、ひらひらと静かに「意識」の谷底に堕ちて行きました。そして今度は、何とも言えない無重力感を伴って、様々なイメージが「意識」の谷底からゆらゆらと浮かび上がって来たのです。生温かい「風」も吹き上がって来ました。私は網膜上の「断崖」に立っていたのです。それに気付かせてくれたのは、硝子体と呼ばれる白い半透明の「物質」が、私の「顔面」に迫るのを感じたからでした。それは、あの「医者」からの「情報」が変質しているに違いないと、私は「夢」の中で想ったのです。それは、まるでゼリーのようで、とても軟らかい。ぶよぶよとした「感触」が気味悪いのです。ふっと「断崖」から見下ろすと、球面をなぞるように急角度のスロープが視えました。そして、あの「医者」の言った通りに、その硝子体と網膜との谷間には、透明のポリエチレンの切れ端のような「物質」が視えて来たのです。それは、剥がれた網膜の「断片」が硝子体に付着しているに違いなかったのです。それは、視覚形態をとって、物質的事実として現れて来たのです。私の左眼は物理的な「損傷」を患っていたのです。しかし、それを視て逆に、私の内部で肥大化した「不安」という非日常的「感情」は、日常性への回帰の契機を掴んだように思われました。私に「安心」という日常的「感情」が戻って来たのです。流砂となった「不安」は、私に圧死を強いるのではなく、この「世界」の「断崖」に立つ体験をもたらしてくれました。私は、この「断崖」に踏み止まって、あの「損傷」を除去する「決意」を固めたのです。「不安」は塊となって凝固し、明るく輝く無の「白夜」が開かれました。それは、可能性としての小さな「死」の体験でもありましたが、それは同時に、生きるという「価値」に拘束されている「私」を自覚させてくれたのです。そして、この「不安」を介しての、非日常性と日常性との「意識」の往還こそが、私の内部に「時間」の観念を生んでいるのです。にもかかわらず、私の「意識」には依然として、この小さな「死」を放置するという選択への「誘惑」が存在することを認めないわけにはいけません。その「誘惑」はなぜか甘く切ないのです。私は、この「甘い不安」のイメージの「源泉」を探し求めました。すると、小さな子供である私は、途方もなく大きな紫色の「花弁」の先端から、深く謎めいた「花唇」を覗き込んでいたのです。私はくらくらとした「眩暈」を覚ました。それは、滑り落ちる「恐怖」と「快楽」の同居した未知なる「感覚」だったのです。
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# by artbears | 2013-11-30 18:37 | 哲学


ソフトマシーン・やわらかいきかいのひとりごとです
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