夢博士の独白



記憶を食するというクラゲの群れ、それは海面に映る白い雲のように非実体的であった

美しい島々が点々と絶妙に配置されたこの風光明媚な入り江に佇んで、私は何度も大きく深呼吸をして、この体内に巣食った「悪い想い」の総入れ替えを試みたのです。大きく息を吸い込んで、下腹を「ぎゅっ」と圧縮するようにイメージして、今度はそれを逆流させるかのようにして、胃壁に付着した「悪い想い」を浚えるようにして吐き出すのです。それを何度か繰返していると、遥か遠方の外海に視えていた「私の船」は、力強く「ぐんぐん」と速度を増しながら入り江に入港して、私の眼前に、その「白い巨体」を露にするのです。そして私は、この「巨船」を仰ぎ見るたびに、この「白船」が何を表象しているのかを考え込んでしまうのです。桟橋から船には黒装束の船員たちにより、一枚の板が渡され、白衣にボストンバックを下げた医者と数名の看護婦たちが、慌しく乗船を急ぐ姿が視えました。出帆の汽笛に催促されるようにして乗船を強いられることになった私は、あなたの存在が希薄に感じられる船内の雰囲気に「不安」を覚え、医療チームの目から逃れるようにして、船倉への階段を降りたのです。そして、船底に最も近い場所と考えられる木製の扉の付いた食糧庫に身を潜めることにしたのです。 食糧庫には内側から掛けられる「鍵」が無く、その上、数多くの剥きかけの「馬鈴薯」に鋭利な「ナイフ」が突き刺さっているという「光景」は、私の「心臓」の心拍数を加速モードに切り換えることになりました。私は居ても立ってもいられないという「心情」を、記憶の最後のページに残して「意識」を失ったのです。私の「意識」が戻ったと思われたのは、目の前の大型スクリーンに波打つ波頭の「映像」が映し出されていることに気付いた時のことでした。大型スクリーンは、今や最新設備に置き換えられていますが、それは、かつての「私の船」の操舵室の前方のガラス窓であったのは間違いないのです。そして私はと言うと、左右の手首と足首を白い「革バンド」でしっかりと操縦席に縛りつけられているではありませんか。私の左胸の「心臓」の位置からは、先端にセンサーが埋め込まれた「計測針」がグルグルと渦巻きながら、体中に立てられていたのです。そして、その「計測針」は、私の身体をはみ出して「私の船」全体に、その「精密検査」の関心が向けられているかのように、やはり渦巻いて張り巡らされていたのです。右には「魚群探知機」が置かれていて、左には「心電図」が刻々と変化する私の「心臓」の状態を報せていました。しかし、周りの医療チームの期待の熱い「視線」を裏切るようにして、私の「心臓」は健気にも規則正しいビートを打ち続けていたのです。もう一度、前方のスクリーンに「視線」を移すことにした私は、スクリーンがスクリーンを通して、あちら側の「世界」を映し出していることに気付いたのです。そして、その「あちらの世界」とは、私自身の「脳細胞」であり、私自身の「記憶」が閉じ込められた未整理のファイルの中に存在する「世界」のようでした。そのファイルは、海面を漂う「クラゲ」の姿となって、半透明な「ぶよぶよ」した塊となって、いくつもいくつも波動に身を委ねながら集団で移動しているのです。水平の海面の遠方に漂う「クラゲ」の群れは、半透明と言うよりは、むしろ空にたなびく「白雲」が水面に映し出されているような、物質感の伴わない実体の無い存在のように視えるのでした。そうこうしている内に、近くに近付いて来たクラゲが大きく映し出されました。そのクラゲの姿をした「袋の中」には、いつかどこかでの「記憶」がいっぱいに詰め込まれていて、それらの「記憶の断片」が「くるくる」と攪拌されながら、内部で回転しているのです。そして驚くべきことは、その袋たちの中では固有の「時間」と「空間」が形成されているように窺い知ることができたのです。つまり、それぞれの記憶の集積された「時間」と「空間」の中で生きることにより、それぞれの「文化」とも呼べる知覚システムが生まれているようにも思えたのです。一つの「袋の世界」では、真っ赤に紅葉した落ち葉の上を白い蛇が「するする」と動いていました。そして枯れたブナの木の梢には、色鮮やかな色彩のキツツキが「コツコツ」と木を勤勉に叩く姿を観察することができました。私が咄嗟に想ったことは、「この世界」は未だ私の経験したことのない知覚の世界であり、この薄気味悪く、死の臭いすら漂う世界から、一刻も速く目を背けることだったのです。しかし、私の「身体」をしっかりと固定している、この憎々しい手枷と足枷が、黒色に変色しつつあることを、私は既に知覚してしまったのです。
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# by artbears | 2007-10-23 20:04 | 夢白

波打ち際に打ち上げられた帆船と船底に付着した無数の貝殻、真珠のような眼球の秘密

ホテルのフロントへの道がこんなに複雑で労苦を伴うものであろうとは、旅行ガイドのどのページにも載ってはいなかったはずなのです。そのこともあってか、「スナメリ」と呼ばれるイルカのような「すべすべ」とした肌を持つこの愛くるしい生き物は、古い木造の旅館の板張りでできた水路のような「廊下」を、二頭が肌を擦り合わせながら流れるような軽快さでもって泳ぎ、私達の道案内をかって出てくれたのです。フロントがもうすぐであることは、「スナメリ」のほとんど閉じかかった目蓋の奥の「眼球」のやさしい光で判りました。「哺乳類」として分類されることを頭のどこかで意識していた私達は、四つん這いの姿勢を採ることにして、一歩一々「ぬるぬる」とした「水路」の板底の感触に戸惑いながらも、少しずつフロントへと近づいて行けると考えていたのです。ところが、異変に気付いたのは、「水流」に逆らって立てられた二本の杭のようにも見えた我が「両腕」を見下ろした時のことでした。左腕の肘の上あたりから、小さな無数の「時計」がまるで増殖するフジツボのように、左肩のあたりまで拡がろうとしていたのです。私達の驚きには筆舌に尽くし難いものがありました。それは、ある種の「退化」することへの恐怖の感覚に襲われたからなのです。私は、とっさに、「甲殻類」のそれのように硬化しつつある無数の時計でできた「皮膚」を、条件反射的に不快なものと判断して、一刻も速く剥ぎ取ることを決意したのです。「バリバリ」という「音」とともに、剥ぎ取られたもう一枚の「皮膚」の下から現れて来たものは、痛々しくも真っ黒に炭化した、あらゆる「時間」を吸い込むブラックホールのような「暗黒の世界」だったのです。私達は、その「世界」の不思議な「吸引力」に引き込まれないようにしました。なぜならば、そこは、過去だけでなく未来もない「無時間の世界」のように思われたからです。後を振向くと、フロントは一瞬にして、車窓からの風景のように遥か彼方に飛び去って行きました。それは、放たれた「矢」のようなスピードだったのです。私達の「失われた30年」への惜別の儀式は、このようにして執り行なわれたのです。そして、私達は「時間」という大きな「波」に追い立てられるようにして、この吹き溜まりのような「海岸」に打ち上げられたのです。その「海岸」で、私達の目を引き付けたのは、波打ち際に少し傾いて横たわる「船」とその真っ白なキャンバスのような「帆」の美しさでした。船底には、びっしりと夥しい数の「貝殻」が付着していて、その一つひとつの貝殻の「割目」からは、透明の涙をいっぱいに湛えた真珠のような「眼球」が覗いていたのです。それは、あの「時計」の非情に時を刻む機械のような「目」ではなく、人生のさまざまな場面において、言葉にできない「想い」を有機的な「涙」に置き換えて語って来た、そんな静かに何かを訴えるような「目」だったのです。その無数の「眼球」に見詰められた私達は、後ずさりをして、「バリバリ」という足元の「音」に驚きました。無数の牡蠣の「脱殻」からでき上がった「護岸」の存在に気付いたのです。その一つひとつの牡蠣の「脱殻」が、私達には無為に過ごした「時の亡骸」のようにも視えたのです。しばらくの間、内省的で悲しい時が過ぎていきました。「護岸」からは、海の豊富な天然資源を暗示するかのような、エメラルド色をした海の深さが観て取れ、ゆったりと打ち寄せる波の穏やかさには、ある種の安定した「秩序」の存在を感じ取ることができました。また、この小さな入り江を取り囲むようにして形成されている馬蹄形をした「半島」の至るところには、海の抽象的でどこか頼りない「色彩」とは異質の、木々の繁茂する力強さと物質的な確かさに支えられた現実界の「色彩」を感じ取ることができたのです。そして「半島」の遥か先の、さらに水平線の先の象徴界の「世界」においては、今まさに燃え滾った「太陽」が、その姿を徐々に視界から消そうとしていたのです。真っ赤な「太陽」は、刻一刻と暗がりの領域を拡げつつある「夜空」に、真円の穴を焼き切ってしまうかのような勢いと強度を感じさせるものでした。そして、その真っ赤な「真円」が水平線との接点までに降下したならば、この「世界」は沸騰し、あらゆるものは気化してしまうのではないかという「妄想」が、私の中で肥大化したのです。しかし、この偏執狂的に増大する私の「不安」を和らげるかのように、あの二頭の「スナメリ」は、その知性の存在を示す隆起した「前頭部」を海面から時々出して、誘惑するかのような滑らかでセクシーな泳ぎを披露してくれたのです。
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# by artbears | 2007-09-27 19:28 | 夢白

砂漠に立ち昇るきのこ雲と黒い河、ミサイルと戦車、紅い砂漠に残された木の葉の足跡

水蒸気のツブツブが「小さな風船」のようになって、上昇する気流に巻き込まれながら舞い上がっていくにつれて、蒸気機関車を覆っていた「深い霧」はしだいに晴れ上がっていったのです。それにつれて、黒く逞しい「鉄の塊」が誇らしげにその全貌を明らかにしていったのは、言うまでもないことでした。蒸気機関車は、あの灼熱の「紅い砂漠」の地を横断して、この厳寒の「白い草原」の地に到着したに違いなかったのです。ステップ台を降りる「足音」が、周囲の静けさに下された「鉄槌」のように響く中、プラットホームに降り立った「カーラ」は、黒い厚手の羅紗のロングコートに身を包んでいました。吐く息は瞬時にして凍り付き、その「言葉」は氷結して出来たミサイルや戦車となって、プラットホームに次々と並び、速成のミニチュアの「軍隊」は編成されたのです。そして「カーラ」は、もっともっと小さな「氷」で出来た兵器や兵士たちを前にして、低く威厳に満ちた声で、このように説いたのです。「我は死なり、汝らはただ義務を果たせよ」と。そして「カーラ」は兵士たちの士気を高めんがために、両の手を大きく孔雀の羽根のように拡げ、多くの腕とそれぞれの手に無数の武器を持った姿に「変身」したのです。その表情は、眉間に「苦悩」の深い皺が刻まれていましたが、「理想」を胸に抱いた少年のそれのように、遠くの地に必ずユートピアが存在することを強く信じた、「精神」の透き通った高貴さを感じさせずにはいられないものでした。その時、すでに「カーラ」のロングコートは脱ぎ捨てられていました。そして、その赤黒い乾漆で出来た「艶やかな肌」のいたるところからは、新緑のころの萌えるような「若葉の芽」が、見る見るうちに繁茂するという「光景」を観察することができたのです。「カーラ」の発した二つ目の言葉は、次のようなものでした。それは、「我は時なり、汝らは我に従い、あの忌々しき紅い大地を攻略せん」でした。兵士たちの間に動揺が走ったのは無理もないことでしたが、次第に平静さは取り戻されることとなり、彼らの心が、「紅い大地」の遥か彼方で起こっている非道な出来事に対する憤りの心情へと変化していることが読み取れたのです。確かに、粘着性のある液体が流れる「黒い河」を渡ったところから始まる「紅い砂漠」の上空には、未だに、白く立ち昇る「きのこ雲」の発生が後を絶たないことが見て取れたのです。「カーラ」の絶望の淵は深く暗いものでした。しかし、その絶望の谷こそが「カーラ」の出生の場所であったことは、兵士たちの間ではすでに知れ渡ったことでもあったのです。寒風が熱風と交互に入り乱れて吹き荒れるひと時が過ぎました。全身が濃い緑色の「木の葉」で覆い尽くされた姿となった「カーラ」は、数枚の木の葉を胸から掻きむしるようにして取り、それらを「黒い河」に浮かべるために、岸辺に「ドスン」と両手と両膝を落としたのです。そして、一枚一々と黒い河に放たれる木の葉の「舟」には、あの「氷」で出来た兵器や兵士たちが積み込まれていたのです。木の葉で出来た「船団」は、あるものは「黒い濁流」に飲み込まれるようにして、また、あるものは「紅い熱風」に煽られるようにして姿を消して行ったのです。そして、対岸に辿り着くことの出来た数少ない兵士たちの表情には、もはや絶望を希望に転化させるだけの「気力」と「体力」を期待することはできなかったのです。「黒い河」を一跨ぎで飛び越えられる大きさに巨大化した「カーラ」は、対岸の兵士たちと合流するやいなや、今度は、蹲まって元の姿の大きさに戻る苦しみの「試練」を受け入れることになりました。その際に、あの青々と茂った「木の葉」は、伸びきったゴムが破断点を越えて収縮に転じるときのように、「チリチリ」と音を発て、もがき苦しみながら、最後には茶褐色の粉々になった断片と化して、「熱風」に浚われるようにして何処かに運ばれて行ったのです。その時のことでした。「紅い砂漠」の大地の底から絞り出されて来るような「咆哮」とともに、前方の至近距離において、核爆発による巨大な「きのこ雲」が天に向かって立ち昇ったのです。そして、その巨大なキノコは、まさに「悪」の胞子を撒き散らす毒キノコとなって、その巨大な「傘」を拡げ始めたのです。核j汚染の尖兵である「黒い熱風」は間違いなく襲って来るのです。深い悲しみに溢れた「カーラ」の眼差しが、白い「きのこ雲」から後方の兵士たちに向けられたとき、そこに辛うじて残されていたものは、「カーラ」の足跡に寄り添うようにして生きながらえている、希望の篝火のような「木の葉」たちだけだったのです。
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# by artbears | 2007-08-24 19:01 | 夢白

蒼き月は海面から昇り出て、時計回りに円弧を描きながら十六夜の月で停止した。

扉を押して開けようとすると、それを阻止するかのような力が風圧となって、部屋の内部から巻き上がるように吹いてくるのです。にもかかわらず、私が押し入った部屋の中には、茫洋とした消し炭で描かれた水墨画のような薄暗い世界が広がっていたのでした。部屋の奥には海辺があるようで、「ひたひた」と波の打寄せる音だけが聴こえていたのです。私の眼がその暗がりに慣れてくる頃合いに合わせるかのように、前方の海面からは、輪郭の曖昧な、そして凍てついたかのように青白く光る蒼白の月が、水滴をしたたり落としながら昇って行くのです。その光景はまるで月の光が水滴という物質と化しているかのようであり、私たちの忘れかけた太古の感覚を揺さぶり起こすに十分なほどの幽玄な姿だったのです。月たちは下弦の月から順番に、ちょうど扇を広げるように半円を描きながら、十六個の月が並んだところで止まったのです。なるほど、十六夜の月は真円が僅かに欠けた完全性を失ってしまったところに風情があるのだと感じ入ったのも、その時でした。そして、 これらの青白く光る月たちの静かな吐息こそが、あの渦巻きとなって、私の入室を拒んだ風圧であったのだと納得できたのでした。その十六個の月たちで構成された未完成のアーチと月光が白く反射する鏡面のような海との間には、四等分に分割された画面から構成されたスクリーンが「ふわり」と浮いていたのです。その画面を厳格に区切った中央の部分は、真っ白い十字架が禁欲的な佇まいで静止し、その強力な磁力が故に浮力が保たれているかのように、私には神々しく視えたのでした。あまりの美しさに圧倒され、視線を釘付けにされていた私が、木製のずっしりとした机と黒い革張りの重厚な椅子に気付いたのは、机の上に置かれたマウスの赤く点滅する眼光のような光があったからなのです。私は、その主人を待ち侘びたかのように存在する黒い安息の椅子に深々と腰を落とすことにしたのです。そして、おもむろにマウスを取り上げ、マウスパットの上で数回転がしてクリックすると、静寂の空間に電子音が走ったのでした。四つの画面を別々に開いて、映像を画面上に映し出すことも、このマウスでコントロールすることができたのです。ダブルクリックを繰返すたびに、映像はファイルから弾け出るようにして私の視線を襲い、強烈な刺激を与えながら次々に消えて行くのです。まるでその様子は、眼球の裏にびっしりと張り巡らされた神経のサーキットを疾走するフォーミュラカーのそれのように、スピード感があり、残像として辛うじて認められるのがやっとのものだったのです。落ち着きを取り戻した私は、再び右上の画面を開いてみたのですが、オープンになった映像がクローズされた後にも、私の脳裏には確かに赤いフォーミュラカーの後輪の回転と、揺れるテールランプの橙色の光の筋が記憶として残っていたのです。そして左上の画面においても、繁華街のネオンのまがまがしさと、そこを飛び交う蝙蝠のレーザービームのような赤い眼光の痕跡が生々しく残っており、それらはやはり記憶のファイルに保管されたのでした。つまり私は、この二つの映像から、同じような色彩と形態の傾向を、そしてその「映像」と「記憶」の共存したバーチャルな空間を縦横に行き来する「線描」の自由さを認識することができたのです。ところが、左下の画面に映し出された三つ目の映像の中における、若々しいエリザベス女王のブロンドの髪とその儀礼的な微笑み、そして真紅の制服を着た衛兵の非日常的な姿との関係に及んでは、私には感覚的な脈略さえも見出すことはできなかったのでした。別の言い方をするならば、二つの映像を同時に視ることはできても、三つの映像の関係性を瞬時に思考する能力は、私には備わっていないことが判明したのです。そして四つ目の映像はというと、真っ白い象の死体がゆっくりと回転しながら、赤い夕陽が沈む河口に向かって流れて行くというものでした。私はもはや、映像を視ている私(意識)とは私なのか、ここに流れている映像はバーチャルな現実なのか、それともリアルな過去の記憶が再生されているものなのかの区別ができないカオスに在ることを認識したのです。と同時に、私が侵入した禁断の扉のこちら側の世界は、「映像」と「記憶」の連続性が認められる限りにおいてリアルである、もう一つの現実の世界であることを知ったのです。
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# by artbears | 2007-07-21 18:42 | 未白

黒テントのピラミッドが乱立した海辺は、すでに象たちの群れに占拠されていた。

近代的な都市のウオーターフロントには、銀色に輝くかぼちゃの馬車を模したモノレールが縦横に走っているのです。その光景がそれほど珍しいものでないと感じたのは、私が赤道直下の発展目覚ましいアフリカのとある都市から帰国したばかりだったからかもしれません。そこには、たくさんのかぼちゃが象の大群の襲来により踏み潰されており、その「パックリ」と開いた割れ口が、痛々しくも至る所に曝け出されていたのです。そして、モノレールの動きが、自然の規則性に照らし合わせてのことか、必ず巻貝のように左に旋回しながら軌跡を描いて走るところも、自然のグローバリズムの浸透を感じさせる所以でもあったのです。モノレールは大きな溜息とも取れる停車音を最後に完全にロックが架かった状態となり、解体という次の工程を予感せざるを得ない、まるで棺桶の中のような空気が車内を支配したのです。ポルトガル語と想われる、太陽との会話に使われたに違いないと想われる言葉が耳元で響いたのと同時に、ドアはいっせいに開けられて、人々は無言の内に外に向かって吐き出されたのでした。時差ボケと不慣れな義足のためか、どんどんと大勢の人々に追い越されながらも、私は一歩一々を確実であることを心掛けながら歩き、やっとの想いで、入口の天幕が風に大きくなびいている、見上げるばかりの巨大なピラミッドのような黒テントの前に辿り着いたのでした。そしてそうした巨大な黒テントが、この海辺一帯に数多く張られていることは、周りの黒い肌の若者たちの会話から察しがついたことなのです。それぞれの黒テントは大きく息をしているかのように、膨らみ、そして縮むことを繰返しているのです。それは、彼らの長年に亘る不平不満が極に達していることを、どす黒いエネルギーが噴出するはけ口を探し求めて渦巻いていることを、戦争の前夜のような緊迫した情景の内に、私に報せていたのです。そして時折、黒テントが大きく膨らみ、左右対称の天幕が開いた合間をぬって、飛び抜けていく銀色に光る戦闘機は、そのことを私に確信させるに十分な光景だったのです。4列縦隊となって、足元の暗がりだけを見つめていた私が、天井の高いドームのような空間に居ることに気付いたのは、象の雄叫びと想われる甲高い金属的な音が、空間を切裂くような鋭さで反響した時のことでした。我々の隊列の左右両側には、ゴムのような弾力を感じる黒々とした象の足が、陽の差し込まなくなった密林に残された大木の根株のように、整然と、しかし我々を威圧するかのように並んでいたのです。そしてそれら無数の象の足からできた深い暗闇の林からは、血走った赤い目をしたアルビノと想われる白い痩せ細った犬たちの視線が、「ジィーッ」とこちらを窺っていたのです。その眼差しに気を取られていた私を再び驚かせたのは、あのポルトガル語の響きだったのです。我々は次々に、大小さまざまな丸太を切断して作られた腰掛に座ることを命じられ、それらの腰掛はゆっくりと、打寄せる波の引き際にタイミングを合わせるように促されながら、海へと旅発って行くのです。丸太でできた腰掛の舟の中には、その重心の位置によりバランスを失うものもあり、多くの黒い肌の若者たちが海中に投げ出されるという、まさに運命のサイコロの転がり方の非情さを目撃することとなったのです。その時、突然の大波の発生とともに、黒い葉巻を巨大にしたかのような潜水艦が浮上して来たのです。そしてその潜水艦の潜望鏡が神経質に回転している様子を見ていた私は、その潜望鏡に取り付けられた分厚いレンズの曲面に、はっきりと、西欧の着飾った貴族たちの舞踏会の様子が映し出されていることを目撃したのでした。そしてこの「格差」への絶望感を胸に抱きながら、私は大波に身を委ねて、再び浜辺へと打ち上げられることを願ったのでした。私の願いが叶ったことを知ったのは、私が波打ち際の砂の中に埋もれている自分を発見した時のことでした。砂浜には、桟橋を急ごしらえにカタパルトに転用したと想われる飛行場があり、そこからあの銀色に光る戦闘機がまさに飛び立たんとしているのです。そしてそのパイロットのヘルメットから覗く、眼光鋭く血走った目こそ、あの白いアルビノの追い詰められた目に他ならなかったのです。
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# by artbears | 2007-06-19 17:58 | 未白

天空の大円を走るという黒い犬は、はたしてキャンパスの暗がりに潜んでいたのだろうか。

天の頂点を通過するという天空上の大円が、私の頭上に存在すると感じるようになったのは、はたしていつのことであったのだろうかと、私は大きな楠木の二股に分かれた幹の上に寝そべりながら想ったのでした。そしてその大円の軌道に沿って、あの黒い犬たちが競い合うようにして疾走して行く姿が、何度も何度も私の脳裏に浮かんでは消えて行ったことも、そんなに遠い昔のことではなかったと追憶するのです。なにしろ地球と天上の中間に位置する天空にある軌道を走るわけですから、途方も無い距離であることだけは確かなことです。その証拠に、黒い犬たちは口から赤い舌をだらしなく垂れ流して、「ハアッ、ハアッ」と苦しそうな表情を見せながら、私の頭上を通過する際には、哀れみを請うが如くの眼差しを残して走り去って行ったものです。天空の大円を何周かするうちに、自ずと黒い犬たちの間には、体力の差に応じての順位が確定していくのは至極当然のことであったようです。そのために脱落して行くものたちの中には、潔く大円から地上を目がけて投身するものもいると聞くのです。そしていつも最後に残るのは、そう君、歴戦の勇士「ブラック・ヌード」だったわけです。黒々とした太く硬い剛毛を逆立てながら、天にまで届かんがばかりに繁茂した楠木の梢に降り立った君は、木漏れ日たちの凱旋への祝福を受けながら、ゆっくりと枝木をつたいながら降りてくるのでした。そして私の膝の上に拡げた見開きの本のおきまりのページの中に、とぼとぼと頭をうなだれながら、まるで戦うことに生きがいと虚しさを同時に懐く戦士のような風情で入って行くのでした。もちろんその時までには、剛毛は穏やかにして艶やかな漆黒の海のような静けさに戻っているのでした。「ブラック・ヌード」の出現にある種の規則性があることに気付いた私は、そのことを確認するために、巨大な楠木の根元の洞に隠し置くことにしたあの本を封印することに決めたのです。それは、君のあれほどまでに疲労困憊した姿への同情の気持ちからであったことも確かだったのです。以来、君の存在は、あの秘密の本の在処とともに、私の記憶から消え去ってしまっていたのでした。そうした忘却の彼方に置き去りにされたはずの「ブラック・ヌード」の疾走を再び目撃したのは、古ぼけた倉庫を改装したギャラリーに掛けられた一枚の絵の中に於いてでありました。モノトーンを基調にしたその絵は、規則正しく並べられたフランスパンのような固体化した雲が前面に描かれ、その背後には満天の星空を映し出した真っ黒な海が波打っているのです。そして視る角度を変えることにより、雲には表の面と絵の内部に陥没した裏の部分があることが判ったのでした。その月の裏側のような暗がりこそが、君が息を潜めて、その疲弊した精神を治癒していた安息の場所に違いなかったのです。そして、私がもう一度その絵を正面から視ようとした時に、今度は石のように固体化が進行した雲の背後に一瞬走った影こそが、あの「ブラック・ヌード」の老いた姿だったのです。その影法師は、ある時は走るように速やかに、そしてある時は泳ぐように揺らぎながら、懸命に生き永らえようとする君の姿を、感動的に物語っていたのでした。大勢の人々がギャラリーに入場してくるのと入れ替わるようにして、私は一心の想いで、あの楠木の大木を目指して走り出していたのでした。それは、あの「ブラック・ヌード」が人々の目に曝されることを、全力で阻止しなければいけないと考えたからなのです。私の顔面の一寸先には黒く冷たい雨が容赦なく降り注ぎ、そして振り返ると、そこには何事も無かったかのような人々の日常が粛々と営まれているといった光景が、どれほどの長きに亘って続いたことでしょうか。そして、私が朦朧とした意識の中で、やっとの想いで手に触れたこの奇妙な物体こそが、あの楠木の大木の根であったことを、偶然の出来事と片付けて良かったのでしょうか。私は思案に暮れながらも、あの懐かしの楠木の根元の洞に手探りで辿り着いたのでした。そこには、大雨のために水がいっぱいに溢れており、そこに漂うあの秘密の本のあのページには、はっきりと黒い海に浮かぶ雲のデッサンが描かれていたのでした。
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# by artbears | 2007-05-22 15:38 | 未白

二本の線路の一方を走る逆円錐形の物体は、白銀の世界へと駒を進めた。

緑色のこんもりとしたお茶碗を伏せたような山が、いくつも点在している平野が拡がっているのです。晴れ渡った空の青さは、海からの照り返しの色を映し出しているのに違いありません。そして白雲が速度を急速に増しながら、次から次へと頭上を通り過ぎ去って行くのです。二本の真新しい青光りする鋼鉄製の線路は、それらのなだらかな小山たちの頂上を通って、波打つような起伏を形成しながら、海へと向かって伸びているようです。その鉄道の線路のような軌道の上を、逆円錐形をした銀色の駒のような物体が回転しながら近づいて来るにつれて、その巨大さの全貌が明らかになって来るのです。その回転体は、その鋭利な先端部で線路の巾のちょうど中央部を削り取って、軌跡の左右の僅かなズレを後方に残しながら、前方にゆっくりと進んでいるのです。その物体に走り寄って詳しく観察してみると、それは超硬度のチタン製のネジクギを巨大にしたかのような物体であることが判明したのです。そして見上げて観ると、ネジの溝の部分が通路となって、螺旋を描きながら逆円錐形の天上面に向かって巻き上がって行っているのです。その光景は銀色に光り輝く竜巻のようでもあるのです。用心深いと自認している私は、しばらく熟考していたのですが、突然の稲妻のような衝動に促されて、その通路に飛び乗ることを決意したのです。そしてその決断こそが、私に想わぬ体験を強いることとなったのでした。飛び乗った瞬間に、その通路は歩行エスカレーターのように作動を始め、自動的に私を上方へと押し上げて行ったのです。そして前方に待ち受けていたのは、なんと口を大きく開けた竜の頭部であり、その牙からは粘着性のある半透明の唾液が滴り落ちているのです。竜はこの竜巻のような銀色の巨大な駒の通路を棲家にしていたのでした。私は自らを放り出すかのようにして、真紅の炎のような竜の舌に絡め捕られることを欲したのです。竜は数本に枝分かれした舌を上手に使いながら、ネバネバした唾液を線状にして私の身体に巻き付け、蚕の繭のようなカプセルの中に私を納めたのでした。最初は息苦しかったカプセル内に酸素が充満して来るように感じるようになったのは、私と背中合わせになったもう一つの生命体の存在を感じた時だったのです。彼女の体温は呼吸の回数が増えるにしたがって、次第に高まっているように想われました。恐らく、彼女は穏やかな闘争を好まぬ性格の持ち主であり、その植物のような犠牲的精神により、カプセル内は共生可能な地球的な環境に調整されつつあるのだと考えたのです。私の精神は肉体を離れ、限りなく透明な世界へと近づけると確信できたのもこの時でした。そうこうしている内に、カプセルは竜によって丁重にどこかに運ばれて行くのを感じました。逆円錐形の物体の天上面には十字の深い溝が掘られており、そこには大小さまざまなカプセルが規則正しく並べられていたのです。私たちのカプセルは99番のナンバープレートが付けられたものであり、このカプセルを最後に巨大な駒は線路を逸脱することになっていたようです。銀色の駒は竜巻となって、氷山の絶壁を飛び越え、海面が凍結した氷原へとスピードを上げて突入して行ったのです。氷を砕く凄まじい音とともに、巨大な駒は水面を割り、その自重ゆえに海面下へと水没して行ったのです。それとともに、数多くのカプセルたちは四方八方に飛散するかのように解放たれたのでした。氷の破片が浮かぶ海面を上方に見ながら、私たちを乗せたカプセルは、「クルックルッ」と軽やかに回転しながら、ワルツのテンポに合わせて未知なる世界へと向かったのでした。
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# by artbears | 2007-04-30 18:12 | 未白

常夏の島に住むカメムシの視点と縁側から視える海への遠近法的解釈。

私は恐らく小さな、しかし蟻ほどは小さくない、もう少し大きなカメムシという分類に属する昆虫であったと想像するのです。その証拠に、私の手足はあの畳表の井草の織目よりも細く貧弱に見えるし、私が上目使いに上方を見上げると、決まってそこにはあの昆虫独特の二本の触覚が、私の意志に反して何かを探索するかのように、自由気ままに動いているのです。私は自分自身がこんなにもちっぽけな存在に想える感覚が、私の前世の記憶につながる既視感から来ているのではないだろうかと、何度も疑ってみるのです。しかし記憶をいくら遡ってみても、どこかであの無根拠性の壁に突き当たってしまい、私の意識は集中力を失い、散漫になってしまうのです。それにしても、こんなにも迅速に移動できるものとは、私にとっては意外なことであったことを告白しなければなりません。はっきり言って、それはほとんど感動的な出来事ですらあるのです。六本の足がどのような順番で動き、それぞれの足が何を欲しているのかは全く理解できないのですが、ともかくそれらは目の回るようなスピードで回転しているのです。恐らくそれは、私を超越した存在からの命令に従って、献身的かつ無報酬で作動するように書き込まれたプログラムから来ているものか、或いはこの身体に収まり切れないほどの巨大な内なる欲望から来ているものかの、どちらかであることは間違いないと考えるのです。つまり私の精神は、とんでもない空虚な抜け殻としての肉体の器に投げ込まれていたのでした。ところで、私の視線はつねに前方に約160度の広角で向けられているわけですが、その遥か向こうに、ぼんやりとした半透明のカーテンのような皮膜の向こうに、膝頭の可愛い、脚を崩した女性の姿が浮かび上がって来たのです。正確に言うと、誰かがそう知覚したと認識したのです。それは昆虫独特の複眼の原理から推測すると、デジタルに分解された光源を組み合わせることによる結論から来たものなのでしょう。もう一つの解釈は、ゴーギャンの描いた常夏の島・タヒチのあのプリミティブな女性の絵を視たという記憶があります。それほど、その女性の身にまとった鮮やかな原色からなる衣服は、視線と意識を目覚めさせるのに十分な役割を果していたのです。いずれにしろ、その艶かしい媚態にどのような反応を示すのかは、私と私の仮初の乗り物との欲望の在処を顕かにする重大なる瞬間のように想われたのです。ところが幸いなことに、視線は判断を留保したかのように移ろいさ迷い、大きく開いた障子戸とその先に在る縁側のさらに先に拡がる海の光景に、しだいに固定化されて行ったのでした。私の内部に、安堵の感情が満ち溢れたことは言うまでもありません。遠近法を駆使して海を視たいという抽象的な欲望が、本能的な実体を視たいという欲望に勝っていたことが明らかになったのです。そして海はと言うと、その穏やかな波の狭間に、沈み行く夕日の赤い粒子をキラキラと反射させ、その光が熱帯植物の分厚い葉を通過することにより、緑と白の混ざり合った粒子に変化しながら輝いているという、常夏の島に相応しい絵画的情景を繰り返し映し出しているのでした。私は我を忘れたこの状態が永遠に続くものでは決してないという惜別の感情が在るからこそ、その光景はかくも美しいので在ろうという仮説を想い出しながら、この感情をデジタルに保存できないものかと思い悩んだのでした。しかしこの甲冑のような外皮からなるカメムシの内部には、赤子の如き裸身の私の肉体以外のいかなる機器も収納できるスペースは無かったのでした。私に残された唯一の選択肢は、このピンホールのように空いた穴から、この狂おしいまでに美しくも悲しい光景を脳裏に念写せんがため、瞳を最大限に開くことだったのです。
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# by artbears | 2007-03-29 19:39 | 未白

濡れた絨毯の厚みと横たわる裸婦、或いは真っ赤な林檎の芯に空いた穴。

階段を三段飛ばしで駆け上がりながら、私の心臓は胸から飛び出して来るのではないかと、一瞬想ったりしたのです。そして階段の踊り場の右側には、友人からの伝言にあるように、四色に色分けされた木製の扉の四つの部屋が並んでいたのです。「どの部屋を選んでも、おまえの運命は変わらない」と書かれたマニュアルを読んでも、この不安げに不規則なビートを打つこととなった、私の小さな心臓に安らぎの呪文を与えることにはならなかったようです。そして一度目の意識が無の世界から帰還して来たころには、私は右から二番目の黄色い扉の真鋳のドアノブに手を掛けていたのです。扉を開けると、「ムッ」とした何かの腐臭のような臭いに顔が覆われ、私は再び、無の世界に引き戻される感覚を経験したのです。しかしその臭いはと言うと、春の訪れとともに土壌から湯気のように立ち昇る、あの生命の復活を宣言するかのような心地良い臭いだったとも言えるのです。そして部屋の中はと言うと、ほとんどガラクタの山と形容しても良い状態でした。まず目に飛び込んで来たモノは、描きかけの裸婦の姿の絵画でした。その周辺には、夥しい数の絵具のチューブや使い古された絵筆が散乱していたのです。その背後には、シャワーの水が土砂降りの雨のように降り注いでいて、その水のカーテンの向こうには、他ならぬモデルとしての裸婦が茫然自失としたかのような姿で、佇んでいるのでした。画家が不在なのか、或いは私自身が画家なのかを明らかにしなければと思っていた私は、傍らの絵画の中の裸婦が、「私を完成させて、さもなければ水を止めて」と言う言葉に救われた想いで、シャワーの蛇口を閉めたのです。水浸しとなった部屋の床には、真紅と濃紺のまだら模様の絨毯が敷き詰められていました。そしてその絨毯から解けた繊維が、水の層の厚みの部分に生息してきた水生植物のように揺れていたのです。私が入って来た扉を全て開け放つと、水はまるで意志を持った生き物のように、我先にと争うようにして、奔流となって逃げて行ったのでした。そして後に残った、このびしょ濡れとなった絨毯を乾かさなければと思い立った私は、ガラクタの山を掻き分けながら、前方の壁にある大窓を開け放ったのです。窓からは、今度は、風が一陣の旋風となって、我先にと競うようにして、部屋のあらゆる場所を占拠せんがために流れ込んで来たのです。その中の一束の風の渦巻きが、木製のがっしりとした食器棚に積重ねられた、丸い半透明のガラス皿と正方形の紺色の大皿の後ろ側に潜り込んだのでした。「ガタッガタッ」と食器棚は振動し、二枚の紺色の大皿は棚から落ちて二つに割れて、四枚のクローバーの葉のように床に広がったのです。窓から見える外界の世界に視線を向けると、そこには、緑色をした表面が艶やかな肉厚の葉と、それにはどう見てもアンバランスな真っ赤な色をした蝋細工のような林檎の実が観えるのでした。それらの林檎も、直接、天から糸で吊り下げられているかのような不自然なかたちで、通り過ぎた風の勢いを暗示するかのように揺れていたのです。聞き覚えのある声だと想って振り向いたのは、その直後でした。そこには四人の友人が腕組みをして、この混沌とした状況をいかにして収拾したら良いものかを相談していたのです。一人の男性は、中腰になって、真二つに割れた大皿を張り合わせることにしたようです。二人目の男性は、描きかけの裸婦の絵画を、それはそれは見事な腕前で、横たわる裸婦の姿として完成させました。三人目の女性は、椅子に腰掛けて、真っ赤な林檎の皮を剥いでくれました。そして四人目の女性はと言うと、真っ赤な林檎の芯を刳り貫き、それを目の前にかざして、空いた穴から窓の外の世界をしきりに眺めようとしていたのです。
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# by artbears | 2007-02-14 19:42 | 未白

美術館の地下には、美しい葉脈の地図の上に虎たちの足跡が残されていた。

フォークを落としてしまったことは、どうやらギャルソンには気付かれなかったようでした。ギャルソンは鋭い目つきで、全ての食事が何事も無く進行していることを、まるで誇り高き指揮者のような表情で見守っているのです。それに美術館に併設しているこのレストランの椅子は、どうも座りにくくて、その堅さが脊髄を経由して脳髄までに、赤と緑に交互に点滅するシグナルとなって送られてくるように設計されていたのです。その痛みは時々、ここがとても恐ろしい事件が起こる場所であることを告げ、その痛みは時々、ここがとても悲しい感情に溢れる場所であることを報せていたのです。私はテーブルの上に置いてある銀製のナイフの鋭利な刃先に、どうしようもなく魅了された素振りを見せながら、ギャルソンの定期的な監視の眼を盗んで、テーブルの下に在るはずのフォークに手を差し伸べたのでした。あなたの温かい手と触れ合ったのは、その時だったのです。安堵と安心の電流が私の指先から伝わり、私の恐怖と悲哀の感情で強張った心を、一瞬の内に血の通ったものにしてくれたのです。そしてテーブルクロスから覗く、あなたの穏やかな表情に見惚れながら、私は失われた銀製のフォークを探し求めることを強く心に決めたのでした。テーブルの下には、湿った土間に正方形の漆黒の穴が掘られており、階段の巾だけ小さくなったやはり正方形の暗闇が、美術館の地下に向かって降りているのです。私は両手を拡げて、階段の淵のところで体重を支えながら、ちょうど逆立ちをした曲芸師のような格好で、一段一々と飛び跳ねながら降りて行ったのです。最後のステップ台が私の体重を支えきれずに崩れるであろうことは、実は私には薄々判っていたことでもありました。しかしあなたの「恐れることは無い」というくちびるの動きが、私を勇敢な冒険者に変えてしまっていたのです。私の身体は黒い炭素の結晶で出来た階段の破片とともに、正に奈落の底を目指して墜落して行ったのでした。私の目に留まった最初の光景は、蓮の葉のような形をした濃い緑色の葉の表面に、水晶玉のような真球の水の塊があり、それらが音も無く零れ落ちながら、私の落下のスピードに合わせるようにして、私の犯した過去の罪悪をその内部に映し出していくというものでした。その背後には、健康的で逞しい太さをした黄緑色の植物の茎が何本も垂直に立っているのです。私が落下した場所は、最初に水晶玉のように見えた球体の上であり、幸いなことに、それは内部に羊水を湛えた透明な弾力のある卵だったのです。私の墜落をまるで合図にするかのようにして、いくつかの卵の殻が破れ、その中から黄色に黒の縦縞もみごとな虎たちが、一斉に躍り出て来たのでした。虎たちは隊列を組みながら、規則正しく、首を左右に振りながら、こちらに向かって歩いて来るのです。彼らの表情には、かつての見覚えのある人々の顔が忘却の彼方より現れては消え、そして懐かしさの感情を呼び覚ますという、記憶の発生装置が仕組まれていたようでした。やがて虎たちは三々五々と集まって来て、その尻尾でゆっくりとしたリズムを取りながら、私の発言を待つことを無言の内に要求したのでした。声を失った私は、大きく深呼吸をして、眼を閉じて、そして念ずるようにして、美術館のレストランのテーブルの上にあったはずのフォークのことを、そしてその在り処が記されているという伝説の美しい葉脈の地図のことを、脳裏の中に強く想い描こうとしたのです。
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# by artbears | 2007-01-29 20:46 | 未白


ソフトマシーン・やわらかいきかいのひとりごとです
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