夢博士の独白



雪原に刻印された人体のレリーフ、氷の宮殿に射し込む月の光、狂人と実体化した狂気

このオーロラの色彩の流動する「河」を想わせる幻想的で圧倒的な「美」を上空に仰ぎ見ながら、私は氷結した湖面から次々に切り出される直方体の「氷塊」に見入っていたのです。なぜならば、それらの分厚い「氷塊」の内部には、この美しいオーロラのさまざまな色の「粒子」が閉じ込められているように視えたからでした。そして、この氷のブロックが積み上げられた構造物こそが、あの噂に聞く氷で出来た「宮殿」に違いないと想ったのです。そして驚くことに、その「宮殿」の住所こそが、不在のために再配達が通知された場所であり、「月の石」が届けられると予告された場所だったのです。兎にも角にも、満月の夜に離陸するとだけが記載された飛行チケットを手渡されたものですから、時間的余裕はあまりないと判断した私は、レンタルした10頭引きの犬ゾリの犬たちに叱咤激励する「鞭」を打ったのです。ところが、犬たちはいっせいにこちらを振り返り、その獰猛な「犬歯」を剥き出しにして、私への恫喝の集団行為に出たのです。私は微塵の動揺も見せまいとして、断固たる強い意志を持って、二発目の「鞭」を空高く、オーロラの「河」を真二つに断ち切らんがばかりの勢いで打ちました。幸いにも、犬たちが懸命に走ることを暗黙のうちに約束したことは、彼らの厳ついた肩が、服従の意志を表した力の抜けた撫で肩へと変化したことで、見て取ることができたのです。そして、リーダーの「ピエタ」の一曳きで、このダンデムタイプと呼ばれる二列縦隊の犬ゾリは再び勢いよく走り出すこととなったのです。白だけに統一された雪原とそれを麓とした雪山とが、その背景にある鉛色の曇天との境界線を曖昧にしているのは、この犬ゾリのスピードがいかに速いかを物語っていました。ところがしばらくして、統制のとれたリズムを刻んでいた犬たちの力強い走りに乱れが生じてきたのです。その原因は、一人の「狂人」が雪原を凝視し、意を決して自らの身体を雪面に投げ出している光景に遭遇することになったからでした。「狂人」は雪面に何度も自らを投身することにより、あたかも自らの狂気を純白の雪面に転写しようとしているかに見えたのです。この「狂気」を刻印するという行為は、現在のデジタル技術と同様に、基本的にはコンテンツが劣化することなく、繰返して複製されていくはずなのです。本能に秀でた犬たちが、そのことに慄き恐怖心を抱いたことは、無理からぬことのようにも思われました。白だけの世界に、僅かな陰影による人体の「白い影」が、無数に繰り返して残されようとしていたのです。恐れ慄いた私は、一刻も早くこの「悪夢」から抜け出すことを願い、救いの眼差しを遠方に投げ掛けたのです。氷の「宮殿」の尖塔が見え始めたのは、その直後のことでした。と同時に、あの「狂人」がこの氷の「宮殿」の住人であるという最悪のシナリオが、私の脳裏を横切ったのです。しかし、時はすでに遅かったことが知らされました。「ピエタ」を先頭にした犬ゾリは、アーチ型をした氷の「宮殿」のゲートを滑り込むようにして通過して、イスラム教のモスクの内部を連想させる巨大な「空間」に入って停まったのです。そこには案の定、あの「河」から切り出された「氷塊」のブロックを円形に積み上げることによって出来上がった「聖堂」が待ち受けていました。偶像崇拝が厳格に禁止されているためか、この「空間」にはいかなる装飾も像も、そして祭壇さえも、見つけ出すことは出来ませんでした。そして見上げると、夜空を円形に切り取ったような「天窓」がポッカリと空いていて、その円の中心部に「満月」が刻々と移動している様子が観えるのです。「満月」と「狂人」、この不吉な組み合わせは、一刻も速くこの「空間」から逃れるべきであることを告げていたのです。その時のことでした。ドスンという音とともに、「月の石」が「天窓」から、まるで頂点に達した「満月」から放り投げられたかのように落下して来たのです。私は「狂気」の引力に引き寄せられるようにして、その「満月」からの落下物の側に立っていたのです。「月の石」は十文字に針金で縛られていて、上面には三枚の「荷札」が取り付けられていました。一枚目の「荷札」には、「月の石 1969年7月20日」という文字が記されていました。二枚目の「荷札」には、確かに受取人の私の名前とこの「宮殿」の住所が記されていました。三枚目の「荷札」を見ようとした私は、あの雪面に写し撮られた「狂気」がレリーフとして実体化した、そして恐らくは送り主であろう「狂人」の無数のコピーたちに取り囲まれていることに気付いたのです。
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# by artbears | 2008-01-28 19:12 | 芸術

鎧兜に身を固めた青騎士又は自動機械、黒ピアノの内側に築かれた秩序又は精神の城壁

自動機械のようにどことなくぎこちなくもないのですが、それでいて正確無比に与えられた仕事を効率的にこなしているかのような素振りを見せる「官僚」のようにも見えるのです。それが、あの銀色に輝く鎧兜を身に着けた「青騎士」のいつもの登場の姿だったのです。「青騎士」は決まって、私のピアノの漆で塗られた黒光りする側板を「鏡面」として、その内奥にある異次元の世界から、フウッとまるで亡霊のような軽やかさで現れて来るのです。それは、一種の「鏡像」のような存在なのかもしれません。つまり、私は鏡面に映る「青騎士」である鏡像を視ることを通して、私自身を視ていたと言えるのです。ピアノは建物の東側に位置している居間に置かれていました。そのために、窓を背にしてピアノの前に座ると、私の背後からは慈しみに満ちた柔らかな朝の「光線」が射し込んで来るのです。窓から見える庭の「景色」は手入れの行き届いたものではありますが、それはあくまでも表面的なものであり、自然の原理が弱肉強食であることを思い起すと、いつ何時「悪魔」の手が忍び寄るかは判らないといった気配が漂っていました。こうした不穏な空気を払拭したいという願いもあった私の選んだ「音楽」は、やはりバッハだったのです。それは、バッハの音楽には、心安らぐ天上の神聖な空間への想いとそれを讃える響きに満ち溢れているからなのです。それは、私の「精神」を浄化して、高みの「世界」への予感を確かなものにしてくれるからなのです。ところが、いざ曲を弾こうとした私の目に飛び込んで来たものは、黒い鍵盤に映る40の小さな「青騎士」の姿だったのです。「青騎士」たちは躍り出るようにして黒い鍵盤の小箱から抜け出して、88の鍵盤の上を飛び跳ねるのでした。彼らの運動から生まれる音楽は一聴して「無調」のように聴こえるのですが、その音列と時間軸には厳格な「理論」に支えられた構築性と規則性が存在しているように思われたのです。やはり、彼らは「自動機械」であり、あの自然の中で無数に飛び交う没個性化した「ミツバチ」たちと同じなのだと感じたのです。なぜならば、ミツバチの羽ばたく音を耳元で聴くときの、あのいらいらした「感情」が無意識の奥底から嘔吐のように湧き上がって来たからなのです。私は、この「青騎士」自体が私の鏡像であり、彼らの奏でる「音楽」が自然界に巧妙に組み込まれたミツバチたちの労働の調べと同質のものであるならば、私自体が「自動機械」であるとの演繹的な思考に囚われてしまったのです。そうした私が、私の分身でもある「青騎士」たちの追跡から逃れ、私自身のもう一つの存在の根拠でもある、この黒いエレガントな「ピアノ」に救いの場所を求めたのも無理もないことだったのです。私は、斜めに傾いたピアノの響板に沿って、深くピアノの内部に潜り込み、そこに立て篭もり、内側から強固な「防御壁」を築くことを思い付いたのです。ピアノの内部の「構造」は、想像していた以上に複雑なものでした。無数の鋼鉄製の「弦」が張り巡らされており、低音を生み出す太く強い弦には、それに相応しい大型の「ハンマー」が備わっているのです。そして、ハンマーと弦とボディのバランスが絶妙に設計されている人工的な仕組みこそが、ピアノの実態であることが理解できたのです。私はこの「場所」こそが、この人工的な「秩序」の存在する場所こそが、多くの自動機械の連鎖からなる自然の暴力から身を守ることのできる唯一の「場所」であると感じたのです。その時のことでした。高音部の弦がブルンと唸るような音を響かせて振動したのです。いよいよあの「青騎士」たちがピアノの内部に侵入し、接近していることが告げられているのです。私は焦りました。なぜならば、このピアノの内部には、私の思惑に反して、防御壁となるいかなる物質的な材料も無かったからなのです。しかし、その時のことでした。最初のハンマーが下されたのです。誰かが、恐らくもう一人の私がピアノを弾き始めたに違いありません。ピアノは躯体全体を響かせて、最初の「音(言葉)」を発したのです。そして、それらの「音」の連鎖から生まれて来る音楽の、なんと創造性に満ちたことか、私の無意識の奥底から今度は歓喜の「感情」が溢れて来たのです。それとともに、「青騎士」たちの追跡の「足音」が止まり、柔らかな朝の「光線」が射し込んで来たのです。その音楽は「神」と共にありました。そしてこの世の中に、真理や純粋さを希求する余地が残されていることを知らしめる自信に満ちた調べが続いたのです。精神の城壁は築かれたのでした。
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# by artbears | 2007-12-28 20:17 | 音楽

青林檎と赤林檎が在った、それらの色が変化しなければ橋は渡れないと柳の木は諭した

京都の洛中洛外を描いたあの「屏風」の中にもあったと言われているこの「太鼓橋」が、未だに存在していること自体が、この世の摩訶不思議な部分であると言う説明が、耳鳴りのようにリピートされて、私のヘッドフォーンから聴こえて来ていたのです。そして、その「声」は、他ならぬ私自身のものであることに気付くのには、百を三つ数える「時間」が必要でした。橋の欄干の手前には、左右対称に柳の木が植えられていて、それらを繋ぎ留めるものとして上方にはハンモックが揺れていて、下方の地面には横断歩道が引かれていたのです。左には若かりし頃の「青林檎」のあなたが立っていて、右には今や妙齢となった「赤林檎」のあなたが立っていました。「赤林檎」となったあなたは、しきりに赤いドロップを私の口に押し込めようとするのですが、私の紅くて小さい雲雀の舌は、その先端が尖っていることもあり、上手く受入れることができずに難儀したものでした。しかし、その赤いドロップの とろけるような甘美な味が口の中に拡がるには、十を一つも数える「時間」があれば充分だったのです。そして、その甘い夢のような「世界」が拡大することと歩調を合わせるようにして、青林檎のあなたはしだいに熟した「赤林檎」へと変化していったのです。しかし、それは「視点」を変えて観たならば、赤林檎のあなたはしだいに熟した「青林檎」へと変化したとも言えたのです。左右の「林檎」が、まるで赤信号のように点灯した時こそが、この橋を渡れと言う合図であったと勝手に解釈したのは、いつもながらに私の「直感」の成せる「早業」だったのでしょう。そう、私は常に根拠無き楽観主義者を生きて来たのです。「太鼓橋」を渡り終わった地点は、小雪の舞い降りる寒い「場所」であったようですが、幾重にも折り曲げられた「屏風」の左に拡がる「世界」には、秋があり、夏があり、そしてその先には、私の大好きな季節である「春の気配」を感じることができたのです。失われた「時間」を再び遡ることができるとしたら、それはどんなに素晴らしいことでしょうか。私の頭の中には、桜爛漫となったあの「京都」の山々の美しさが、まるでピンク色の「風船」が膨らむようにして、目鼻から弾け出るエクスタシーとなって溢れ出したのです。そして、その生命の息吹に満ちた「春の世界」には、程よい弾力の木製のタイルが敷かれた「通路」があり、陽光が射し込むように開かれた「窓」を背にした机の上には、未だに緑色のままの二つの「林檎」が置かれているに違いなかったのです。私はかつて熱い想いで凝視した、あの「視線」を遠い記憶から呼び戻し、この二つの「林檎」と再び結び合わせることにより、この十二面の「屏風」にびっしりと描かれたミニアチュールな「世界」を旅することを思い立ったのです。一歩足を踏み出すと、固定していた全ての「情景」が、ザワザワとした生活感溢れる雑踏の「雑音」とともに生き生きとしたものとなって動き出し、人々の息遣いや汗などの「臭気」までもが空間を満たしていくのです。その雰囲気は、現代の新宿辺りの都市を歩く時に感じる、あの喧騒の中の孤独感とは全く異質なものであり、むしろ、イスタンブールやモロッコなどのバザールで感じることのできる、生きることの原初的な喜びや逞しさのようなものに近いように思われたのです。当然、私の歩みは快活に進められることになり、厳寒の冬の雪景色さえもが、次に訪れる秋の紅葉の美しさを引立たせるための「下絵」となり、燃えるような夏の暑ささえもが、次に待っている春の初々しさを際立たせる「前奏曲」となったのです。そして、この六曲一双からなる「屏風」は、次々に開かれることによって、年月に埋もれていた「過去」の新たな発見と解釈をもたらしてくれたのです。私は、かくの如く「時空」を逆行し、桜吹雪が舞う「校庭」を無我夢中で横切り、小鳥の飛び交う「階段」を二段飛ばしで一心不乱で駆け上がり、あの想い出の「通路」への曲がり角へと息を切らして辿り着いたのです。私の右手には、失われた記録としての白紙の「時間」が握り締められていました。私の左手には、失われた記憶としての白紙の「手紙」が握り締められていたのです。私は、「心」に平静さを取り戻す目的もあって、再び十を一つ数えることにしました。「目」は静かに閉じられ、「心」の窓を開くことにしたのです。そして、その「窓」からは、ひっそりと身を潜めるように生き永らえて来た、あの緑色の林檎が、真っ赤に熟した「赤林檎」へと成長し、そのはっきりとした「輪郭」を浮かび上がらせて視えたことは、言うまでもなかったのです。
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# by artbears | 2007-11-30 20:18 | 自白

記憶を食するというクラゲの群れ、それは海面に映る白い雲のように非実体的であった

美しい島々が点々と絶妙に配置されたこの風光明媚な入り江に佇んで、私は何度も大きく深呼吸をして、この体内に巣食った「悪い想い」の総入れ替えを試みたのです。大きく息を吸い込んで、下腹を「ぎゅっ」と圧縮するようにイメージして、今度はそれを逆流させるかのようにして、胃壁に付着した「悪い想い」を浚えるようにして吐き出すのです。それを何度か繰返していると、遥か遠方の外海に視えていた「私の船」は、力強く「ぐんぐん」と速度を増しながら入り江に入港して、私の眼前に、その「白い巨体」を露にするのです。そして私は、この「巨船」を仰ぎ見るたびに、この「白船」が何を表象しているのかを考え込んでしまうのです。桟橋から船には黒装束の船員たちにより、一枚の板が渡され、白衣にボストンバックを下げた医者と数名の看護婦たちが、慌しく乗船を急ぐ姿が視えました。出帆の汽笛に催促されるようにして乗船を強いられることになった私は、あなたの存在が希薄に感じられる船内の雰囲気に「不安」を覚え、医療チームの目から逃れるようにして、船倉への階段を降りたのです。そして、船底に最も近い場所と考えられる木製の扉の付いた食糧庫に身を潜めることにしたのです。 食糧庫には内側から掛けられる「鍵」が無く、その上、数多くの剥きかけの「馬鈴薯」に鋭利な「ナイフ」が突き刺さっているという「光景」は、私の「心臓」の心拍数を加速モードに切り換えることになりました。私は居ても立ってもいられないという「心情」を、記憶の最後のページに残して「意識」を失ったのです。私の「意識」が戻ったと思われたのは、目の前の大型スクリーンに波打つ波頭の「映像」が映し出されていることに気付いた時のことでした。大型スクリーンは、今や最新設備に置き換えられていますが、それは、かつての「私の船」の操舵室の前方のガラス窓であったのは間違いないのです。そして私はと言うと、左右の手首と足首を白い「革バンド」でしっかりと操縦席に縛りつけられているではありませんか。私の左胸の「心臓」の位置からは、先端にセンサーが埋め込まれた「計測針」がグルグルと渦巻きながら、体中に立てられていたのです。そして、その「計測針」は、私の身体をはみ出して「私の船」全体に、その「精密検査」の関心が向けられているかのように、やはり渦巻いて張り巡らされていたのです。右には「魚群探知機」が置かれていて、左には「心電図」が刻々と変化する私の「心臓」の状態を報せていました。しかし、周りの医療チームの期待の熱い「視線」を裏切るようにして、私の「心臓」は健気にも規則正しいビートを打ち続けていたのです。もう一度、前方のスクリーンに「視線」を移すことにした私は、スクリーンがスクリーンを通して、あちら側の「世界」を映し出していることに気付いたのです。そして、その「あちらの世界」とは、私自身の「脳細胞」であり、私自身の「記憶」が閉じ込められた未整理のファイルの中に存在する「世界」のようでした。そのファイルは、海面を漂う「クラゲ」の姿となって、半透明な「ぶよぶよ」した塊となって、いくつもいくつも波動に身を委ねながら集団で移動しているのです。水平の海面の遠方に漂う「クラゲ」の群れは、半透明と言うよりは、むしろ空にたなびく「白雲」が水面に映し出されているような、物質感の伴わない実体の無い存在のように視えるのでした。そうこうしている内に、近くに近付いて来たクラゲが大きく映し出されました。そのクラゲの姿をした「袋の中」には、いつかどこかでの「記憶」がいっぱいに詰め込まれていて、それらの「記憶の断片」が「くるくる」と攪拌されながら、内部で回転しているのです。そして驚くべきことは、その袋たちの中では固有の「時間」と「空間」が形成されているように窺い知ることができたのです。つまり、それぞれの記憶の集積された「時間」と「空間」の中で生きることにより、それぞれの「文化」とも呼べる知覚システムが生まれているようにも思えたのです。一つの「袋の世界」では、真っ赤に紅葉した落ち葉の上を白い蛇が「するする」と動いていました。そして枯れたブナの木の梢には、色鮮やかな色彩のキツツキが「コツコツ」と木を勤勉に叩く姿を観察することができました。私が咄嗟に想ったことは、「この世界」は未だ私の経験したことのない知覚の世界であり、この薄気味悪く、死の臭いすら漂う世界から、一刻も速く目を背けることだったのです。しかし、私の「身体」をしっかりと固定している、この憎々しい手枷と足枷が、黒色に変色しつつあることを、私は既に知覚してしまったのです。
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# by artbears | 2007-10-23 20:04 | 夢白

波打ち際に打ち上げられた帆船と船底に付着した無数の貝殻、真珠のような眼球の秘密

ホテルのフロントへの道がこんなに複雑で労苦を伴うものであろうとは、旅行ガイドのどのページにも載ってはいなかったはずなのです。そのこともあってか、「スナメリ」と呼ばれるイルカのような「すべすべ」とした肌を持つこの愛くるしい生き物は、古い木造の旅館の板張りでできた水路のような「廊下」を、二頭が肌を擦り合わせながら流れるような軽快さでもって泳ぎ、私達の道案内をかって出てくれたのです。フロントがもうすぐであることは、「スナメリ」のほとんど閉じかかった目蓋の奥の「眼球」のやさしい光で判りました。「哺乳類」として分類されることを頭のどこかで意識していた私達は、四つん這いの姿勢を採ることにして、一歩一々「ぬるぬる」とした「水路」の板底の感触に戸惑いながらも、少しずつフロントへと近づいて行けると考えていたのです。ところが、異変に気付いたのは、「水流」に逆らって立てられた二本の杭のようにも見えた我が「両腕」を見下ろした時のことでした。左腕の肘の上あたりから、小さな無数の「時計」がまるで増殖するフジツボのように、左肩のあたりまで拡がろうとしていたのです。私達の驚きには筆舌に尽くし難いものがありました。それは、ある種の「退化」することへの恐怖の感覚に襲われたからなのです。私は、とっさに、「甲殻類」のそれのように硬化しつつある無数の時計でできた「皮膚」を、条件反射的に不快なものと判断して、一刻も速く剥ぎ取ることを決意したのです。「バリバリ」という「音」とともに、剥ぎ取られたもう一枚の「皮膚」の下から現れて来たものは、痛々しくも真っ黒に炭化した、あらゆる「時間」を吸い込むブラックホールのような「暗黒の世界」だったのです。私達は、その「世界」の不思議な「吸引力」に引き込まれないようにしました。なぜならば、そこは、過去だけでなく未来もない「無時間の世界」のように思われたからです。後を振向くと、フロントは一瞬にして、車窓からの風景のように遥か彼方に飛び去って行きました。それは、放たれた「矢」のようなスピードだったのです。私達の「失われた30年」への惜別の儀式は、このようにして執り行なわれたのです。そして、私達は「時間」という大きな「波」に追い立てられるようにして、この吹き溜まりのような「海岸」に打ち上げられたのです。その「海岸」で、私達の目を引き付けたのは、波打ち際に少し傾いて横たわる「船」とその真っ白なキャンバスのような「帆」の美しさでした。船底には、びっしりと夥しい数の「貝殻」が付着していて、その一つひとつの貝殻の「割目」からは、透明の涙をいっぱいに湛えた真珠のような「眼球」が覗いていたのです。それは、あの「時計」の非情に時を刻む機械のような「目」ではなく、人生のさまざまな場面において、言葉にできない「想い」を有機的な「涙」に置き換えて語って来た、そんな静かに何かを訴えるような「目」だったのです。その無数の「眼球」に見詰められた私達は、後ずさりをして、「バリバリ」という足元の「音」に驚きました。無数の牡蠣の「脱殻」からでき上がった「護岸」の存在に気付いたのです。その一つひとつの牡蠣の「脱殻」が、私達には無為に過ごした「時の亡骸」のようにも視えたのです。しばらくの間、内省的で悲しい時が過ぎていきました。「護岸」からは、海の豊富な天然資源を暗示するかのような、エメラルド色をした海の深さが観て取れ、ゆったりと打ち寄せる波の穏やかさには、ある種の安定した「秩序」の存在を感じ取ることができました。また、この小さな入り江を取り囲むようにして形成されている馬蹄形をした「半島」の至るところには、海の抽象的でどこか頼りない「色彩」とは異質の、木々の繁茂する力強さと物質的な確かさに支えられた現実界の「色彩」を感じ取ることができたのです。そして「半島」の遥か先の、さらに水平線の先の象徴界の「世界」においては、今まさに燃え滾った「太陽」が、その姿を徐々に視界から消そうとしていたのです。真っ赤な「太陽」は、刻一刻と暗がりの領域を拡げつつある「夜空」に、真円の穴を焼き切ってしまうかのような勢いと強度を感じさせるものでした。そして、その真っ赤な「真円」が水平線との接点までに降下したならば、この「世界」は沸騰し、あらゆるものは気化してしまうのではないかという「妄想」が、私の中で肥大化したのです。しかし、この偏執狂的に増大する私の「不安」を和らげるかのように、あの二頭の「スナメリ」は、その知性の存在を示す隆起した「前頭部」を海面から時々出して、誘惑するかのような滑らかでセクシーな泳ぎを披露してくれたのです。
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# by artbears | 2007-09-27 19:28 | 夢白

砂漠に立ち昇るきのこ雲と黒い河、ミサイルと戦車、紅い砂漠に残された木の葉の足跡

水蒸気のツブツブが「小さな風船」のようになって、上昇する気流に巻き込まれながら舞い上がっていくにつれて、蒸気機関車を覆っていた「深い霧」はしだいに晴れ上がっていったのです。それにつれて、黒く逞しい「鉄の塊」が誇らしげにその全貌を明らかにしていったのは、言うまでもないことでした。蒸気機関車は、あの灼熱の「紅い砂漠」の地を横断して、この厳寒の「白い草原」の地に到着したに違いなかったのです。ステップ台を降りる「足音」が、周囲の静けさに下された「鉄槌」のように響く中、プラットホームに降り立った「カーラ」は、黒い厚手の羅紗のロングコートに身を包んでいました。吐く息は瞬時にして凍り付き、その「言葉」は氷結して出来たミサイルや戦車となって、プラットホームに次々と並び、速成のミニチュアの「軍隊」は編成されたのです。そして「カーラ」は、もっともっと小さな「氷」で出来た兵器や兵士たちを前にして、低く威厳に満ちた声で、このように説いたのです。「我は死なり、汝らはただ義務を果たせよ」と。そして「カーラ」は兵士たちの士気を高めんがために、両の手を大きく孔雀の羽根のように拡げ、多くの腕とそれぞれの手に無数の武器を持った姿に「変身」したのです。その表情は、眉間に「苦悩」の深い皺が刻まれていましたが、「理想」を胸に抱いた少年のそれのように、遠くの地に必ずユートピアが存在することを強く信じた、「精神」の透き通った高貴さを感じさせずにはいられないものでした。その時、すでに「カーラ」のロングコートは脱ぎ捨てられていました。そして、その赤黒い乾漆で出来た「艶やかな肌」のいたるところからは、新緑のころの萌えるような「若葉の芽」が、見る見るうちに繁茂するという「光景」を観察することができたのです。「カーラ」の発した二つ目の言葉は、次のようなものでした。それは、「我は時なり、汝らは我に従い、あの忌々しき紅い大地を攻略せん」でした。兵士たちの間に動揺が走ったのは無理もないことでしたが、次第に平静さは取り戻されることとなり、彼らの心が、「紅い大地」の遥か彼方で起こっている非道な出来事に対する憤りの心情へと変化していることが読み取れたのです。確かに、粘着性のある液体が流れる「黒い河」を渡ったところから始まる「紅い砂漠」の上空には、未だに、白く立ち昇る「きのこ雲」の発生が後を絶たないことが見て取れたのです。「カーラ」の絶望の淵は深く暗いものでした。しかし、その絶望の谷こそが「カーラ」の出生の場所であったことは、兵士たちの間ではすでに知れ渡ったことでもあったのです。寒風が熱風と交互に入り乱れて吹き荒れるひと時が過ぎました。全身が濃い緑色の「木の葉」で覆い尽くされた姿となった「カーラ」は、数枚の木の葉を胸から掻きむしるようにして取り、それらを「黒い河」に浮かべるために、岸辺に「ドスン」と両手と両膝を落としたのです。そして、一枚一々と黒い河に放たれる木の葉の「舟」には、あの「氷」で出来た兵器や兵士たちが積み込まれていたのです。木の葉で出来た「船団」は、あるものは「黒い濁流」に飲み込まれるようにして、また、あるものは「紅い熱風」に煽られるようにして姿を消して行ったのです。そして、対岸に辿り着くことの出来た数少ない兵士たちの表情には、もはや絶望を希望に転化させるだけの「気力」と「体力」を期待することはできなかったのです。「黒い河」を一跨ぎで飛び越えられる大きさに巨大化した「カーラ」は、対岸の兵士たちと合流するやいなや、今度は、蹲まって元の姿の大きさに戻る苦しみの「試練」を受け入れることになりました。その際に、あの青々と茂った「木の葉」は、伸びきったゴムが破断点を越えて収縮に転じるときのように、「チリチリ」と音を発て、もがき苦しみながら、最後には茶褐色の粉々になった断片と化して、「熱風」に浚われるようにして何処かに運ばれて行ったのです。その時のことでした。「紅い砂漠」の大地の底から絞り出されて来るような「咆哮」とともに、前方の至近距離において、核爆発による巨大な「きのこ雲」が天に向かって立ち昇ったのです。そして、その巨大なキノコは、まさに「悪」の胞子を撒き散らす毒キノコとなって、その巨大な「傘」を拡げ始めたのです。核j汚染の尖兵である「黒い熱風」は間違いなく襲って来るのです。深い悲しみに溢れた「カーラ」の眼差しが、白い「きのこ雲」から後方の兵士たちに向けられたとき、そこに辛うじて残されていたものは、「カーラ」の足跡に寄り添うようにして生きながらえている、希望の篝火のような「木の葉」たちだけだったのです。
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# by artbears | 2007-08-24 19:01 | 夢白

蒼き月は海面から昇り出て、時計回りに円弧を描きながら十六夜の月で停止した。

扉を押して開けようとすると、それを阻止するかのような力が風圧となって、部屋の内部から巻き上がるように吹いてくるのです。にもかかわらず、私が押し入った部屋の中には、茫洋とした消し炭で描かれた水墨画のような薄暗い世界が広がっていたのでした。部屋の奥には海辺があるようで、「ひたひた」と波の打寄せる音だけが聴こえていたのです。私の眼がその暗がりに慣れてくる頃合いに合わせるかのように、前方の海面からは、輪郭の曖昧な、そして凍てついたかのように青白く光る蒼白の月が、水滴をしたたり落としながら昇って行くのです。その光景はまるで月の光が水滴という物質と化しているかのようであり、私たちの忘れかけた太古の感覚を揺さぶり起こすに十分なほどの幽玄な姿だったのです。月たちは下弦の月から順番に、ちょうど扇を広げるように半円を描きながら、十六個の月が並んだところで止まったのです。なるほど、十六夜の月は真円が僅かに欠けた完全性を失ってしまったところに風情があるのだと感じ入ったのも、その時でした。そして、 これらの青白く光る月たちの静かな吐息こそが、あの渦巻きとなって、私の入室を拒んだ風圧であったのだと納得できたのでした。その十六個の月たちで構成された未完成のアーチと月光が白く反射する鏡面のような海との間には、四等分に分割された画面から構成されたスクリーンが「ふわり」と浮いていたのです。その画面を厳格に区切った中央の部分は、真っ白い十字架が禁欲的な佇まいで静止し、その強力な磁力が故に浮力が保たれているかのように、私には神々しく視えたのでした。あまりの美しさに圧倒され、視線を釘付けにされていた私が、木製のずっしりとした机と黒い革張りの重厚な椅子に気付いたのは、机の上に置かれたマウスの赤く点滅する眼光のような光があったからなのです。私は、その主人を待ち侘びたかのように存在する黒い安息の椅子に深々と腰を落とすことにしたのです。そして、おもむろにマウスを取り上げ、マウスパットの上で数回転がしてクリックすると、静寂の空間に電子音が走ったのでした。四つの画面を別々に開いて、映像を画面上に映し出すことも、このマウスでコントロールすることができたのです。ダブルクリックを繰返すたびに、映像はファイルから弾け出るようにして私の視線を襲い、強烈な刺激を与えながら次々に消えて行くのです。まるでその様子は、眼球の裏にびっしりと張り巡らされた神経のサーキットを疾走するフォーミュラカーのそれのように、スピード感があり、残像として辛うじて認められるのがやっとのものだったのです。落ち着きを取り戻した私は、再び右上の画面を開いてみたのですが、オープンになった映像がクローズされた後にも、私の脳裏には確かに赤いフォーミュラカーの後輪の回転と、揺れるテールランプの橙色の光の筋が記憶として残っていたのです。そして左上の画面においても、繁華街のネオンのまがまがしさと、そこを飛び交う蝙蝠のレーザービームのような赤い眼光の痕跡が生々しく残っており、それらはやはり記憶のファイルに保管されたのでした。つまり私は、この二つの映像から、同じような色彩と形態の傾向を、そしてその「映像」と「記憶」の共存したバーチャルな空間を縦横に行き来する「線描」の自由さを認識することができたのです。ところが、左下の画面に映し出された三つ目の映像の中における、若々しいエリザベス女王のブロンドの髪とその儀礼的な微笑み、そして真紅の制服を着た衛兵の非日常的な姿との関係に及んでは、私には感覚的な脈略さえも見出すことはできなかったのでした。別の言い方をするならば、二つの映像を同時に視ることはできても、三つの映像の関係性を瞬時に思考する能力は、私には備わっていないことが判明したのです。そして四つ目の映像はというと、真っ白い象の死体がゆっくりと回転しながら、赤い夕陽が沈む河口に向かって流れて行くというものでした。私はもはや、映像を視ている私(意識)とは私なのか、ここに流れている映像はバーチャルな現実なのか、それともリアルな過去の記憶が再生されているものなのかの区別ができないカオスに在ることを認識したのです。と同時に、私が侵入した禁断の扉のこちら側の世界は、「映像」と「記憶」の連続性が認められる限りにおいてリアルである、もう一つの現実の世界であることを知ったのです。
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# by artbears | 2007-07-21 18:42 | 未白

黒テントのピラミッドが乱立した海辺は、すでに象たちの群れに占拠されていた。

近代的な都市のウオーターフロントには、銀色に輝くかぼちゃの馬車を模したモノレールが縦横に走っているのです。その光景がそれほど珍しいものでないと感じたのは、私が赤道直下の発展目覚ましいアフリカのとある都市から帰国したばかりだったからかもしれません。そこには、たくさんのかぼちゃが象の大群の襲来により踏み潰されており、その「パックリ」と開いた割れ口が、痛々しくも至る所に曝け出されていたのです。そして、モノレールの動きが、自然の規則性に照らし合わせてのことか、必ず巻貝のように左に旋回しながら軌跡を描いて走るところも、自然のグローバリズムの浸透を感じさせる所以でもあったのです。モノレールは大きな溜息とも取れる停車音を最後に完全にロックが架かった状態となり、解体という次の工程を予感せざるを得ない、まるで棺桶の中のような空気が車内を支配したのです。ポルトガル語と想われる、太陽との会話に使われたに違いないと想われる言葉が耳元で響いたのと同時に、ドアはいっせいに開けられて、人々は無言の内に外に向かって吐き出されたのでした。時差ボケと不慣れな義足のためか、どんどんと大勢の人々に追い越されながらも、私は一歩一々を確実であることを心掛けながら歩き、やっとの想いで、入口の天幕が風に大きくなびいている、見上げるばかりの巨大なピラミッドのような黒テントの前に辿り着いたのでした。そしてそうした巨大な黒テントが、この海辺一帯に数多く張られていることは、周りの黒い肌の若者たちの会話から察しがついたことなのです。それぞれの黒テントは大きく息をしているかのように、膨らみ、そして縮むことを繰返しているのです。それは、彼らの長年に亘る不平不満が極に達していることを、どす黒いエネルギーが噴出するはけ口を探し求めて渦巻いていることを、戦争の前夜のような緊迫した情景の内に、私に報せていたのです。そして時折、黒テントが大きく膨らみ、左右対称の天幕が開いた合間をぬって、飛び抜けていく銀色に光る戦闘機は、そのことを私に確信させるに十分な光景だったのです。4列縦隊となって、足元の暗がりだけを見つめていた私が、天井の高いドームのような空間に居ることに気付いたのは、象の雄叫びと想われる甲高い金属的な音が、空間を切裂くような鋭さで反響した時のことでした。我々の隊列の左右両側には、ゴムのような弾力を感じる黒々とした象の足が、陽の差し込まなくなった密林に残された大木の根株のように、整然と、しかし我々を威圧するかのように並んでいたのです。そしてそれら無数の象の足からできた深い暗闇の林からは、血走った赤い目をしたアルビノと想われる白い痩せ細った犬たちの視線が、「ジィーッ」とこちらを窺っていたのです。その眼差しに気を取られていた私を再び驚かせたのは、あのポルトガル語の響きだったのです。我々は次々に、大小さまざまな丸太を切断して作られた腰掛に座ることを命じられ、それらの腰掛はゆっくりと、打寄せる波の引き際にタイミングを合わせるように促されながら、海へと旅発って行くのです。丸太でできた腰掛の舟の中には、その重心の位置によりバランスを失うものもあり、多くの黒い肌の若者たちが海中に投げ出されるという、まさに運命のサイコロの転がり方の非情さを目撃することとなったのです。その時、突然の大波の発生とともに、黒い葉巻を巨大にしたかのような潜水艦が浮上して来たのです。そしてその潜水艦の潜望鏡が神経質に回転している様子を見ていた私は、その潜望鏡に取り付けられた分厚いレンズの曲面に、はっきりと、西欧の着飾った貴族たちの舞踏会の様子が映し出されていることを目撃したのでした。そしてこの「格差」への絶望感を胸に抱きながら、私は大波に身を委ねて、再び浜辺へと打ち上げられることを願ったのでした。私の願いが叶ったことを知ったのは、私が波打ち際の砂の中に埋もれている自分を発見した時のことでした。砂浜には、桟橋を急ごしらえにカタパルトに転用したと想われる飛行場があり、そこからあの銀色に光る戦闘機がまさに飛び立たんとしているのです。そしてそのパイロットのヘルメットから覗く、眼光鋭く血走った目こそ、あの白いアルビノの追い詰められた目に他ならなかったのです。
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# by artbears | 2007-06-19 17:58 | 未白

天空の大円を走るという黒い犬は、はたしてキャンパスの暗がりに潜んでいたのだろうか。

天の頂点を通過するという天空上の大円が、私の頭上に存在すると感じるようになったのは、はたしていつのことであったのだろうかと、私は大きな楠木の二股に分かれた幹の上に寝そべりながら想ったのでした。そしてその大円の軌道に沿って、あの黒い犬たちが競い合うようにして疾走して行く姿が、何度も何度も私の脳裏に浮かんでは消えて行ったことも、そんなに遠い昔のことではなかったと追憶するのです。なにしろ地球と天上の中間に位置する天空にある軌道を走るわけですから、途方も無い距離であることだけは確かなことです。その証拠に、黒い犬たちは口から赤い舌をだらしなく垂れ流して、「ハアッ、ハアッ」と苦しそうな表情を見せながら、私の頭上を通過する際には、哀れみを請うが如くの眼差しを残して走り去って行ったものです。天空の大円を何周かするうちに、自ずと黒い犬たちの間には、体力の差に応じての順位が確定していくのは至極当然のことであったようです。そのために脱落して行くものたちの中には、潔く大円から地上を目がけて投身するものもいると聞くのです。そしていつも最後に残るのは、そう君、歴戦の勇士「ブラック・ヌード」だったわけです。黒々とした太く硬い剛毛を逆立てながら、天にまで届かんがばかりに繁茂した楠木の梢に降り立った君は、木漏れ日たちの凱旋への祝福を受けながら、ゆっくりと枝木をつたいながら降りてくるのでした。そして私の膝の上に拡げた見開きの本のおきまりのページの中に、とぼとぼと頭をうなだれながら、まるで戦うことに生きがいと虚しさを同時に懐く戦士のような風情で入って行くのでした。もちろんその時までには、剛毛は穏やかにして艶やかな漆黒の海のような静けさに戻っているのでした。「ブラック・ヌード」の出現にある種の規則性があることに気付いた私は、そのことを確認するために、巨大な楠木の根元の洞に隠し置くことにしたあの本を封印することに決めたのです。それは、君のあれほどまでに疲労困憊した姿への同情の気持ちからであったことも確かだったのです。以来、君の存在は、あの秘密の本の在処とともに、私の記憶から消え去ってしまっていたのでした。そうした忘却の彼方に置き去りにされたはずの「ブラック・ヌード」の疾走を再び目撃したのは、古ぼけた倉庫を改装したギャラリーに掛けられた一枚の絵の中に於いてでありました。モノトーンを基調にしたその絵は、規則正しく並べられたフランスパンのような固体化した雲が前面に描かれ、その背後には満天の星空を映し出した真っ黒な海が波打っているのです。そして視る角度を変えることにより、雲には表の面と絵の内部に陥没した裏の部分があることが判ったのでした。その月の裏側のような暗がりこそが、君が息を潜めて、その疲弊した精神を治癒していた安息の場所に違いなかったのです。そして、私がもう一度その絵を正面から視ようとした時に、今度は石のように固体化が進行した雲の背後に一瞬走った影こそが、あの「ブラック・ヌード」の老いた姿だったのです。その影法師は、ある時は走るように速やかに、そしてある時は泳ぐように揺らぎながら、懸命に生き永らえようとする君の姿を、感動的に物語っていたのでした。大勢の人々がギャラリーに入場してくるのと入れ替わるようにして、私は一心の想いで、あの楠木の大木を目指して走り出していたのでした。それは、あの「ブラック・ヌード」が人々の目に曝されることを、全力で阻止しなければいけないと考えたからなのです。私の顔面の一寸先には黒く冷たい雨が容赦なく降り注ぎ、そして振り返ると、そこには何事も無かったかのような人々の日常が粛々と営まれているといった光景が、どれほどの長きに亘って続いたことでしょうか。そして、私が朦朧とした意識の中で、やっとの想いで手に触れたこの奇妙な物体こそが、あの楠木の大木の根であったことを、偶然の出来事と片付けて良かったのでしょうか。私は思案に暮れながらも、あの懐かしの楠木の根元の洞に手探りで辿り着いたのでした。そこには、大雨のために水がいっぱいに溢れており、そこに漂うあの秘密の本のあのページには、はっきりと黒い海に浮かぶ雲のデッサンが描かれていたのでした。
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# by artbears | 2007-05-22 15:38 | 未白

二本の線路の一方を走る逆円錐形の物体は、白銀の世界へと駒を進めた。

緑色のこんもりとしたお茶碗を伏せたような山が、いくつも点在している平野が拡がっているのです。晴れ渡った空の青さは、海からの照り返しの色を映し出しているのに違いありません。そして白雲が速度を急速に増しながら、次から次へと頭上を通り過ぎ去って行くのです。二本の真新しい青光りする鋼鉄製の線路は、それらのなだらかな小山たちの頂上を通って、波打つような起伏を形成しながら、海へと向かって伸びているようです。その鉄道の線路のような軌道の上を、逆円錐形をした銀色の駒のような物体が回転しながら近づいて来るにつれて、その巨大さの全貌が明らかになって来るのです。その回転体は、その鋭利な先端部で線路の巾のちょうど中央部を削り取って、軌跡の左右の僅かなズレを後方に残しながら、前方にゆっくりと進んでいるのです。その物体に走り寄って詳しく観察してみると、それは超硬度のチタン製のネジクギを巨大にしたかのような物体であることが判明したのです。そして見上げて観ると、ネジの溝の部分が通路となって、螺旋を描きながら逆円錐形の天上面に向かって巻き上がって行っているのです。その光景は銀色に光り輝く竜巻のようでもあるのです。用心深いと自認している私は、しばらく熟考していたのですが、突然の稲妻のような衝動に促されて、その通路に飛び乗ることを決意したのです。そしてその決断こそが、私に想わぬ体験を強いることとなったのでした。飛び乗った瞬間に、その通路は歩行エスカレーターのように作動を始め、自動的に私を上方へと押し上げて行ったのです。そして前方に待ち受けていたのは、なんと口を大きく開けた竜の頭部であり、その牙からは粘着性のある半透明の唾液が滴り落ちているのです。竜はこの竜巻のような銀色の巨大な駒の通路を棲家にしていたのでした。私は自らを放り出すかのようにして、真紅の炎のような竜の舌に絡め捕られることを欲したのです。竜は数本に枝分かれした舌を上手に使いながら、ネバネバした唾液を線状にして私の身体に巻き付け、蚕の繭のようなカプセルの中に私を納めたのでした。最初は息苦しかったカプセル内に酸素が充満して来るように感じるようになったのは、私と背中合わせになったもう一つの生命体の存在を感じた時だったのです。彼女の体温は呼吸の回数が増えるにしたがって、次第に高まっているように想われました。恐らく、彼女は穏やかな闘争を好まぬ性格の持ち主であり、その植物のような犠牲的精神により、カプセル内は共生可能な地球的な環境に調整されつつあるのだと考えたのです。私の精神は肉体を離れ、限りなく透明な世界へと近づけると確信できたのもこの時でした。そうこうしている内に、カプセルは竜によって丁重にどこかに運ばれて行くのを感じました。逆円錐形の物体の天上面には十字の深い溝が掘られており、そこには大小さまざまなカプセルが規則正しく並べられていたのです。私たちのカプセルは99番のナンバープレートが付けられたものであり、このカプセルを最後に巨大な駒は線路を逸脱することになっていたようです。銀色の駒は竜巻となって、氷山の絶壁を飛び越え、海面が凍結した氷原へとスピードを上げて突入して行ったのです。氷を砕く凄まじい音とともに、巨大な駒は水面を割り、その自重ゆえに海面下へと水没して行ったのです。それとともに、数多くのカプセルたちは四方八方に飛散するかのように解放たれたのでした。氷の破片が浮かぶ海面を上方に見ながら、私たちを乗せたカプセルは、「クルックルッ」と軽やかに回転しながら、ワルツのテンポに合わせて未知なる世界へと向かったのでした。
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# by artbears | 2007-04-30 18:12 | 未白


ソフトマシーン・やわらかいきかいのひとりごとです
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