夢博士の独白



二本の線路の一方を走る逆円錐形の物体は、白銀の世界へと駒を進めた。

緑色のこんもりとしたお茶碗を伏せたような山が、いくつも点在している平野が拡がっているのです。晴れ渡った空の青さは、海からの照り返しの色を映し出しているのに違いありません。そして白雲が速度を急速に増しながら、次から次へと頭上を通り過ぎ去って行くのです。二本の真新しい青光りする鋼鉄製の線路は、それらのなだらかな小山たちの頂上を通って、波打つような起伏を形成しながら、海へと向かって伸びているようです。その鉄道の線路のような軌道の上を、逆円錐形をした銀色の駒のような物体が回転しながら近づいて来るにつれて、その巨大さの全貌が明らかになって来るのです。その回転体は、その鋭利な先端部で線路の巾のちょうど中央部を削り取って、軌跡の左右の僅かなズレを後方に残しながら、前方にゆっくりと進んでいるのです。その物体に走り寄って詳しく観察してみると、それは超硬度のチタン製のネジクギを巨大にしたかのような物体であることが判明したのです。そして見上げて観ると、ネジの溝の部分が通路となって、螺旋を描きながら逆円錐形の天上面に向かって巻き上がって行っているのです。その光景は銀色に光り輝く竜巻のようでもあるのです。用心深いと自認している私は、しばらく熟考していたのですが、突然の稲妻のような衝動に促されて、その通路に飛び乗ることを決意したのです。そしてその決断こそが、私に想わぬ体験を強いることとなったのでした。飛び乗った瞬間に、その通路は歩行エスカレーターのように作動を始め、自動的に私を上方へと押し上げて行ったのです。そして前方に待ち受けていたのは、なんと口を大きく開けた竜の頭部であり、その牙からは粘着性のある半透明の唾液が滴り落ちているのです。竜はこの竜巻のような銀色の巨大な駒の通路を棲家にしていたのでした。私は自らを放り出すかのようにして、真紅の炎のような竜の舌に絡め捕られることを欲したのです。竜は数本に枝分かれした舌を上手に使いながら、ネバネバした唾液を線状にして私の身体に巻き付け、蚕の繭のようなカプセルの中に私を納めたのでした。最初は息苦しかったカプセル内に酸素が充満して来るように感じるようになったのは、私と背中合わせになったもう一つの生命体の存在を感じた時だったのです。彼女の体温は呼吸の回数が増えるにしたがって、次第に高まっているように想われました。恐らく、彼女は穏やかな闘争を好まぬ性格の持ち主であり、その植物のような犠牲的精神により、カプセル内は共生可能な地球的な環境に調整されつつあるのだと考えたのです。私の精神は肉体を離れ、限りなく透明な世界へと近づけると確信できたのもこの時でした。そうこうしている内に、カプセルは竜によって丁重にどこかに運ばれて行くのを感じました。逆円錐形の物体の天上面には十字の深い溝が掘られており、そこには大小さまざまなカプセルが規則正しく並べられていたのです。私たちのカプセルは99番のナンバープレートが付けられたものであり、このカプセルを最後に巨大な駒は線路を逸脱することになっていたようです。銀色の駒は竜巻となって、氷山の絶壁を飛び越え、海面が凍結した氷原へとスピードを上げて突入して行ったのです。氷を砕く凄まじい音とともに、巨大な駒は水面を割り、その自重ゆえに海面下へと水没して行ったのです。それとともに、数多くのカプセルたちは四方八方に飛散するかのように解放たれたのでした。氷の破片が浮かぶ海面を上方に見ながら、私たちを乗せたカプセルは、「クルックルッ」と軽やかに回転しながら、ワルツのテンポに合わせて未知なる世界へと向かったのでした。
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# by artbears | 2007-04-30 18:12 | 未白

常夏の島に住むカメムシの視点と縁側から視える海への遠近法的解釈。

私は恐らく小さな、しかし蟻ほどは小さくない、もう少し大きなカメムシという分類に属する昆虫であったと想像するのです。その証拠に、私の手足はあの畳表の井草の織目よりも細く貧弱に見えるし、私が上目使いに上方を見上げると、決まってそこにはあの昆虫独特の二本の触覚が、私の意志に反して何かを探索するかのように、自由気ままに動いているのです。私は自分自身がこんなにもちっぽけな存在に想える感覚が、私の前世の記憶につながる既視感から来ているのではないだろうかと、何度も疑ってみるのです。しかし記憶をいくら遡ってみても、どこかであの無根拠性の壁に突き当たってしまい、私の意識は集中力を失い、散漫になってしまうのです。それにしても、こんなにも迅速に移動できるものとは、私にとっては意外なことであったことを告白しなければなりません。はっきり言って、それはほとんど感動的な出来事ですらあるのです。六本の足がどのような順番で動き、それぞれの足が何を欲しているのかは全く理解できないのですが、ともかくそれらは目の回るようなスピードで回転しているのです。恐らくそれは、私を超越した存在からの命令に従って、献身的かつ無報酬で作動するように書き込まれたプログラムから来ているものか、或いはこの身体に収まり切れないほどの巨大な内なる欲望から来ているものかの、どちらかであることは間違いないと考えるのです。つまり私の精神は、とんでもない空虚な抜け殻としての肉体の器に投げ込まれていたのでした。ところで、私の視線はつねに前方に約160度の広角で向けられているわけですが、その遥か向こうに、ぼんやりとした半透明のカーテンのような皮膜の向こうに、膝頭の可愛い、脚を崩した女性の姿が浮かび上がって来たのです。正確に言うと、誰かがそう知覚したと認識したのです。それは昆虫独特の複眼の原理から推測すると、デジタルに分解された光源を組み合わせることによる結論から来たものなのでしょう。もう一つの解釈は、ゴーギャンの描いた常夏の島・タヒチのあのプリミティブな女性の絵を視たという記憶があります。それほど、その女性の身にまとった鮮やかな原色からなる衣服は、視線と意識を目覚めさせるのに十分な役割を果していたのです。いずれにしろ、その艶かしい媚態にどのような反応を示すのかは、私と私の仮初の乗り物との欲望の在処を顕かにする重大なる瞬間のように想われたのです。ところが幸いなことに、視線は判断を留保したかのように移ろいさ迷い、大きく開いた障子戸とその先に在る縁側のさらに先に拡がる海の光景に、しだいに固定化されて行ったのでした。私の内部に、安堵の感情が満ち溢れたことは言うまでもありません。遠近法を駆使して海を視たいという抽象的な欲望が、本能的な実体を視たいという欲望に勝っていたことが明らかになったのです。そして海はと言うと、その穏やかな波の狭間に、沈み行く夕日の赤い粒子をキラキラと反射させ、その光が熱帯植物の分厚い葉を通過することにより、緑と白の混ざり合った粒子に変化しながら輝いているという、常夏の島に相応しい絵画的情景を繰り返し映し出しているのでした。私は我を忘れたこの状態が永遠に続くものでは決してないという惜別の感情が在るからこそ、その光景はかくも美しいので在ろうという仮説を想い出しながら、この感情をデジタルに保存できないものかと思い悩んだのでした。しかしこの甲冑のような外皮からなるカメムシの内部には、赤子の如き裸身の私の肉体以外のいかなる機器も収納できるスペースは無かったのでした。私に残された唯一の選択肢は、このピンホールのように空いた穴から、この狂おしいまでに美しくも悲しい光景を脳裏に念写せんがため、瞳を最大限に開くことだったのです。
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# by artbears | 2007-03-29 19:39 | 未白

濡れた絨毯の厚みと横たわる裸婦、或いは真っ赤な林檎の芯に空いた穴。

階段を三段飛ばしで駆け上がりながら、私の心臓は胸から飛び出して来るのではないかと、一瞬想ったりしたのです。そして階段の踊り場の右側には、友人からの伝言にあるように、四色に色分けされた木製の扉の四つの部屋が並んでいたのです。「どの部屋を選んでも、おまえの運命は変わらない」と書かれたマニュアルを読んでも、この不安げに不規則なビートを打つこととなった、私の小さな心臓に安らぎの呪文を与えることにはならなかったようです。そして一度目の意識が無の世界から帰還して来たころには、私は右から二番目の黄色い扉の真鋳のドアノブに手を掛けていたのです。扉を開けると、「ムッ」とした何かの腐臭のような臭いに顔が覆われ、私は再び、無の世界に引き戻される感覚を経験したのです。しかしその臭いはと言うと、春の訪れとともに土壌から湯気のように立ち昇る、あの生命の復活を宣言するかのような心地良い臭いだったとも言えるのです。そして部屋の中はと言うと、ほとんどガラクタの山と形容しても良い状態でした。まず目に飛び込んで来たモノは、描きかけの裸婦の姿の絵画でした。その周辺には、夥しい数の絵具のチューブや使い古された絵筆が散乱していたのです。その背後には、シャワーの水が土砂降りの雨のように降り注いでいて、その水のカーテンの向こうには、他ならぬモデルとしての裸婦が茫然自失としたかのような姿で、佇んでいるのでした。画家が不在なのか、或いは私自身が画家なのかを明らかにしなければと思っていた私は、傍らの絵画の中の裸婦が、「私を完成させて、さもなければ水を止めて」と言う言葉に救われた想いで、シャワーの蛇口を閉めたのです。水浸しとなった部屋の床には、真紅と濃紺のまだら模様の絨毯が敷き詰められていました。そしてその絨毯から解けた繊維が、水の層の厚みの部分に生息してきた水生植物のように揺れていたのです。私が入って来た扉を全て開け放つと、水はまるで意志を持った生き物のように、我先にと争うようにして、奔流となって逃げて行ったのでした。そして後に残った、このびしょ濡れとなった絨毯を乾かさなければと思い立った私は、ガラクタの山を掻き分けながら、前方の壁にある大窓を開け放ったのです。窓からは、今度は、風が一陣の旋風となって、我先にと競うようにして、部屋のあらゆる場所を占拠せんがために流れ込んで来たのです。その中の一束の風の渦巻きが、木製のがっしりとした食器棚に積重ねられた、丸い半透明のガラス皿と正方形の紺色の大皿の後ろ側に潜り込んだのでした。「ガタッガタッ」と食器棚は振動し、二枚の紺色の大皿は棚から落ちて二つに割れて、四枚のクローバーの葉のように床に広がったのです。窓から見える外界の世界に視線を向けると、そこには、緑色をした表面が艶やかな肉厚の葉と、それにはどう見てもアンバランスな真っ赤な色をした蝋細工のような林檎の実が観えるのでした。それらの林檎も、直接、天から糸で吊り下げられているかのような不自然なかたちで、通り過ぎた風の勢いを暗示するかのように揺れていたのです。聞き覚えのある声だと想って振り向いたのは、その直後でした。そこには四人の友人が腕組みをして、この混沌とした状況をいかにして収拾したら良いものかを相談していたのです。一人の男性は、中腰になって、真二つに割れた大皿を張り合わせることにしたようです。二人目の男性は、描きかけの裸婦の絵画を、それはそれは見事な腕前で、横たわる裸婦の姿として完成させました。三人目の女性は、椅子に腰掛けて、真っ赤な林檎の皮を剥いでくれました。そして四人目の女性はと言うと、真っ赤な林檎の芯を刳り貫き、それを目の前にかざして、空いた穴から窓の外の世界をしきりに眺めようとしていたのです。
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# by artbears | 2007-02-14 19:42 | 未白

美術館の地下には、美しい葉脈の地図の上に虎たちの足跡が残されていた。

フォークを落としてしまったことは、どうやらギャルソンには気付かれなかったようでした。ギャルソンは鋭い目つきで、全ての食事が何事も無く進行していることを、まるで誇り高き指揮者のような表情で見守っているのです。それに美術館に併設しているこのレストランの椅子は、どうも座りにくくて、その堅さが脊髄を経由して脳髄までに、赤と緑に交互に点滅するシグナルとなって送られてくるように設計されていたのです。その痛みは時々、ここがとても恐ろしい事件が起こる場所であることを告げ、その痛みは時々、ここがとても悲しい感情に溢れる場所であることを報せていたのです。私はテーブルの上に置いてある銀製のナイフの鋭利な刃先に、どうしようもなく魅了された素振りを見せながら、ギャルソンの定期的な監視の眼を盗んで、テーブルの下に在るはずのフォークに手を差し伸べたのでした。あなたの温かい手と触れ合ったのは、その時だったのです。安堵と安心の電流が私の指先から伝わり、私の恐怖と悲哀の感情で強張った心を、一瞬の内に血の通ったものにしてくれたのです。そしてテーブルクロスから覗く、あなたの穏やかな表情に見惚れながら、私は失われた銀製のフォークを探し求めることを強く心に決めたのでした。テーブルの下には、湿った土間に正方形の漆黒の穴が掘られており、階段の巾だけ小さくなったやはり正方形の暗闇が、美術館の地下に向かって降りているのです。私は両手を拡げて、階段の淵のところで体重を支えながら、ちょうど逆立ちをした曲芸師のような格好で、一段一々と飛び跳ねながら降りて行ったのです。最後のステップ台が私の体重を支えきれずに崩れるであろうことは、実は私には薄々判っていたことでもありました。しかしあなたの「恐れることは無い」というくちびるの動きが、私を勇敢な冒険者に変えてしまっていたのです。私の身体は黒い炭素の結晶で出来た階段の破片とともに、正に奈落の底を目指して墜落して行ったのでした。私の目に留まった最初の光景は、蓮の葉のような形をした濃い緑色の葉の表面に、水晶玉のような真球の水の塊があり、それらが音も無く零れ落ちながら、私の落下のスピードに合わせるようにして、私の犯した過去の罪悪をその内部に映し出していくというものでした。その背後には、健康的で逞しい太さをした黄緑色の植物の茎が何本も垂直に立っているのです。私が落下した場所は、最初に水晶玉のように見えた球体の上であり、幸いなことに、それは内部に羊水を湛えた透明な弾力のある卵だったのです。私の墜落をまるで合図にするかのようにして、いくつかの卵の殻が破れ、その中から黄色に黒の縦縞もみごとな虎たちが、一斉に躍り出て来たのでした。虎たちは隊列を組みながら、規則正しく、首を左右に振りながら、こちらに向かって歩いて来るのです。彼らの表情には、かつての見覚えのある人々の顔が忘却の彼方より現れては消え、そして懐かしさの感情を呼び覚ますという、記憶の発生装置が仕組まれていたようでした。やがて虎たちは三々五々と集まって来て、その尻尾でゆっくりとしたリズムを取りながら、私の発言を待つことを無言の内に要求したのでした。声を失った私は、大きく深呼吸をして、眼を閉じて、そして念ずるようにして、美術館のレストランのテーブルの上にあったはずのフォークのことを、そしてその在り処が記されているという伝説の美しい葉脈の地図のことを、脳裏の中に強く想い描こうとしたのです。
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# by artbears | 2007-01-29 20:46 | 未白

宇宙船の内部なのか、そして重要な会議はそこで開かれるというのだろうか。

薄暗い講堂のような板間の部屋には、黒くオイルの染み込んだ線路の枕木のような分厚い板が敷き詰められており、そのところどころに空いた穴からは、雲の流れていく光景が垣間見ることができました。さらに雲間から覗く地上の世界には、色とりどりのオモチャのような屋根が観えるのでした。オイルの臭いはと言うと、あの逞しい蒸気機関車のエンジン周りから滴り落ちるオイルのように、どこか懐かしく、労働の後の休息のひと時のような満足感を漂わせているのです。その廊下の右側には、階段教室に備えられている木製の固定式の椅子と机が並び、それらは段々と下方に降りていくかたちで、古ぼけた緞帳の下がった舞台と想われる空間へと繋がっているのでした。舞台には演台が置かれ、その上には白い指揮棒が一本と何本かの黒い蜂の巣のようなマイクロフォンが設置されていました。廊下の真っすぐ前方には、木で縁取りされた金色の扉の枠があり、その枠内には、金色とのコントラストが美しい、輝くような水色の麗しい絵肌の絵画のような空が広がっているのでした。その水色の画面を切り裂くように、黒い切り絵のような人影が生まれ、次から次へと「参加者」の入場が始まったのです。その切り絵は、先端の鋭い黄色い嘴により破られ、やがて獰猛で非情な猛禽類のような目が現れ、そして宇宙服に身を固めた二足歩行の胴体が現れて来るという順番で、その姿が明らかになっていったのです。彼らは次々に座席について、会場はガヤガヤとしたざわめきに包まれた雰囲気に変わっていきました。私は彼らに遅れを取ることのないように座席を確保したのですが、周りの連中のあの鳥小屋の糞尿の混ざったような臭いには、どうしたら良いものかと想い悩み、思わずヘルメットにセットされているはずの酸素パイプに手を伸ばしたのです。ところが無いのです。その時、時を同じくして「ガクン」と歯車のギヤが入るような音がするとともに、階段教室は一段前方に傾いたのでした。そして、舞台の下の板の隙間からは、水が勢いよく噴き出して来るのです。だんだんと前方の座席から水中に水没するさまは、それはパニックを引き起こすに十分なほどの光景であったことを証言します。私はすぐに、この講堂の構造上の仕組みを解明することに全精力を傾けることに決めました。私の考察は次のようなものです。それは円筒状の宇宙船であり、その内部に中心軸があり、その軸を中心にして三角柱の回転する階段教室が三部屋あるというものです。そしてそれらの部屋には空の世界、水の世界、地の世界があるはずなのです。私の考察から導き出される結論は、私は空の世界から水の世界へと移行する階段教室に居るという事実なのです。いったい私は何の会議に参加する運命にあるのだと、天を仰ぎ見て嘆いても何の解決にもなりません。私は行動を起こすべきなのです。ところが、周りの連中の顔ときたら、鳥のような顔から魚のような顔へといつのまにか変化しており、その平静を装った表情からは、悪巧みすら窺い知ることが容易なのです。一方、空に通じる扉からは、次々と鷲のような表情をした連中が、意味不明の笑みを残しながら飛び去って行くのです、。私は階段教室の最上部まで駆け上がり、はたして意を決して水中に潜り、地の世界に通じる抜け道を探すのか、それとも羽根の無い我が身を省みず、空に通じる扉から決死のダイビングを試みるのかを思案したのです。しかし悲しいかな、私は水にどうしようもない恐怖心を覚える性癖の持ち主だったのです。
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# by artbears | 2006-12-29 21:32 | 未白

聖なる鹿は落ち葉と薄氷を踏み、そして桜咲く春への階段を昇った。

赤や黄色、そして瑠璃色にベンガラ色、さまざまな色の落ち葉は踏み付けられることにより、夕焼け空に消えていく金管楽器の音色のような悲しい声を発するのです。それは、それぞれの落ち葉に残る葉緑素が、冬の到来に自らの余命を知り、太陽への最後の想いを託した歌声が、しみじみと心に響くものとなるからなのです。その動物が近づくにつれて聴こえる音楽は、パイプオルガンの通奏低音のような重厚な音と,時々アクセントとなるトランペットの煌びやかな高音から成り立っていました。その調べは、深い森の木々の合間を通り抜け、白い音符が波の波濤のように書き込まれた楽譜となり、一枚一々、ふわりふわりと雪のような静けさで、落ち葉の上に降りていくのでした。それらが積み重なったようすは、地面から少し浮き上がったところに位置した、人間の背丈ほどの白い雲の壁のように見えるのでした。その動物の頭部がその壁を破って現れたのは、それから暫くしてのことでした。その動物は鹿のような生き物でした。そしてその額には、中央に赤いルビーを嵌め込んだ銀色の十字架を飾っていたのです。そしてその目は、これ以上の純粋さは在り得ないほどに澄み渡ったものであり、生への執着すら潔く捨て去った無の境地を表わしていたのです。そのような鹿たちが、一頭また一頭と壁を通過して現れ出る光景は、神聖なる儀式のように、厳粛であり、神秘的であり、宗教的であるという表現が最も相応しいものでした。バイエルンの碧い森のなか、滾々と湧く泉を取り囲むようにして鹿たちは集まり、その周りを今度は白い雲の壁が円環を閉じるように囲んでいるのです。やがてその空間には、絶対的な静寂が訪れることとなり、鹿たちが泉の水を口にする音とその際にしたたり墜ちる水滴の音のみが、冷たく研ぎ澄まされた空間に響いているのでした。心を一つにした、穢れを知らない鹿たちの安息のひと時が生まれたのです。その時、鹿たちの耳はいっせいに何かに反応したようでした。恐らく全てを凍結して、粉々に粉砕させてしまう冬将軍の進軍の合図を感知したに違いありません。一瞬にして泉の水面には、氷が音を発てて張り巡らされていくのでした。リーダーと思しき牡鹿は、ゆっくりと慌てることなく、薄氷を踏みながら泉の中央まで歩み寄り、何かを強く念じるように、空中に足を揚げ、一歩を踏み出したのでした。するとそこには、「ピン」と張り詰めた緊張感から、一枚の氷の板が生まれるという奇跡が起こり、牡鹿が階段を踏み上がるたびに、その奇跡は繰返して起こったのでした。螺旋を描きながら天を目指して昇っていく階段には、牡鹿を先頭にした鹿たちの群れのシルエットが、それを追いかけるように映し出されていくのです。そして、牡鹿が天上に在るもう一つの水面に達したに違いないと想われたのは、光の塊が氷の階段を跳ねるようにして、輝きながら転がり墜ちて来るのを目撃したからでした。水面を透かして観える向こう側の景色は、愛らしい桜の花をつけた小枝が、風に吹かれて揺れているのでした。それは、生命の復活する春の世界が広がっていることを予感させるものでした。そして、あのトランペットの音色も微かに聴こえて来るのでした。
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# by artbears | 2006-11-18 12:05 | 未白

黒い立て髪の黒馬は、その黒い瞳の中に白い立て髪の白馬を視つめていた。

黒い大きな瞳には、透明の涙が溢れんばかりに満ちていたのです。その少し粘り気のある涙は、黒光りする真珠のような球体の表面をなぞるようにして、瞳の奥から湧き上がって来ているのです。その光景は、まるで暗黒の世界から、黒い風船が浮上して来ているようにも観えるのです。その時です。突然、黒馬はその黒い立て髪を振り乱して走ることを決意したのでした。黒い艶やかな髪は、私の目の前で踊り狂うかのように広がり、その一本一々が意志を持った生き物のように、強風に煽られながら蠢いているのです。それらの黒い髪の乱舞の背後には、黒い瞳のだんだんと巨大化する在りさまを観ることができ、それが別世界への入り口であるかのように魅惑的に見えてくるのでした。望遠鏡のレンズを逆に覗き込むようにして視てみると、瞳の奥の奥には、なんと白い立て髪の白馬の不安げな姿が、蜃気楼のように揺れているのです。私はその黒い瞳の角膜を破るようにして、両手を前方に突き出した海老のような格好を採りながら、瞳の内部に侵入することを決意したのです。遥か彼方に視える白馬の白い立て髪を、両目から手繰り寄せるように引き込み、黒いゼリー状の物質と絡ませながら、両耳から排出するという作業を、どれほどの間続けたことでしょうか。そしてやっとの想いで、白馬の豊かな臀部のうねりが手に届く距離に達したと感じた瞬間、私は険しい岩肌に空いた洞窟から飛び出し、真っ逆さまに海辺の波打ち際へと落下する自分に気付いたのでした。眼下には白い砂丘が視野に入り、次にその砂の一粒一々までが視えようとした時、私の両足は逞しい黒馬のそれに変わっていたのでした。私はこの脚を八の字に踏ん張るようにして大きく広げ、砂浜に着地することに成功したのです。海辺には右にカーブを描くように湾曲した絶壁が高く聳え立ち、半円となった砂浜と青空を背景にして垂直に立ち上がる絶壁との境界線が、どこか幾何学的な冷たい世界を象徴しているように想えたのです。白馬はと言うと、誘惑の表情なのか、それとも恐怖を抑えたそれなのかを曖昧にしたまま、海に向かって走り続けて行くのでした。そして私が海辺まで追い詰めたと想った時、白馬の背中からは天使のような美しい白い羽が急速に成長し、「バサッ」と大きく羽ばたくことにより、青空に力強く舞い上がったのでした。私には羽が無い。そして私は海中に突入して、その四脚を虚しく回転し続けていたのでした。すると前方の薄暗がりの中からは、悪魔の心を持つことが明らかな三匹の鮫が、身をくねらしながら泳いでくるのでした。私は想わず海中から天を仰ぎ見て、海面近くまで降下している白馬に、全てを犠牲にすることも厭わないと誓ったのです。それは白馬が、今は黒馬である私のもう一つの可能性であり、そしてもう一つの過去でも在ることを感じるようになっていたからなのでした。
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# by artbears | 2006-10-30 18:46 | 未白

私は白い雪、そして白鯨とともに遠くの波打ち際の響きを懐かしむ。

私は白いビロードを拡げたような雪山の小高い丘に積もっている雪でした。朝日がいつものようにキラキラと光の粒子を輝かせ、小さな雪の妖精たちが上昇気流に乗って天空に舞い上がろうとしているころ、私は決まって私の白いビロードの衣服に残された黒い足跡について想い悩むのでした。その足跡は、ある時には剛毛を逆立てた熊のそれのように傲慢であり、またある時には敏捷で抜け目の無い山猫のそれのように狡猾であるのです。そしてその足跡が古い木製の階段の軋む足音へと変化し、一歩また一歩と近づく恐ろしい気配となって私を支配し、最後には鋭利な刃物の刃先となって私の心の扉に突き立てられようとする瞬間、私の全身の皮膚細胞からは悲鳴の涙が堰を切ったように流れ落ちるのです。私は囚われの身であり、この足跡の束縛から解き放たれない限り、私の心は閉ざされたままであることを知っていたのです。しかしそんな時にあっても、天空には暖かく慈愛に満ちた陽光が渦巻きながら光を放っており、小さな雪の妖精たちと戯れるように遊ぶ白い手袋のような羽を持った鳥たちの存在があることを忘れることはありませんでした。その陽光の暖かさを充分に宿した純白の手袋のような羽で、この私の衣服に描かれた黒い文様を、そしていまや私の裸身にまで達そうとしている足跡の黒い心を、救い取ってくれはしないかと何度願ったことでしょう。そんな私の願いは想わぬかたちで叶うこととなりました。それは、私が陽光自体を全身に浴びることを決意し、その一筋一々の光が私の身体のあらゆる細胞をいたわり愛しむものであることを知り、私の「パックリ」と開いた心の傷口をつぎつぎに癒してくれることを感じ取ったからこそなのです。陽光の愛を一身に引き受けることによって、私の体温は上昇を続け、やがてそれは感涙となって私自身を溶かすこととなったのです。私は涙そのものとなり、流れる水となり、そして逃亡への水路へと流れ込んだのです。やがて私の関心は、私を苦しめ続けたあの足音が遠ざかる響きとなり、その響きと交代するかのように聞こえてくる小川のせせらぎに向かったことは言うまでもありません。なぜならば、そのせせらぎの音とは、私自身の歓喜の気持ちが自然の秩序のなかで変奏されている調べとなっていることに違いなかったからです。そのささやかな変奏曲は、やがてオーケストラの奏でる大いなる交響曲の響きとなり、私が大海に辿り着いたことを告げるのでした。大海には白い鯨が悠々と泳いでおり、時たま吹き上げる潮吹きの光景は、まるで雪山に吹き荒れる吹雪のように厳かであり、自然に対する畏怖の感情を抱かせるものでした。この雄大でありながら、繊細な心の持ち主である白い鯨と寄り添うようにして泳ぐことにした私は、その足跡の痕跡がどこにも見当たらない白い巨大な体に耳を押し当てて、遠くに響く懐かしい波打ち際への想いを募らせたのです。その打ち寄せては引いていく自然の摂理である波動に、私は永遠の心の安らぎを感じ、ゆっくりと心臓の心拍をそれに同調させることにしたのです。
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# by artbears | 2006-09-02 20:21 | 未白

垂直に立つ黄金色のシロナガス鯨とその体内に湧くエメラルド色の泉について。

それは、神々の君臨を象徴するかのように、明るく澄み渡った水色の空を背景にしながら起こったことでした。黄金色に輝くシロナガス鯨の巨体が、口先を上方にして、まるで天を指差すかのように垂直に立った格好で、ゆっくりとしかも着実に降下して行くのです。この超現実的な光景に魅了された私たちは、心を一つにして、そこに飛び移ることを願ったのでした。私たちの感覚が蘇ったのは、鯨の「さえずり」と呼ばれる柔らかい舌の上でのことでした。それから、その口元の白い半透明の髭のような物質が身体に絡みつくのを避け、それを掻き分け掻き分け喉元と想われる場所にやっとの想いで辿り着いた私たちは、大きく深呼吸をしながらお互いの安堵の表情を確認し合ったのです。私たちは休む暇もなく、鯨の食道に沿って旋回しながら下がってゆくロープだけを頼りにして、無重力に近い空間を、しっかりと手を握り締めて降りて行くことにしたのです。そこには、蒼い血管を誇らしげにその透明の皮肉を通して浮き上がらせている烏賊やワルツのテンポに合わせて踊るような優美さで泳ぐ水母などが生息していたのです。私たちは、彼らといっしょになって、下へ下へと押し流されて行く漸動運動に身を任せることにしたのです。ところどころに観察される鯨の内壁は朱色に染まった寒天状の皮膜から出来ており、その内奥からは潮が渦に向かって急速に流れを速めている光景が暗示されているのです。奇妙な例えようのない不安と危うさを報せるような匂いが、甘い甘い海の神秘を讃えるような芳香に変化したのに気づいたのは、私たちが三つの白い空洞からなる鯨の胃と想われる空間に辿り着いた時のことでした。その内の真ん中に位置する洞には、どこまでも透き通ったエメラルド色の体液をたたえた泉が湧いていたのです。水底から揺らぎながら浮き上がってくる歓喜の表情とその歌声にしばらく見惚れていた私たちは、意を決して、その喜びと美声の持ち主を探さんがために、波一つ起たない水面めがけて飛び込んだのでした。水面に到達するまでに、再び襲われた無重力の感覚を経験しながら、私たちはその歓喜の表情が小魚の銀色に光る群れから成っていることに気づくだけの冷静さを失うことはありませんでした。水面は蓮の花びらが閉じるように、私たちを包み込みながら水中に導くのです。体液からなる泉の素成が身体の皮膜を通して侵入してくることに対する躊躇いと、いやむしろそれを受け入れることによる変化を心待ちにする気持ちが合い半ばしながら、私たちはゆっくりと水面を反対方向から見上げる体勢を取ったのです。すると、水底に向かう幾本もの光の束の収束する辺りには、空っぽになった木製のボートの船底が、主の帰りを待ちわびるかのように揺れ動いているのです。歓喜の表情を操る歌声の主と想われる存在が、水底の暗がりから急速に浮上する気配を感じた私たちは、数多くの気泡と無数の小魚たちの祝福に見守られながら、ボートの縁へと手を伸ばしたのです。黄金色に輝くシロナガス鯨の上昇への反転を感じたのは、ほとんど同じ時であったと記憶するのです。
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# by artbears | 2006-08-19 19:56 | 未白


ソフトマシーン・やわらかいきかいのひとりごとです
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