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夢博士の独白



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記憶の教会又は庭園、鎮魂の鐘と厳かに奏でられる音楽の響、孤独に耐えて咲く黒い花

目覚まし時計がどこか遠くで鳴っているように聴こえたのです。それは、はるか彼方で鳴っている「教会」の鐘のようにも聞こえました。私の「意識」は、この非日常的な「生」に留まることを欲していたのです。殺伐としたモノクロームの「世界」が拡がりました。木枯らしが容赦なく吹き付けていました。分厚いビロードのカーテンのような重く灰色をした「霧」が晴れるに従って、丘陵に立った「老人」は、静かに語り掛けて来たのです。黒い渡り鳥の「影」が、何本かの動いている「腕」のようになって、粘土質からなる「土手」を這い上がりました。その「影」は「老人」の足元で消えて、彼方に見える「教会」が指差されたのです。長い年月をかけて「教会」は完成したことが、そして、あの「鐘」が奇跡のように鳴り響くに至った「歴史」が語られ、私の「記憶」の扉も開かれていったのです。そう、私の「夢」の中では今だに、逃げ惑う異教徒の「白衣」は、暗闇に乱舞する「蛍」の弱々しい光のように幻想的かつ扇情的であり続けたのです。白馬に跨る領主の「横顔」には、権力構造の崩壊の恐るべき「光景」が既に写し出されていたのです。多くの見知らぬ役者の印象的な「形相」が浮んでは消えていきます。「映像」は永遠不変の「情報」として、人々の記憶の「教会」に存在しているに違いありません。しかし、その「情報」は時として、脈略もなく結び付き溶け合って、新しい「経験」が創造されるものなのです。鎮魂の「鐘」が優しく厳かに響きました。「運命」の荒波に翻弄され、傷付き辱められた者達が、「記憶」の奥底から次々と姿を現し、鐘の「音色」は、彼等の無念の「精神」を癒していったのです。彼等の「苦悩」は「音楽」となって浄化され、私の記憶の「教会」に響き渡ったのです。私の「教会」? それはいったい何処に存在するというのだろうか? という「意識」が「夢」の中で生れました。そして、その「意識」は、あの残虐極まりない「匈奴」の襲来に脅える人々といっしょになって、「教会」に逃げ込もうとする「私」を視付けたのです。私達の「教会」の扉は固く閉ざされました。そこは、守るべき「精神」の最後の「砦」でもあったのです。私達には、一台の古ぼけたパイプオルガンがありました。片腕を失った「司祭」が礼拝を執り行うことになりました。片足を失った「奏者」がオルガンの前に座り、私達は帽子を脱いで深々と頭を垂れたのです。重厚な「音楽」が、対位法的フーガ形式をとって奏でられました。先ず「主題」が演奏され、それが反復されることにより問い直され、「楽曲」は追い立てられるようにして変容を遂げていったのです。この「楽曲」は全ての音楽がそうであるように、時間の流れを取り込むことで成立していました。そして、この生き物のように流れる「時間」の中で、私達は「音楽」と一体となって、非日常的な「生」を分かち合うことができたのです。私達は一つの「集団」となって、この「時間」の流れの中に「個」を放棄したのです。しかし、「音楽」は、それは「人生」と同じように、いつかは終わる「運命」にあります。そして、私達は、この「音楽」を聴かないこともできるし、この「時間」を断ち切ることもできるのです。その「自由」は常に存在するのですが、その「自由」を対象として認識することがないだけでした。私は「不安」を覚えることなく、安らかな「睡眠」に戻ることを選択していたのです。しばらくすると、目覚まし時計がどこか近くで鳴っているように聴こえたのです。それは、まさに耳元で鳴っている「工場」のベルのようにも聞こえました。私の「意識」は、この日常的な「生」に戻ることを強いられたのです。しかし、この「命令」に従うかどうかを決定するのは、他ならぬ私以外の何者でもないことにも気付いたのです。なぜならば、私は目覚まし時計を掛けない、或いは無視するという可能性に開かれていたからです。何とも言えない複雑な「感情」が湧き起こって来ました。それは、日常的道徳を無に帰する「不安」でもあったからです。しかし、この「不安」の自覚こそが、「集団」に埋没して「世界」に拘束されて生きる「私」に、実は、その行為は私自身が「自由」に選択したものであることを気付かせてくれたのです。私は外的な「命令」がなくとも、私の内的な「意志」で起きることを選択していたのです。私はいつものように障子戸を開き、「外光」を室内に招き入れました。私は縁側に佇み、ガラス戸越しに「外界」を観察しました。そして、私の記憶の「庭園」に咲く紅い花を探したのです。「個」を取り戻した「私」には、それが、孤独に耐えて力強く咲く黒い花に視えるように想われたのです。
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by artbears | 2013-10-31 19:54 | 哲学


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