夢博士の独白



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女郎蜘蛛の撃った弾丸の痕跡と後部座席に隠された拳銃、ビルから落下した裸体の指紋

コンクリート製の箱が積み重ねられただけで出来上がったビルは、正にジャッドの「明確な物体(スペシフィック・オブジェクト)」の集合体と呼ぶに相応しい、極限の「純粋性」が視覚化されていたのです。夜空に起立して、明確にされているのは単なる「物質」ではなく、それに意味を与えるところの「精神」の在り様だったのです。その視え方は、私たちの精神を純白の紙(タブラ・ラーサ)に還元し、裏切り者(ユダ)の甘言に耳を傾けない勇気を与えてくれるものでした。その在り方は、確かに「曖昧さへの愛」を断固拒絶するものであり、両義的で在ることの心地良さを徹底排除することを強いる、厳格さに満ちたものでした。私は、私のなかで忘れ去られつつある、この「父性」の感覚を、このビルを仰ぎ見ることにより、取り戻すことを儀式として習慣化していたのです。その日の雨は、何時もになく冷たく悲しいものでした。一つ一つの箱の内部には、何時ものように電灯が灯されていて、それらの微かな明暗の差異が、それぞれの家庭における情愛の温度差であるとの解釈も、長い間に自分に言い聞かせて来たものでした。私たちはと言うと、あのホッパーの絵画に描かれた何処かの小都市の深夜営業のレストランで、真夜中の無言の食事の最中だったのです。カウンターに頬杖をついて、アンニュイでメランコリックな気分に浸っていた私たちの背後には、分厚いアクリル樹脂で作られた、まるで水族館の水槽のような「壁」が存在していました。その透明の物体には、数発の弾痕が、まるで女郎蜘蛛の張った蜘蛛の巣のような、偶然と必然とが精緻に編み上げられたネットのような模様となって、残されていたのです。つまり、私たちは、気が付くと、若さという熱病や疾風の季節を通り過ぎて、誘惑の「弾丸」の飛び交う戦場を掻い潜り、この静かで穏やかな安心と安住の「場所」に辿り着いて居たのです。しかし、かつてのあの灼熱の太陽は舞台裏に姿を消し去り、暗闇の侵食は一本の心温まる蝋燭の灯火の揺らぎの領域まで迫っていたのでした。このレストラン(特別な空間)と、あのビル(明確な物体)との中間には、片道4車線の道路が敷かれていました。道路にできた水溜りには、点滅する信号の赤や緑の光が映し出され、それらが雨の雫に打たれて、まるで蠢くアメーバのように、一回性の偶然の「美」を競って演じていたのです。その揺れ動く色彩と形態の綾模様に魅入っていた私は、突然、意識が消失して行く寸前のところで姿を現して来る、遠い遠い過去の記憶のなかの自分に出会ったのでした。あの時、サルトルは、自らを「投企せよ」と言ったのです。また、「人間は自らつくるところのもの以外の何ものでもない」と、私の精神に跳躍を求め、私の感情を扇情的に煽ったのです。サルトルの「言葉」は、あのビルの絶壁から、後先考えずに、自らを「投身せよ」と、それこそが、時代と共振的に自らをつくる「手段」であると、私のなかで反唱されたのでした。しかし、結局のところは、臆病で争い事を避ける性格の私は、飛ぶことができずに、往来の激しい道路を片目をつぶって渡り切って居たのでした。私にとって、答えは常に二つあり、主体的に選択できることと、その結果の他者への責任が取れることとは、別の問題であり続けたのです。「運命」は裏切り者(ユダ)にも微笑むのです。そうした私が、我に帰ることができたのは、あなたの「凄いねぇ~」と言う感嘆の声が耳に飛び込んで来たからでした。その声に反応した私が、透明の「壁」を通して外界を視ると、あのビルの頂上付近から、次々と大勢の人々が裸体となって、踊りながら空中を歩き始めていたのです。彼らは、自分たちの行為に絶対的な自信を持っているようで、それは「投企」ではなく、彼らの呼ぶところの「パフォーマンス」と言うもののようでした。その楽天的で享楽的な彼らの資質に、私たちは侮蔑と羨望の眼差しを交し合ったのです。その時、数発の銃声が響き渡ったのです。レストランのカウンターの内側にあったガラスのショーケースは壊されて、疑惑の政治家の雇われボディーガードの立ち去る姿は、既に開け放たれたドアの向こう側に在りました。落下する裸体は、瞬間的に静止した無重力の状態で、明らかにエクスタシーの表情を浮かべていたのです。一刻も速く、この場を後にすべきなのです。ところが、私たちが跳び乗った車の後部座席には、一丁の拳銃が置かれていました。疑惑を恐れた私が、何を考えたのか、裸体の指紋を取ろうとしたのを制止したのは、他ならぬあなただったのです。
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by artbears | 2009-04-28 20:34 | 芸術


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