夢博士の独白



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黒い肌は白い肌と重なり、老成した少年は悪魔のように全てを理解していたのだろうか

赤いフォードのリンドバーグの颯爽と疾走する姿は、当時においては、殊更このような田舎町においては、異次元のアメリカ文明の輝きと香りを放つものであったに違いありません。未だに舗装のされていない道路には、至る所に「水溜り」が点在し、無数の赤茶けたボルトやナットが散らばっていたのです。湾曲して流れる川に沿って造られた道路は、やはり、くねくねとしたS字カーブの連続で、曲り角には、決まって敬礼する警察官が、もうもうとした土埃のなかで、直立不動の姿勢で立っていたのでした。私が飛行場に到着した時には、祖父を乗せた銀色のYS-11は、どことなく頼りなさそうに機首を少し上げた状態で、着陸体勢に入っていたのです。そして、ところどころに「稲妻」のような亀裂が走っている飛行場の滑走路には、最近ではお目にかからなくなった「ぺんぺん草」が、人類の創った文明を嘲るように野卑な力強さで繁茂していたのです。飛行機は音も無く着地して、開かれた扉からは誰も降りてくる気配が無く、タラップを吹き抜ける一陣の土埃を巻き込んだ疾風は、祖父を喪失した私の「心」のなかにも、渦巻きながら吹き込んで来たのでした。以来、他者である祖父の存在は、私のなかに「自我の城」を築く協力者として、意識されることになったのです。さもなければ、シャイな性格であった私は、自己中心的に築いた「自我の城」に籠城し、ヤスパースの言う「自我の破滅」を経験したに違い無かったのです。質素なフレームに収まった白黒写真の祖父の遺影は、時々、ポジとネガが逆転するかのような錯覚を引き起こすことがあり、私はその度に、この中途半端な黄色の肌が、いっそのこと、あの美しい黒人の肌のようになってはくれないものかと想ったりしたのです。そんな時、私は同時に、祖父のあの老人特有の干乾びた、しかし赤銅色に日焼けした漁師の年季の入った肌に、憧れたりもしたのです。初めは皺だらけの老人であった74歳の祖父が、私が年齢を重ねるに従って、相対的に若返っていることに気付いたのは、私がいつものように祖父の遺影に見入り、その眼光の奥に分け入ろうとした時のことでした。人格的に完成された祖父と、シジェクの言う「欺瞞」に満ちた私の内面(精神)との「距離」は、一向に縮まることは無かったのですが、生命体としての私の外面(肉体)との「距離」は、確実に縮まっていたのです。私は、私が祖父の亡くなった年齢を越えた時点から始まるであろう「自我の城」の崩壊の有様を、精神と肉体が球体として一体化し、山頂から坂道を転がり落ちる光景として、戦慄の想いで幻視したのです。さまざまな祖父の人格を象徴するストーリー(神話)は、坂道の両側に回転木馬の煌びやかな光輪となって、現れては消えて行ったのでした。冷たい感触の石段の側には銭湯があり、汗水流して「勤勉」に働く彼の傍らには、必ず、ドイツ語で書かれた化学原書が置かれていたはずです。満州の原野を走る蒸気機関車のボイラー技術士の仕事は過酷ではありましたが、燃え盛る炎は彼の「情熱」そのものであり、くべられる石炭は彼の「夢」の実現への燃料となったことでしょう。未明の暗がりのなかで、一本一本拾い集めた古釘こそが、彼の経営者としての「信用」の土台を築くのに必要だったのです。見事に咲き誇った梅園を愛でる彼の視線には、この国が長い年月を経ながら育んで来た集団としての価値観の「意味」するところが見えていたに違いありません。最後に、瀬戸内の穏やかな波間に揺られて、対岸へと向う機帆船の船上での彼の横顔には、自らのロマンを可視化するためにはリアリストに徹するという強い「意志」を窺い知ることが出来ました。やがて機帆船はエンジンを停止し、すーっと暗闇のなかに吸い込まれ、開かれた視界の先には、西欧文明の殿堂とも呼べる絵画空間が現れて来たのです。セザンヌの「水浴」の青みを帯びた白い肌に固唾を呑んで魅入った私は、かつての私の願望の対象であった黒い肌を、その豊穣の象徴である白い肌に重ね合わせ、「信頼」に足る他者との出会いを確認したのです。その時のことでした。脳裏に浮ぶ祖父の面影が、だんだんと遠ざかって行くに従って、それは、老成した少年のそれのように、見えて来たのです。ゲーテはファウストのなかで、「悪魔は年寄りだ」と語らせ、老人の成熟した知恵と少年の未熟な知識を対比しました。しかし、私のなかの祖父は、成熟した少年として、悪魔と対峙する永遠の存在となったのです。転がり落ちる私には、もはや恐れることは無いのです。
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by artbears | 2009-02-23 18:26 | 自白


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