夢博士の独白



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猫目の車掌と手繰り寄せられた受話器、湖に浮ぶ海賊船は空に浮ぶゴンドラの影なのか

プラットホームで電車の入線を待っていた私たちの目の前に出現したのは、いわゆる金緑石と呼ばれる黄緑色の猫目石とは異なり、もっと蜂蜜に黄金を混ぜ合わせたような深い味わいのあるブラウンの地色に、白いはっきりとした瞳孔の輪郭が浮び上がっている眼球の持ち主だったのです。彼が車掌であることは、右手に持った「カチカチ」と音のする改札鋏で察しが付いたのですが、左手に持った「パチパチ」と火花を散らしている物体に目を奪われたことが、この旅行のそもそもの始まりだったのです。その物体は、黒い塩化ビニール製の絶縁皮膜を施したケーブルで、内部の導体がショートを起こしているために、まるで切断された蜥蜴の尻尾のようにのた打ち回っていたのです。車掌が感電死したのでは電車に乗れないと判断した私が、手繰り寄せたケーブルの先には、黒い旧式の電話機があり、アナログ式の呼び鈴は既に鳴っていたのです。慌てて受話器を取ると、映像の破片が大量のデジタルな記憶の粒子となって流れ出し、それらはやがて、ぼんやりとした焦点の定まらない像を結び始めたのです。目を凝らして視てみると、雨の「しとしと」降る湖面には、日本の原風景には似つかわしくない「海賊船」が、ゆっくりと進んでいるかのように視えたのでした。湖畔に寄添って立っていた私たちの差す傘は、ちょうどあのベーコンの絵画に在るように巨大で重々しく、背後に建つホテルのベランダからの金髪の女性の視線を遮るには十分な大きさだったのです。黒い傘を中心にして、左右に紅い船と金色の毛髪が並ぶ構図(関係性)は、やはりあのベーコンのトリプティックな絵画の構造が暴き出す遣り方で、これらの三つの要素が思い付きによる組み合わせではなく、運命的で本能的な部分で手が強く結ばれているように想われたのです。つまり、私たちは現実的な視線に曝されながらも、現実を超えた世界の存在を強く意識していたのでした。すると今度は、湖面に静かに垂れ下げられた深く濃い霧の緞帳が開かれるにつれて、紅く視えたはずの「海賊船」は、山頂と山頂とを結ぶケーブルにぶら下がった「ゴンドラ」の影のようにも視えて来たのでした。その時突然、私の記憶に最初のスイッチバックが起ったのです。隣の席に座るカップルは、その流暢な英語の発音からして、中国系の米国人に違いありませんでした。また対面に陣取る三人の若い女性達も、形態人類学的には東アジア系モンゴロイドに分類され、言語・文化(ソフト)においてのみ、辛うじて差異が認められる韓国人だったのです。私たちは、この紅い「ゴンドラ」に偶然に同乗し、この「霧の中の不安」をともに体験するという、奇跡的な「縁」で結ばれたのでした。そして、この七人のメンバーの過去を全てデータ化して、その各人の選択の一つを変えたシミュレーションの結果からは、この「現実」は決して立ち現れては来なかったことを想ったのでした。霧中に閉じ込められた私の思考が出口を見出すには、「ゴンドラ」が雲を突き抜けて青空に出ることを待たなければなりませんでした。「ゴンドラ」の眼下には、今だに火山が活動していることを証明する、白い噴煙が硫黄の刺激臭を伴って立ち昇っていたのです。そして、やはり白い噴煙を上げる蒸気機関車が、噴火口を避けるように「くねくね」と敷かれた軌道上を走っているかのように視えたのでした。その時突然、私の記憶に二回目のスイッチバックが起ったのです。トンネルの天上には、あの黒光りする皮膜で覆われたケーブルが一本通っていたのです。その様子は、蛇の胴内の背骨に沿って走る、太古から連綿と繋がる遺伝子の回線のようにも視えたのです。そして所々に点灯する蛍光灯は青白い光を放ち、やがてそれらの寿命は尽きる運命を物語っていたのです。現実の世界において永遠のトンネルが存在しないように、幸いなことに蒸気機関車はトンネルを抜け、樹々の生い茂る光の溢れる世界に出ることができました。しかし、残念なことに紫陽花の盛りの季節は過ぎていたようで、「装飾花」と呼ばれる花弁は枯れて焦げ茶色に変色し、所々に黄緑色の萼を残すだけとなっていました。その時突然、私の記憶に三回目のスイッチバックが起ったのです。あの猫目の車掌の焦げ茶色と黄緑色の眼球が、記憶の深層から急速に浮び上がって来たのでした。
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by artbears | 2008-10-30 20:33 | 共白


ソフトマシーン・やわらかいきかいのひとりごとです
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