夢博士の独白



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蒼き月は海面から昇り出て、時計回りに円弧を描きながら十六夜の月で停止した。

扉を押して開けようとすると、それを阻止するかのような力が風圧となって、部屋の内部から巻き上がるように吹いてくるのです。にもかかわらず、私が押し入った部屋の中には、茫洋とした消し炭で描かれた水墨画のような薄暗い世界が広がっていたのでした。部屋の奥には海辺があるようで、「ひたひた」と波の打寄せる音だけが聴こえていたのです。私の眼がその暗がりに慣れてくる頃合いに合わせるかのように、前方の海面からは、輪郭の曖昧な、そして凍てついたかのように青白く光る蒼白の月が、水滴をしたたり落としながら昇って行くのです。その光景はまるで月の光が水滴という物質と化しているかのようであり、私たちの忘れかけた太古の感覚を揺さぶり起こすに十分なほどの幽玄な姿だったのです。月たちは下弦の月から順番に、ちょうど扇を広げるように半円を描きながら、十六個の月が並んだところで止まったのです。なるほど、十六夜の月は真円が僅かに欠けた完全性を失ってしまったところに風情があるのだと感じ入ったのも、その時でした。そして、 これらの青白く光る月たちの静かな吐息こそが、あの渦巻きとなって、私の入室を拒んだ風圧であったのだと納得できたのでした。その十六個の月たちで構成された未完成のアーチと月光が白く反射する鏡面のような海との間には、四等分に分割された画面から構成されたスクリーンが「ふわり」と浮いていたのです。その画面を厳格に区切った中央の部分は、真っ白い十字架が禁欲的な佇まいで静止し、その強力な磁力が故に浮力が保たれているかのように、私には神々しく視えたのでした。あまりの美しさに圧倒され、視線を釘付けにされていた私が、木製のずっしりとした机と黒い革張りの重厚な椅子に気付いたのは、机の上に置かれたマウスの赤く点滅する眼光のような光があったからなのです。私は、その主人を待ち侘びたかのように存在する黒い安息の椅子に深々と腰を落とすことにしたのです。そして、おもむろにマウスを取り上げ、マウスパットの上で数回転がしてクリックすると、静寂の空間に電子音が走ったのでした。四つの画面を別々に開いて、映像を画面上に映し出すことも、このマウスでコントロールすることができたのです。ダブルクリックを繰返すたびに、映像はファイルから弾け出るようにして私の視線を襲い、強烈な刺激を与えながら次々に消えて行くのです。まるでその様子は、眼球の裏にびっしりと張り巡らされた神経のサーキットを疾走するフォーミュラカーのそれのように、スピード感があり、残像として辛うじて認められるのがやっとのものだったのです。落ち着きを取り戻した私は、再び右上の画面を開いてみたのですが、オープンになった映像がクローズされた後にも、私の脳裏には確かに赤いフォーミュラカーの後輪の回転と、揺れるテールランプの橙色の光の筋が記憶として残っていたのです。そして左上の画面においても、繁華街のネオンのまがまがしさと、そこを飛び交う蝙蝠のレーザービームのような赤い眼光の痕跡が生々しく残っており、それらはやはり記憶のファイルに保管されたのでした。つまり私は、この二つの映像から、同じような色彩と形態の傾向を、そしてその「映像」と「記憶」の共存したバーチャルな空間を縦横に行き来する「線描」の自由さを認識することができたのです。ところが、左下の画面に映し出された三つ目の映像の中における、若々しいエリザベス女王のブロンドの髪とその儀礼的な微笑み、そして真紅の制服を着た衛兵の非日常的な姿との関係に及んでは、私には感覚的な脈略さえも見出すことはできなかったのでした。別の言い方をするならば、二つの映像を同時に視ることはできても、三つの映像の関係性を瞬時に思考する能力は、私には備わっていないことが判明したのです。そして四つ目の映像はというと、真っ白い象の死体がゆっくりと回転しながら、赤い夕陽が沈む河口に向かって流れて行くというものでした。私はもはや、映像を視ている私(意識)とは私なのか、ここに流れている映像はバーチャルな現実なのか、それともリアルな過去の記憶が再生されているものなのかの区別ができないカオスに在ることを認識したのです。と同時に、私が侵入した禁断の扉のこちら側の世界は、「映像」と「記憶」の連続性が認められる限りにおいてリアルである、もう一つの現実の世界であることを知ったのです。
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by artbears | 2007-07-21 18:42 | 未白


ソフトマシーン・やわらかいきかいのひとりごとです
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