夢博士の独白



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天空の大円を走るという黒い犬は、はたしてキャンパスの暗がりに潜んでいたのだろうか。

天の頂点を通過するという天空上の大円が、私の頭上に存在すると感じるようになったのは、はたしていつのことであったのだろうかと、私は大きな楠木の二股に分かれた幹の上に寝そべりながら想ったのでした。そしてその大円の軌道に沿って、あの黒い犬たちが競い合うようにして疾走して行く姿が、何度も何度も私の脳裏に浮かんでは消えて行ったことも、そんなに遠い昔のことではなかったと追憶するのです。なにしろ地球と天上の中間に位置する天空にある軌道を走るわけですから、途方も無い距離であることだけは確かなことです。その証拠に、黒い犬たちは口から赤い舌をだらしなく垂れ流して、「ハアッ、ハアッ」と苦しそうな表情を見せながら、私の頭上を通過する際には、哀れみを請うが如くの眼差しを残して走り去って行ったものです。天空の大円を何周かするうちに、自ずと黒い犬たちの間には、体力の差に応じての順位が確定していくのは至極当然のことであったようです。そのために脱落して行くものたちの中には、潔く大円から地上を目がけて投身するものもいると聞くのです。そしていつも最後に残るのは、そう君、歴戦の勇士「ブラック・ヌード」だったわけです。黒々とした太く硬い剛毛を逆立てながら、天にまで届かんがばかりに繁茂した楠木の梢に降り立った君は、木漏れ日たちの凱旋への祝福を受けながら、ゆっくりと枝木をつたいながら降りてくるのでした。そして私の膝の上に拡げた見開きの本のおきまりのページの中に、とぼとぼと頭をうなだれながら、まるで戦うことに生きがいと虚しさを同時に懐く戦士のような風情で入って行くのでした。もちろんその時までには、剛毛は穏やかにして艶やかな漆黒の海のような静けさに戻っているのでした。「ブラック・ヌード」の出現にある種の規則性があることに気付いた私は、そのことを確認するために、巨大な楠木の根元の洞に隠し置くことにしたあの本を封印することに決めたのです。それは、君のあれほどまでに疲労困憊した姿への同情の気持ちからであったことも確かだったのです。以来、君の存在は、あの秘密の本の在処とともに、私の記憶から消え去ってしまっていたのでした。そうした忘却の彼方に置き去りにされたはずの「ブラック・ヌード」の疾走を再び目撃したのは、古ぼけた倉庫を改装したギャラリーに掛けられた一枚の絵の中に於いてでありました。モノトーンを基調にしたその絵は、規則正しく並べられたフランスパンのような固体化した雲が前面に描かれ、その背後には満天の星空を映し出した真っ黒な海が波打っているのです。そして視る角度を変えることにより、雲には表の面と絵の内部に陥没した裏の部分があることが判ったのでした。その月の裏側のような暗がりこそが、君が息を潜めて、その疲弊した精神を治癒していた安息の場所に違いなかったのです。そして、私がもう一度その絵を正面から視ようとした時に、今度は石のように固体化が進行した雲の背後に一瞬走った影こそが、あの「ブラック・ヌード」の老いた姿だったのです。その影法師は、ある時は走るように速やかに、そしてある時は泳ぐように揺らぎながら、懸命に生き永らえようとする君の姿を、感動的に物語っていたのでした。大勢の人々がギャラリーに入場してくるのと入れ替わるようにして、私は一心の想いで、あの楠木の大木を目指して走り出していたのでした。それは、あの「ブラック・ヌード」が人々の目に曝されることを、全力で阻止しなければいけないと考えたからなのです。私の顔面の一寸先には黒く冷たい雨が容赦なく降り注ぎ、そして振り返ると、そこには何事も無かったかのような人々の日常が粛々と営まれているといった光景が、どれほどの長きに亘って続いたことでしょうか。そして、私が朦朧とした意識の中で、やっとの想いで手に触れたこの奇妙な物体こそが、あの楠木の大木の根であったことを、偶然の出来事と片付けて良かったのでしょうか。私は思案に暮れながらも、あの懐かしの楠木の根元の洞に手探りで辿り着いたのでした。そこには、大雨のために水がいっぱいに溢れており、そこに漂うあの秘密の本のあのページには、はっきりと黒い海に浮かぶ雲のデッサンが描かれていたのでした。
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by artbears | 2007-05-22 15:38 | 未白


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