夢博士の独白



<   2007年 03月 ( 1 )   > この月の画像一覧


常夏の島に住むカメムシの視点と縁側から視える海への遠近法的解釈。

私は恐らく小さな、しかし蟻ほどは小さくない、もう少し大きなカメムシという分類に属する昆虫であったと想像するのです。その証拠に、私の手足はあの畳表の井草の織目よりも細く貧弱に見えるし、私が上目使いに上方を見上げると、決まってそこにはあの昆虫独特の二本の触覚が、私の意志に反して何かを探索するかのように、自由気ままに動いているのです。私は自分自身がこんなにもちっぽけな存在に想える感覚が、私の前世の記憶につながる既視感から来ているのではないだろうかと、何度も疑ってみるのです。しかし記憶をいくら遡ってみても、どこかであの無根拠性の壁に突き当たってしまい、私の意識は集中力を失い、散漫になってしまうのです。それにしても、こんなにも迅速に移動できるものとは、私にとっては意外なことであったことを告白しなければなりません。はっきり言って、それはほとんど感動的な出来事ですらあるのです。六本の足がどのような順番で動き、それぞれの足が何を欲しているのかは全く理解できないのですが、ともかくそれらは目の回るようなスピードで回転しているのです。恐らくそれは、私を超越した存在からの命令に従って、献身的かつ無報酬で作動するように書き込まれたプログラムから来ているものか、或いはこの身体に収まり切れないほどの巨大な内なる欲望から来ているものかの、どちらかであることは間違いないと考えるのです。つまり私の精神は、とんでもない空虚な抜け殻としての肉体の器に投げ込まれていたのでした。ところで、私の視線はつねに前方に約160度の広角で向けられているわけですが、その遥か向こうに、ぼんやりとした半透明のカーテンのような皮膜の向こうに、膝頭の可愛い、脚を崩した女性の姿が浮かび上がって来たのです。正確に言うと、誰かがそう知覚したと認識したのです。それは昆虫独特の複眼の原理から推測すると、デジタルに分解された光源を組み合わせることによる結論から来たものなのでしょう。もう一つの解釈は、ゴーギャンの描いた常夏の島・タヒチのあのプリミティブな女性の絵を視たという記憶があります。それほど、その女性の身にまとった鮮やかな原色からなる衣服は、視線と意識を目覚めさせるのに十分な役割を果していたのです。いずれにしろ、その艶かしい媚態にどのような反応を示すのかは、私と私の仮初の乗り物との欲望の在処を顕かにする重大なる瞬間のように想われたのです。ところが幸いなことに、視線は判断を留保したかのように移ろいさ迷い、大きく開いた障子戸とその先に在る縁側のさらに先に拡がる海の光景に、しだいに固定化されて行ったのでした。私の内部に、安堵の感情が満ち溢れたことは言うまでもありません。遠近法を駆使して海を視たいという抽象的な欲望が、本能的な実体を視たいという欲望に勝っていたことが明らかになったのです。そして海はと言うと、その穏やかな波の狭間に、沈み行く夕日の赤い粒子をキラキラと反射させ、その光が熱帯植物の分厚い葉を通過することにより、緑と白の混ざり合った粒子に変化しながら輝いているという、常夏の島に相応しい絵画的情景を繰り返し映し出しているのでした。私は我を忘れたこの状態が永遠に続くものでは決してないという惜別の感情が在るからこそ、その光景はかくも美しいので在ろうという仮説を想い出しながら、この感情をデジタルに保存できないものかと思い悩んだのでした。しかしこの甲冑のような外皮からなるカメムシの内部には、赤子の如き裸身の私の肉体以外のいかなる機器も収納できるスペースは無かったのでした。私に残された唯一の選択肢は、このピンホールのように空いた穴から、この狂おしいまでに美しくも悲しい光景を脳裏に念写せんがため、瞳を最大限に開くことだったのです。
d0078609_1042912.jpg

[PR]
by artbears | 2007-03-29 19:39 | 未白


ソフトマシーン・やわらかいきかいのひとりごとです
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
検索
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧