夢博士の独白



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濡れた絨毯の厚みと横たわる裸婦、或いは真っ赤な林檎の芯に空いた穴。

階段を三段飛ばしで駆け上がりながら、私の心臓は胸から飛び出して来るのではないかと、一瞬想ったりしたのです。そして階段の踊り場の右側には、友人からの伝言にあるように、四色に色分けされた木製の扉の四つの部屋が並んでいたのです。「どの部屋を選んでも、おまえの運命は変わらない」と書かれたマニュアルを読んでも、この不安げに不規則なビートを打つこととなった、私の小さな心臓に安らぎの呪文を与えることにはならなかったようです。そして一度目の意識が無の世界から帰還して来たころには、私は右から二番目の黄色い扉の真鋳のドアノブに手を掛けていたのです。扉を開けると、「ムッ」とした何かの腐臭のような臭いに顔が覆われ、私は再び、無の世界に引き戻される感覚を経験したのです。しかしその臭いはと言うと、春の訪れとともに土壌から湯気のように立ち昇る、あの生命の復活を宣言するかのような心地良い臭いだったとも言えるのです。そして部屋の中はと言うと、ほとんどガラクタの山と形容しても良い状態でした。まず目に飛び込んで来たモノは、描きかけの裸婦の姿の絵画でした。その周辺には、夥しい数の絵具のチューブや使い古された絵筆が散乱していたのです。その背後には、シャワーの水が土砂降りの雨のように降り注いでいて、その水のカーテンの向こうには、他ならぬモデルとしての裸婦が茫然自失としたかのような姿で、佇んでいるのでした。画家が不在なのか、或いは私自身が画家なのかを明らかにしなければと思っていた私は、傍らの絵画の中の裸婦が、「私を完成させて、さもなければ水を止めて」と言う言葉に救われた想いで、シャワーの蛇口を閉めたのです。水浸しとなった部屋の床には、真紅と濃紺のまだら模様の絨毯が敷き詰められていました。そしてその絨毯から解けた繊維が、水の層の厚みの部分に生息してきた水生植物のように揺れていたのです。私が入って来た扉を全て開け放つと、水はまるで意志を持った生き物のように、我先にと争うようにして、奔流となって逃げて行ったのでした。そして後に残った、このびしょ濡れとなった絨毯を乾かさなければと思い立った私は、ガラクタの山を掻き分けながら、前方の壁にある大窓を開け放ったのです。窓からは、今度は、風が一陣の旋風となって、我先にと競うようにして、部屋のあらゆる場所を占拠せんがために流れ込んで来たのです。その中の一束の風の渦巻きが、木製のがっしりとした食器棚に積重ねられた、丸い半透明のガラス皿と正方形の紺色の大皿の後ろ側に潜り込んだのでした。「ガタッガタッ」と食器棚は振動し、二枚の紺色の大皿は棚から落ちて二つに割れて、四枚のクローバーの葉のように床に広がったのです。窓から見える外界の世界に視線を向けると、そこには、緑色をした表面が艶やかな肉厚の葉と、それにはどう見てもアンバランスな真っ赤な色をした蝋細工のような林檎の実が観えるのでした。それらの林檎も、直接、天から糸で吊り下げられているかのような不自然なかたちで、通り過ぎた風の勢いを暗示するかのように揺れていたのです。聞き覚えのある声だと想って振り向いたのは、その直後でした。そこには四人の友人が腕組みをして、この混沌とした状況をいかにして収拾したら良いものかを相談していたのです。一人の男性は、中腰になって、真二つに割れた大皿を張り合わせることにしたようです。二人目の男性は、描きかけの裸婦の絵画を、それはそれは見事な腕前で、横たわる裸婦の姿として完成させました。三人目の女性は、椅子に腰掛けて、真っ赤な林檎の皮を剥いでくれました。そして四人目の女性はと言うと、真っ赤な林檎の芯を刳り貫き、それを目の前にかざして、空いた穴から窓の外の世界をしきりに眺めようとしていたのです。
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by artbears | 2007-02-14 19:42 | 未白


ソフトマシーン・やわらかいきかいのひとりごとです
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