夢博士の独白



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聖なる鹿は落ち葉と薄氷を踏み、そして桜咲く春への階段を昇った。

赤や黄色、そして瑠璃色にベンガラ色、さまざまな色の落ち葉は踏み付けられることにより、夕焼け空に消えていく金管楽器の音色のような悲しい声を発するのです。それは、それぞれの落ち葉に残る葉緑素が、冬の到来に自らの余命を知り、太陽への最後の想いを託した歌声が、しみじみと心に響くものとなるからなのです。その動物が近づくにつれて聴こえる音楽は、パイプオルガンの通奏低音のような重厚な音と,時々アクセントとなるトランペットの煌びやかな高音から成り立っていました。その調べは、深い森の木々の合間を通り抜け、白い音符が波の波濤のように書き込まれた楽譜となり、一枚一々、ふわりふわりと雪のような静けさで、落ち葉の上に降りていくのでした。それらが積み重なったようすは、地面から少し浮き上がったところに位置した、人間の背丈ほどの白い雲の壁のように見えるのでした。その動物の頭部がその壁を破って現れたのは、それから暫くしてのことでした。その動物は鹿のような生き物でした。そしてその額には、中央に赤いルビーを嵌め込んだ銀色の十字架を飾っていたのです。そしてその目は、これ以上の純粋さは在り得ないほどに澄み渡ったものであり、生への執着すら潔く捨て去った無の境地を表わしていたのです。そのような鹿たちが、一頭また一頭と壁を通過して現れ出る光景は、神聖なる儀式のように、厳粛であり、神秘的であり、宗教的であるという表現が最も相応しいものでした。バイエルンの碧い森のなか、滾々と湧く泉を取り囲むようにして鹿たちは集まり、その周りを今度は白い雲の壁が円環を閉じるように囲んでいるのです。やがてその空間には、絶対的な静寂が訪れることとなり、鹿たちが泉の水を口にする音とその際にしたたり墜ちる水滴の音のみが、冷たく研ぎ澄まされた空間に響いているのでした。心を一つにした、穢れを知らない鹿たちの安息のひと時が生まれたのです。その時、鹿たちの耳はいっせいに何かに反応したようでした。恐らく全てを凍結して、粉々に粉砕させてしまう冬将軍の進軍の合図を感知したに違いありません。一瞬にして泉の水面には、氷が音を発てて張り巡らされていくのでした。リーダーと思しき牡鹿は、ゆっくりと慌てることなく、薄氷を踏みながら泉の中央まで歩み寄り、何かを強く念じるように、空中に足を揚げ、一歩を踏み出したのでした。するとそこには、「ピン」と張り詰めた緊張感から、一枚の氷の板が生まれるという奇跡が起こり、牡鹿が階段を踏み上がるたびに、その奇跡は繰返して起こったのでした。螺旋を描きながら天を目指して昇っていく階段には、牡鹿を先頭にした鹿たちの群れのシルエットが、それを追いかけるように映し出されていくのです。そして、牡鹿が天上に在るもう一つの水面に達したに違いないと想われたのは、光の塊が氷の階段を跳ねるようにして、輝きながら転がり墜ちて来るのを目撃したからでした。水面を透かして観える向こう側の景色は、愛らしい桜の花をつけた小枝が、風に吹かれて揺れているのでした。それは、生命の復活する春の世界が広がっていることを予感させるものでした。そして、あのトランペットの音色も微かに聴こえて来るのでした。
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by artbears | 2006-11-18 12:05 | 未白


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