夢博士の独白



カテゴリ:映像( 4 )


絶海の孤島又は夢海の浮島、過去への懺悔と未来への贖罪、奇跡と入力された数字の謎

彼等が、もう一つの集団である「The Others」を常に意識していたのは間違いなかったのです。それが架空の「存在」であったとしても、「神」が不在となった相対的な「世界」では、彼等が生きて行くのには「他の者」を必要としていたのです。そのことは、この絶海の孤島での「社会」の始まりでもありました。その証拠として、美しい「砂浜」には、すでに無数の文明の「足跡」が残されていたのです。「太陽」は明るく無邪気に、そして無慈悲に激しく、透き通るように輝いていました。それは、まるでグラスに注がれた白ワインのように豊潤な「芳香」を周囲に撒き散らしていたのです。そして規則正しく打ち寄せる「波濤」は、「海面」から浮かび上がった「白雲」のように見えて、その隙間に見え隠れする「陰影」を波打ち際に置き去りにする。しかし、それは一瞬の出来事であり、黒っぽい「残像」は消え、「砂浜」はいっそう白っぽく見えるのでした。私達は無心の安らぎの時間を、海底に沈む「鏡台」のように光を放つ「画面」が、自らの物語を夢紡ぐ時間を、いつも心待ちにしていたのです。そして、この気の遠くなるような永遠の繰り返しの自然を「舞台」として、その「事件」は突然の白日夢のように開始し、綿密に構成されたシナリオに従って展開し、私の真夜中の「夢海」に浮ぶ「孤島」へと変身を遂げたのです。この「孤島」から抜け出すことは容易なことではない。スローモーションで飛行機の胴体が真っ二つに割れる「光景」が、何度も巻き戻されては繰り返されて映る。それは何故か、あの9.11の衝撃の「映像」を彷彿とさせる。反復される「映像」と明らかにされる「過去」が、「未来」に向かっての謎めいたストーリーを織り成して行く。遠くで光っている機体の「残骸」は、潮の引いた「砂浜」に起立した「断崖」のように突き刺さっている。それは何故か、過去に観たアメリカンムービーの「記憶」を呼び戻した。身篭った一人の「金髪」の女は、どこか頼りなさそうな様子のミュージシャンの傍らに立って、その「光景」を眺めていた。それは何故か、未来に聴くブリティシュサウンドの「予感」を呼び寄せた。乱暴で荒くれ立った気質の「金髪」の男は、肩をすくめて「拳銃」を持ち、その背景には、ほとんど純粋な「青色」の空が拡がり、水平線のところがほんのりと「薔薇色」に染まり始めていた。そう言えば、腹部を3発撃たれた「死体」からは、「真紅」の鮮血が噴き出していた。次の瞬間、彼女は立ち上がって満面の「微笑」を浮かべたに違いない。「緑色」のジャングルには、踏み荒らされた「獣道」が縦横に走り、大木から吊り下がったプロペラ機は、まるで遊園地の遊具のように塗装の剥げかかった「黄色」だった。全てがフェイクであり、全てがリアルでもある。骸骨と十字架、マリア像とヘロイン、金貨と聖書、これらの溢れる「色彩」と暗喩を秘めた「記号」が、膨大な「映像」の情報量として、私の「脳内」のキャパシティーを超えて流出を始めたのです。「映像」には、なによりも運動量とスピード感がある。それらは、私の「意識」の流れを断ち、私の「記憶」を解体して、私の内面での「意味」の形成を阻むのです。それらは、私の内面を空っぽにして、私は私の内面のホワイトノイズを見詰めていたのです。一瞬の「睡魔」が通り過ぎました。忘我となったことを知って、狼狽した私は、それらの失われようとする「ロスト」を慌てて掻き集めました。すると、「脳内」に取り残された「記憶」のほとんどが、登場人物の過去に犯した罪悪への「懺悔」に関わることに気付いたのです。私は、それらを視ることで、それらを間接的に「経験」したのです。そして、表層には直接的に現れない罪悪への「意識」は、私の内面に眠る「The Others」を呼び覚ませて、「原罪」の意味形成へのネットワークと繋がったのです。それは、あの波打ち際の「残像」のように、無意識の「大海」に呑み込まれては消えて往くものでした。恐らく、このバーチャル・アイランドでの悔い改めた行いにより、ある者は何かを会得して救われ、ある者は未来での「贖罪」を用意されるのでしょう。それは、キリスト教的であると同時に、どこか仏教的な「輪廻」の世界観に通じる「構造」なのかもしれません。そして、「奇跡」は起こるべくして起きたのです。ある者は不治の「病気」が消えて無くなり、ある者は諦めていた「生命」を授かることが出来ました。しかし、これらの「奇跡」は、我々が宇宙の孤島である「地球」に存在するという「奇跡」を超えるものであろうか。入力される「数字」は何でも良い、何かを信じて続けるという「行為」が「奇跡」を生んでいるのです。
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by artbears | 2013-04-29 15:45 | 映像

輝かしい小さな苦悩、雪の世界と音の世界の恐怖、存在を超える何か又は越えるべき壁

窓から観える「雪景色」は、遠くから眺めている限りは善良であるとしても、身近に接するものとなった途端に、その「野獣」のような牙を剥き出しにすることは、先刻承知のはずだったのです。そして、その情け容赦のない「証人」のように深々と降り積もる「雪」は、決してシンシンと「音」を発てることなく、極めて用意周到に進軍する「軍隊」のようにも視えたのです。私は、この無防備な「都市」に攻め込もうとする「雪」に、恐怖の感情を懐きました。なぜならば、遥か遠い「雪山」の頂から、あの不気味な野性の「植物」のように「都市」の崩壊を窺い、今度こそは力ずくで、完膚無き「制圧」を企んでいないとは、決して言い切ることが出来なかったからなのです。「雪」は坂道を覆い隠し、車両を引き摺り下ろし、人々の足を折りました。そして、あの虚勢され、飼いならされた無害な「植物」を蔑み、自らの身の「潔白」を証明しようとしていたのです。私は、「都市」の黒い巨大な「穴」に隠れていなければならない。そこには、黒い俊敏な「水」がひとりでに動いていて、時折吹き抜ける白い乱暴な「風」は、水面とスレスレのところで、この都市の「澱」のように漂う「霧」を追いやろうとしていたのです。「雪」が激しく降って、白い巨大な植物の「葉」が幾重にも敷かれていくようにも視えたのです。私は、この「部屋」から決して脱獄を試みてはならないと、強く心に誓いました。すると、その「決意」の雪解けを促すようにして、私の「内部」に流れ込んだのが、あの白痴のようなサクソフォンの乾いた甲高い「声」だったのです。「部屋」は既に「音」に占拠されていました。ニューヨークの「青空」は一瞬にして燃え上がり、摩天楼は黄色い巨大な「炎」の草原に変じたのです。薄暗い屋根裏部屋は全て強火で焼かれる。消し炭のような眉毛を持ったユダヤ人は、MASADAの「記憶」から逃れようと嘆き、ハアハアと喘ぎ、額から頬へと流れ落ちる「汗」は沸騰したのです。輝かしい小さな「苦悩」が、それは遥か遠くの想像の世界の出来事なのですが、それが、私の「内部」にイメージの「牢獄」を創ったのです。それは、「物」として存在しない、余計なものはいっさい保持しない、ただの空気の「振動」に過ぎないのですが、私を観念のプリズンに閉じ込めたのです。しかし、このプリズンとは、ある一定の「時間」が経てば、その「施錠」が解かれる約束事が交わされていました。やがて、熱く狭い「鉄檻」は内側から開かれたのです。緊張の「牢獄」から釈放された私が、次に選んだのは、ピアノソナタ第29番の第3楽章でした。「光」がCDの中心に向かって、まるで「死」に向かって滑り落ちていく「過程」において、胸かきむしる哀しく美しい「旋律」は、その背後にある「苦悩」を浮き彫りにしていったのです。それは、遠い「過去」の出来事でありながら、まさに「現在」に甦ろうとしている「苦悩」であり、その「永遠性」は繰り返して再現されるものでした。その硬質で乾燥した「純粋性」に触れた私は、私がだんだんと曖昧な「存在」であるように感じたのです。事実、この数日間で、一度は減量を果した私の「肉体」には、再びブヨブヨした「脂肪」が付着して、その剥き出しの「存在」である私が、とても醜悪な「物」に感じられたのです。それに比べて、この「旋律」の何と高貴で優美で軽やかで在ることか、その鍵盤から弾け出される「音」の背後には、重い「肉体」の軋みはなく、この世の「存在」を超えた「精神」の世界に通じる何かが在ると感じたのです。しかし、あの世との「境界」には、越えるべき巨大な「壁」が立ち塞がっていることは間違いありません。私は、この「存在」の曖昧さに耐えられなくなったのです。そして、「聴覚」の世界から「視覚」の世界への脱走を思い付いた私は、情報源をCDからDVDに切り換えたのです。なぜならば、「映像」は、より直接に私の「内部」に流れ込み、あの観念のプリズンに閉じ込められる「恐怖」から自由にしてくれるからです。シーズンⅡの第6巻では、10人の脱獄者の内の2人が、越えるべき「壁」の内側で自由を断念するという「運命」を受け入れたのです。しかし、物理的な「壁」を越えた8人には、行く手を阻む社会的な「壁」が次々と現れて来ました。「自由」は蜃気楼のように先に現れ、「死」が可能性として後に残されたのです。私は目を固く閉じました。すると、私の「内部」から、あるイメージが亡霊のように立ち上がって来たのです。それは、木の葉が舞い、吹き荒れる「寒風」の中、ニーチェの馬の「存在」に耐える姿でした。もちろん周りには、超えるべき「壁」も「柵」すらも無かったのです。
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by artbears | 2013-01-26 11:51 | 映像

アルファベットの秘密、二羽の白鳥を照らしたライト、黒鳥への突然の変心のシナリオ

この南海に位置すると想われる「孤島」に飛行機が不時着したところから、今夜の「夢」が始まったことは、まさに不幸中の幸いと言ってよかったのです。なぜならば、飛行機は、それが空飛ぶ「鉄塊」であったという何の証明も出来ない程に「原型」を留めてはいなかったし、何よりの証明として、燃え尽きた純白の灰のようになった私の「白髪」が、その凄絶な恐怖の「過程」を物語っていたからなのです。しかし私は、それが私の「脳外」から侵入した架空の「情報」を基にして創作された「記憶」である可能性を疑ってみる冷静さも失ってはいませんでした。いや、むしろ、それが身に降り掛かる火の粉のような熱い「現実」を予感させるものではなく、それは身に降り注ぐ白い雪のような軽い「娯楽」を情報源にしたものであることを望んでいたのです。重要人物と思われる三人の座席は機体の外部に投げ出されていて、私の左前方には「N」と「I」と書かれた座席が二つ、私の右後方には「A」と書かれた座席が一つ無惨な姿で転がっていたのです。そして残念なことに、I氏とA氏は既にこと絶えていました。ところが、「N」と書かれた座席の安全ベルトだけが外されていて、点々と滴り落ちる「血液」の跡は、「彼女」の生存と逃亡の事実を証明する十分な「証拠」となっていたのです。私は突然、就寝前に渡されたシナリオにある私の「使命」を思い出して、鬱蒼としたジャングルの中、「彼女」を追跡することを自然に「選択」していたのです。暫くして、パタパタという「音」に気付き、見上げると、ドクロマークを機体に画いたヘリコプターが「空中」に静止して視えました。その宙ぶらりんの一時停止の「映像」を視て、何とも言えない「不安」に襲われた私は、今度は追跡される「立場」を不自然に「選択」してしまったのです。私は逃亡する「彼」となって、ジャングルの中に紛れ込んだのです。一瞬の「意識」の動揺を見抜いたヘリコプターは、急旋回をして、私が「何者」であるかを確認することなく、反射的に反応して機銃掃射を開始しました。その爬虫類的とも言える即時性と攻撃性によって、私の「精神」は被弾して、バラバラに砕け散ってしまったのです。私は現代のジャングル、つまり「ネット社会」に迷い込んでしまったのです。私は慌てて、私の精神の「断片」を拾い集めたのですが、それらを再統合して組み立てる「人格」までもが失われていることに気付きました。私には、取り敢えずの「使命」として、「N」と呼ばれる「彼女」を追跡する「彼」の役を演ずるしかなかったのです。しかし、マルチリンガルであり、ダブルエージェントでもある「彼女」は、このジャングルで水を得た「人魚」のように振る舞い、私の「追跡」が徒労に終わることは火を見るよりも明らかでした。「彼女」は、この忘恩負義と背信棄義が横行する「ネット社会」に君臨する「女王」となったのです。そして「彼」である私は、追い駆けながら逃げるしかない「難民」となったのです。私の「頭上」では、誹謗中傷と毀誉褒貶の言葉の「弾丸」が飛び交い続けました。何とか、この「ネット」のジャングルから抜け出すことが出来た私は、今度は「都会」のジャングルを背景にして、歳月の積み重ねだけが表すことの出来る重厚な「石垣」で築かれた「水濠」に出くわしたのです。その「水濠」は暗緑色の水面で蔽われていて、そのことは、その水面下においても、もう一つの「闇」が存在することを暗示していました。つまり、水面を境界として、上下に二層構造の「闇」が拡がっていたのです。この古典的な風情の漂う水面を「舞台」として、二羽の純白の「白鳥」が、まるで優雅さと気品、それに卑猥さと陰影を兼ね備えたバレリーナのような妖麗な「水舞」を披露したのです。そして、二台のライトは、あたかも彼女達の悠然とした泳ぎを照らし出すスポットライトとなって、煌々とした「光源」を深々とした「暗闇」に向かって照射したのです。「闇」は「光」によって初めて、その「正体」を暴かれようとしていました。純白の「白鳥」の影は、その水面を境界として真反対に投影され、漆黒の「黒鳥」として写し出されたのです。「彼女」の突然の黒鳥への「変心」は、予めシナリオに書かれたことでありました。しかし、NINA、この残虐極まりない「悪女」の性格に取り憑かれた私は、それがエンターテイメントであることを知りながらも、そのデフォルメされた「人格」に、人間の「本心」を透かして視たのです。私の「意識」は再び墜落した飛行機の「座席」に戻りました。そして、そこに「C」の文字を見付けた私には、「音楽」の純粋無垢なる「音色」が聴こえて来たのです。
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by artbears | 2012-08-29 19:58 | 映像

17個の電球と7個の蝉の脱殻、DVDの重量と閉じ込められた質量としての24時間

下りのエスカレーターの「左側」に立つ人を視て、ここが「大阪」でないことに「意識」が集中してしまった私は、その代償として、乗り継ぎの地下鉄の「終電」に飛び乗ることが出来なかった、との言い訳を思い付いてメールを送ったのです。それは、乗り遅れた電車がトンネルの「暗闇」に呑み込まれるように姿を消して行くまでの、ほんの1~2分の出来事だったはずなのです。ところが、電光掲示板には未だに「終電」の時刻が表示されたままで、その「時間」は、私のiPhoneの送信履歴に残る「時間」を未だに過ぎていなかったのです。「混乱」を抱え込んでしまった私は、私が「夢」の中で在ることを知りながらも、思わず、両手で「頭」を鷲掴みにしてシェイクしたのです。すると、「頭」の中では「時間」の順列の組み換えが行なわれ、コロンという「音」とともに最初に転がり落ちて来た「物体」は、1個のクマゼミの幼虫の「脱殻」だったのです。それは、「終電」に間に合わなかった私が、小雨が大降りにならないことを願いながら小走りで「定宿」に辿り着き、何気なく見た「桜」の幹にしがみ付いていたクマゼミの「脱殻」に違いなかったのです。確か、あれは午前1時の出来事でした。「記憶」の再生は巻き戻しが成されて、黒く染め上がったクマゼミの「躯体」はしだいに白っぽく変化して、最後には金色の「微毛」が初々しく輝き始め、透き通った「翅」は誕生の奇跡のような「瞬間」に打ち震えていたのです。再び「頭」はシェイクされ、次に転がり落ちて来た「物体」は、1個のクマゼミの成虫の「亡骸」だったのです。確か、あれは午前8時の出来事でした。高原行きのバスの「始発」に乗り遅れまいとしていた私は、思わず、バスの乗降ステップの手前に落ちていたクマゼミの「亡骸」を踏み潰しそうになったのです。その「瞬間」、その「亡骸」には必ず一対の「脱殻」が存在し、「時間」の一方向への不可逆的な流れは、その「痕跡」としての「生命」の絶え間ない誕生と死滅の「反復」を、まるでミニマルミュージックのように奏でていることを想ったのです。そこでは、「個体」としての巻き戻しや早送りは許されず、「全体」としての再生だけが繰り返されていることが視えたのです。その「瞬間」、クマゼミの残された「時間」に対する悲鳴のような大合唱が、私の「耳」に大洪水となって流れ込んで来たのです。それらの「映像」や「音響」は、どうやら私の「記憶」の領域に一時的に保管されていたように思われました。そして、2時から7時までの空白の5時間の行方を探し求めようとした私は、「記憶」の領域からもっと深くもっと暗い、「心」の領域を覗き込まなければならなかったのです。心の「暗闇」から辛うじて視えて来たのは、5個のクマゼミの連結した「脱殻」だったのです。5個の「脱殻」は各々が繋がっていて、等間隔で切り開かれた躯体の「割目」が痛々しいのです。その空っぽの「脱殻」は、空白と表現するよりは、「虚無」の支配する暗黒の「時間」のように思われました。私は、この失われた5時間の、私に与えられた24時間における「意味」を考えながら、ぼんやりとレストランの軒に吊り下げられた「照明」を眺めていたのです。確か、あれは午後23時の出来事でした。「照明」は合計で17個の「電球」から構成されていて、それらは、「死」の暗闇の圧倒的な侵食から「生」の領域を守るかのように光り輝いていたのです。それらが、私の昨日の17時間に照応したものと気付いた私は、その中にあって最も光り輝く「電球」に視入ることになりました。確か、あれは午後1時の出来事でした。「24」の続編がどうしても観たくなった私は、タクシーに飛び乗って「定宿」を後にして、行きには、衰弱した大型犬を抱えて途方に暮れる友人を見過ごし、帰りには、喘息を患った老婆に救いの手を差し伸べることもなく、一目散にDVDをセットしたのです。何と薄情なるかなと我が身を省みながらも、何と言っても「上質」のエンターテイメントは、この深刻なる「現実」から目を背けて気を晴らすには最適であることは間違いなかったのです。それにしても、24時間を物理的には、このDVD12巻の「重量」に置き換えられることは、ちょっとした驚きの「感覚」でもありました。そして、「映像」や「音響」に物理的な「質量」が存在するのかとは別の問題として、芸術的価値としての絶対的な「質量」の差異が存在することは信じ続けたかったのです。私達は「24」を観ることで、リアルタイムの24時間を消費しました。しかし、あの「心」の暗闇に見え隠れする脱殻としての「時間」は、DVDの何処にも映像化されていなかったのです。
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by artbears | 2012-07-31 18:36 | 映像


ソフトマシーン・やわらかいきかいのひとりごとです
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