夢博士の独白



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夢を見た夢8: 遥か彼方に見える幻想と聞える音楽、糾える縄の表裏に形成された現在

 遥か彼方の過去の「夢」を想うことがある。今となって思うと、二つの「必然」が糾える「縄」のように表裏を成していたのです。二股に分かれながらも、どこかで「偶然」に撚り合わされるとの「幻想」を、我々は抱いていたのです。核戦争の「危機」さえ回避すれば、民主主義と市場経済の薔薇色の「未来」は約束されていたはずでした。
 冷たい「戦争」は終わった。ところが、新興国は台頭したが先進国は混乱している。人々の「未来」と「希望」が、人々の「絶望」と「不満」に置き換わっている。「未来」を失った人々は、もはや「現実」に耐えることはできない。あえて「不満」を抑えることはできない。「希望」を失った人々は、その「絶望」がポピュリズムを受け容れる。民主主義と資本主義の「関係」が、市場経済の「暴走」によってバランスを失っているのです。
 「夢」の中の自転車は決してバランスを失うことはない。重いペダルを踏むこともない。「景色」は向こうから遣ってきて、白い塊となった「背景」は茫洋と残されて、黒い輪郭の無い球体のような「暗闇」の中を移動する。「夢」の中の自転車は自分自身を支配して走るのです。無力で他力ではあるが、夢力で自力でも動くのです。
 水溜りに見えていたはずの「水路」を渡れば、愛しの「少女」が待っているはずでした。ところが振り返って見ると、自転車の後部座席には「少女」がすでに座って居たのです。彼女の「気配」に間違いなかった。それは、帰り道での出来事のはずでした。「時間」の連続性が断たれて、白い塊としての過去の「時間」と入れ替わっていたのです。
 遠くに見えていた「水路」が、直前になると水溜りにしか見えなくなることは、「夢」の中では往々にして起こることでした。群青色と灰褐色の混ざり合った形容し難い、つまり「鮒色」と呼ばれる「個体」が集まって蠢いている。そのヌルヌルとした「背鰭」の上を、自転車は陶然とした素振りで、当然のように渡り切ろうとしている。この「暴走」から逃れなければいけない。私はハンドルを放して、「少女」の両手を堅く握り締めたのです。そのリアルな「感触」が、「夢」に軽い浮揚感を与えたのです。
 その浅い「夢」を手繰り寄せると、前方には「水路」が視え、後方には二股に分かれた「道」が視えて来ました。それは、「夢」の中での「私」の位置関係を報せてくれるものでした。「私」と自転車は「水路」の手前に差し掛かっていたのです。もはや一方の「道」を引き返すことはできない。あえて片方の「道」を選び直すことはできない。それは、二本の「道」が糾える「縄」のようにして、「現在」を形成していたからでした。
 遥か彼方の過去の「音楽」を想うことがある。今となって思うと、私は一つの「音楽」しか聞こえなかった気がする。もう一つの「音楽」は途中で途切れて、中間部が消えて無くなっている。一つの「音楽」だけが、私の「血」となり「肉」となっている。
 「天空」が突然に真っ青に拡がり、「雲雀」が一斉にお喋りを始め、「蜜蜂」が「太陽」を目指して「狂気」となって舞い上がる。自転車の後部座席から「歌声」が聴こえて来たのです。その「歌声」が、失われたもう一つの「音楽」の中間部を奏でていたのです。
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by artbears | 2017-10-31 19:25 | 連白

夢を見た夢7:言葉から生まれる悪の連鎖と善の欠如、退出する神と拡大する悪の空間

 鮮やかな深緑の「森」が、私の「目」の奥で燃え上がることがある。「音」も無く、物質的な「色」となって、近付いて来ることがある。やがて周りが黄色に縁どられた「穴」が空いて視え、その「穴」から垣間見える灰色の「空」のなんと冷やかで素っ気無いことか。その「空」が、私の「鏡」に見えて来ることがある。その「鏡」には、多くの人々の祈る「姿」が映されていて、それを視る度に、私の「目頭」は熱くなるのです。
 人々の「口」だけが動いていたのです。口裏を合わせているのだろうか。口車に乗せられているのだろうか。一つひとつの「口」が、深く暗い「闇」への「入口」のように見えたのです。その「闇」から「言葉」が出たり、入ったりしている。人々は罵り合い、傷付け合い、苦しめ合っている。入る「言葉」は人を汚さないが、出る「言葉」は人を汚している。「悪」は「言葉」から生まれていたのです。「言葉」によって、「悪」は連鎖していたのです。
 深緑の「森」の中では、深紅の「曼珠沙華」が咲き乱れていました。それは、まるで群生して咲く「悪の華」のように見えたのです。極まれにではあるが、白い「善の華」が咲くことがある。そのなんと弱々しいことか。「善」の欠如は疑う余地が無かったのです。
 その「不在」を埋めるべく「悪」が肥大化している。至る所に「穴」が空いて視え、それらの「穴」が拡大して、それらの「壁」が縮小して、スカスカの「空間」が生まれている。その「限界」を超えると、一気に「虚無」と「破壊」が進むに違いなかったのです。
 又しても、この「状況」から逃げなくてはいけない。果たして「夢」の内側で、安心立命な「場所」など存在するのだろうか。だからと言って、「夢」の外側でも、「状況」は本質的に変わらない。「神」が「悪」の概念をも含んでいるならば、「神」は「善」を欲すると同時に、「悪」をも欲している。あるものが「善」に、他のものが「悪」に見えているだけかもしれない。私は、深い「花の闇」への「入口」、あの「曼珠沙華」の咲く陰鬱な「裏庭」へと戻っていたのです。
 「悪」は具体的で現実的なもので在ると言う。「悪」の人格化したものが「悪魔」で在ると言う。「悪魔」は「善」を把握しているからこそ、その反対概念である「悪」に徹することができるのだろうか。そして、「悪」を実践するのは「人間」に他ならない。「人間」の本質が「悪」であるとしたら、「人間」こそが、「悪魔」と呼べないのだろうか。宇宙的存在であったはずの「悪魔」が、人々の「内面」に移り住んでいるのです。
 世界に「悪」が不可避的に存在するが故に、それは「神」の「意志」に違いなかった。その「神」が退こうとしている。その隙間のような、もはや「神」の支配の及ばない「空間」を、「人間」の自由意志に委ねようとしているのだろうか。
 「夢」の中で、複数のミサイルが発射される「光景」が繰り返されるのです。それは決まって、朝方の未明の「時間」に起きるのです。そして「夢」から目覚めても、この「状況」から逃げることはできない。否、それは、より具体的で現実的な「問題」となって迫ってくる。「人間」には「善」なる判断は下せない。「虚無」と「破壊」が近付いている。
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by artbears | 2017-09-29 18:48 | 連白

夢を見た夢6:異邦人である私と擦れ違った私達、金髪の教師と手渡された白紙の手紙

 私は「異邦人」だったという「記憶」が付き纏わって離れない。「夢」の外側でさえ、「夢」の内側でこそ、その「追跡」は執拗を極めるのです。逃げ場は限られている。いつもの「街角」を足早で過ぎるや否や、見知らぬ「私」は振り向くが、私達は決して出会うことなく擦れ違うことを知っている。「私」を理解すること、増して「他者」を理解することよりも、その「暗闇」に溶け込むことで、私達は相互理解を深めて来たのです。
 私は「階段」を上っていた。昇っていたという「表現」が正しいのだろうか。それは、小麦色に輝く「声」でした。それは、金髪の「教師」に呼び止められたという「記憶」が浮かび上がった「瞬間」でもありました。とにかく「英語」が思い浮かばない、思い出せない。「沈黙」が誤解を生んでいく。「英語」が、私を混乱に陥れたに違いなかったのです。私から、「言葉」を奪い取った「犯人」に違いなかったのです。ところが「言葉」を失うことで、「私」が変わることで、新しい「世界」が少しずつ見えて来たのです。
 私は「階段」を降りていた。下っていたという「言葉」が正しいのだろうか。そこは、意識化できない「体感」のような「場所」でした。そこは、「言葉」では表現できない感覚的な「暗闇」でもありました。逃げる「犯人」の後姿が見える。「暗闇」に隠れようとしている。しかし、犯罪の「動機」が理解を超えたものもあるように、私が「英語」を学ぶことになった「動機」など、私達にも分かるはずがなかったのです。
 そうだ、「森」へ行こうと、考える前に「足」は動いていたのです。いつも「身体」は「思考」の前を歩いていたのです。その逆は、ろくなことがないと「記憶」が言い張るのもいつものことでした。「森」へ行けば、全ての理解を得ることができる。全ての誤解を解くことができる。何も考えなくても行けるはずでした。
 ところが忘れてはならない。「森」では、とくに「夜」に於いては、慎重な行動が求められていたのです。足先で「地面」を探り当てなければならない。手先で「暗闇」を掻き分けなければならない。それでも虚を突かれるようにして、人間や動物の「顔」が飛び出て来ることがある。それらは、直ぐに「地面」か「暗闇」に呑み込まれるのです。
 しばらくすると、月の「衣服」のようにも見える、大きな円弧状の「光輪」に包まれた「湖水」に辿り着きました。恐らく「森」は、「暁天」を迎えようとしているに違いない。遠くに「一輪」の花が視える。まるで白装束の「巫女」のようにかしずいて、「光臨」を待っている。その美しさを讃える「言葉」が想い浮かばない、想い出せない。「夢」の中の私は、この「世界」を「英語」で捉えることができなかったのです。
 階段教室に入ると、あの金髪の「教師」が演台に立っていました。教室の「窓」からは、炎上する「建物」が視えたのです。何と不謹慎なことか、「異邦人」である「私」には、その「白煙」が立ち昇る「薔薇」の薫りのように思えたのです。送別の「言葉」を考えなくてはいけない。異国の「環境」に溶け込むことを考えなくてはいけない。そんな「私」を見兼ねてのことか、隣の英国人から手渡されたのは、真っ白の「手紙」だったのです。
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by artbears | 2017-08-30 20:23 | 連白

動物の進化と技術の進歩、静止する透明で永遠の時間、精神の暗闇の先の他者への信頼

 それが「蒸気」だったのか、それとも「電気」を動力源とした「機関車」だったのかは、今となってはどうでもよい「問題」でした。とにかく「技術」の進歩は凄まじくて、「車窓」から観えた「動物」は一瞬にして後方に飛んで行く。そのスピードは、「生物」の進化を遥かに凌駕していたのです。    
 私は一刻も速く、この「機関車」から降りなければならない。さもなければ、私の「肉体」も一瞬の「夢」の如く消えて逝く。最終的には「機械」に置き換わるのだろうか。その時、無機物も「夢」を見るのだろうか。何れにしても、私の「肉体」に残された「時間」は恐ろしく短い。
 プラットフォームが前方に迫って来ました。私は「精神」を集中して、そして祈る。私の「肉体」から解放されることを一心に願ったのです。私の「精神」は浮上して、そして落下する。その時、私の「意識」は覚醒する。プラットフォームに降り立った「私」は、不思議な「感覚」に襲われました。その「場所」には、様々な「物事」を魅き寄せて、結び付ける透明な「磁力」が満ちていたのです。
 「社会」の産業基盤の依って立つ「足場」に変化が起きていることは明らかでした。「社会」の動作環境が物理的な「基盤」から、産業横断的で電脳的な「空間」に移行しているのです。その「場所」が、無限の可能性への拡大を始めた。その「空間」が、物と物を繋げて、人と人との「心」を繋げて、夢幻の「宇宙」が生まれようとしている。
 その時、頬に心地良く当たる「微風」に、どこか秋の透明な「気配」を感じ取った「私」は、相変わらずの夏の残忍な「陽射」に辟易しながらも、遠方に神々しく聳え立つ「山脈」を望み見たのです。どっしりとした存在感を競い合うようにして連なる山々の「稜線」には、ゆっくりとしたスピードで雲々が這うようにして移動して行くのが観えました。その「白雲」の動きを「目」で追い掛けると、やがて、あの「天空」に在るとした、繁茂する木々に覆われた巨大な「浮遊体」が、私の「心」の中に浮かんで来たのです。
 あの時、機能停止となった巨大なロボットは、気が遠くなるような永遠の「時間」を野晒しとなって、しかし朽ちることなく「何事」かを待ち続けていたのです。一輪の可憐な「野草」を差し出す優しく穢れのない「心」はプログラムされたものではない。ロボットの両肩で戯れるキツネリスの「心」とも繋がっていることは、その仮想の「映像」がリアルに物語っていたのです。透明で永遠の「時間」が止まって見えたのです。
 再び、プラットフォームに降り立った「私」に戻る。すると、深い樹々の「息」が濃い「霧」となって、そのカーテンを開くようにして、一体のアンドロイドが現れたのです。彼女の美しい「表情」には、「精神」の暗闇が見えない。「感情」の起伏が感じられない。   
 そもそも「人間」の美しさとは何なのだろうか。有機物としての「肉体」に在るのだろうか。私の問い掛けは、私の「精神」が答えるしかない。そこには、何の「根拠」も無いが、相手に対する一方的な「信頼」が在る。ある種の宗教的とも呼べる「他者」に対する「感情」が在る。私は「一歩」を躊躇する。「私」は依然として崖っ淵に立っていたのです。
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by artbears | 2017-07-29 17:24 | 連白

巨大な影のような悪意、顕現される欲望と投機される商品、美しく透明な光に宿る善意

 頼りなげに降り注ぐ「月光」を仰ぎ見上げながら、私は、その巨大な「影」のような「悪意」が、通り過ぎるのを待ちました。絹糸のように脆弱な「月光」を、その腹黒い「影」は容赦なく断ち切って、悠然と過ぎ去って行く。「息」を潜める「私」は、まるで「小魚」のように震えていたのです。
 やがて「足元」では、逆円錐状の「渦巻」が、クルクルと回転する「眩暈」のようにして現われて、それは、擂り鉢状の円形の「劇場」にも、蟻地獄のような空虚な「舞台」にも見えて来たのです。そこでは、あらゆる「商品」が滑り落ちている。あらゆる「欲望」が顕現され、喚起され、投機され、消費されている。この「渦巻」に呑み込まれてはいけない。私は踏ん張って、ありったけの「抵抗」を試みたのです。
 ところが如何せん、まるで「意志」を持った生き物のように肥大化する「渦巻」は、増々、その速度と強度を高めて行くのです。幾つかの具体的な「商品」と何らかの抽象的な「欲望」が、「私」の目の前を通り過ぎました。それらが更なる細分化と差異化を繰り返しながら、一方向に不可逆的な「渦巻」を形成していたのです。この連鎖的な「渦巻」に逆らうことはできない。しかし、この刹那的な「欲望」にしがみついてもいけない。
 このようにして、増大するエントロピーは、物理的な「時間」として生起され、認識され、交換され、消費されている。私の「自由」は、この「時間」の呪縛から逃れることに在る。私の「意識」は、まるで砂時計の一粒の「砂」のように落ちて、それと「時」を同じくして、真夜中に演じられる「悪夢」の幕は開かれたのです。
 その「場所」は、暗く陰鬱で、死臭すら漂うような「世界」でした。そして、鉄格子の内側の「暗闇」に蹲る人々は、あのゾンビ達に違いない。彼等の「存在」は暗示的で不明確でありながら、彼等の放つ「気配」は断言的で明確でした。それは、デフォルメされた「気配」ではあるが、実は、我々の日常性を攻撃して破壊するような「存在」ではない。それは、非人間的な「他者」ではなく、むしろ、人間の剥き出しの「欲望」を直接的に体現していたのです。
 困ったことには、鉄格子には「鍵」が掛かっていなかった。「扉」は、とっくの昔に開け放たれたままでした。もっと困ったことには、私自身が、この「恐怖」に慣れ親しんでいるという「事態」でした。このリアリティは、この「世界」の「現実」でもあったのです。
 この「世界」を元の円錐形に戻すしかない。その「頂点」に降臨する「他者」を探し求めるしかない。人間と人間との「関係」に内在する「超越性」を信じるしかないと想い立った私は、思い切って、堅く閉ざされた「心」の「扉」を開いたのです。
 「車窓」から視える「光景」は美しく透明感があり、正に「善意」に満ちたものでした。私の「心」には、北欧の田園風景が映し出されたのです。そして間もなく、研ぎ澄まされた「空気」が冷たく感じられる、名も知らぬ「駅」に降り立った私は、あの四方が「絶壁」に囲まれた天空の「飛行場」を目指して、運命的な「一歩」を踏み出すに違いないのです。
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by artbears | 2017-06-24 18:25 | 連白

ひとりでに開閉される扉、押し寄せる津波又は恐怖の感情、枠組と私の中の虚偽と真実

 ひとりでに「扉」は開かれるのか。そして「津波」の「映像」は、何度も何度も「脳裏」に映し出されるのです。ひとりでに「扉」は閉じられるのか。恐らく、「夢」の中でも繰り返されているに違いない。カメラを通した「他者」の「視線」が、私の「視線」に置き換えられる。私の「脳裏」に貼り付けられる。それは決して「劣化」はしない、むしろ「純化」を進めている。私は左右に「頭」を大きく振るが、その「映像」はもちろんのこと、その「記憶」を消し去ることはできない。
 見方を変えると、この未来への漠然とした「不安」、暗鬱とした「気分」は、「津波」のように押し寄せてくる、グローバル経済への「恐怖」の「感情」だったのかもしれない。経済的合理性の飽くなき「追及」という「津波」が襲ってくる。「敗者」となっては、「下層」に重く沈む「汚泥」となるしかない。私はもがき苦しみ求めるが、「上層」には、形而上的な「目的」も、信じるに足る「光明」も見えては来ない。
 例え、天空に向かう「道路」を右にハンドルが切られたとしても、同じような「光景」が待ち構えていたのは間違いなかったのです。それは、天空まで突き抜けるかの巨大な「岩壁」が突然現れて、その「岩壁」を左右に迂回して走る「道路」は、前方で合流していたからでした。「夢」の中の「私」は、瞬時に「理解」を得ました。あの四方が「絶壁」に囲まれた天空の「飛行場」へ行くには、経済的合理主義以外の「手段」を必要としている。それは、「目的」そのものの合理性でした。
 私は仕方なく、「現実」を直視せざるを得なかったのです。再び、下降する「視界」が前方に拡がりました。それは、まるで「地球」を外部から観ているようでした。すると「海」の領域が想像以上に拡大している。ポツンと正方形の「枠組」へと変形した「格納庫」だけが残されている。その巨大なコンクリートで固めた「枠組」の内部には、あの「飛行機」が沈んでいるに違いない。どうやら、「津波」は過ぎ去った後のようでした。大海原の「記憶」に戻ろうとしていたのです。
 ところが、「状況」が変質変異していることは、「海」を観るよりも明らかでした。一見強固に見える「枠組」は、一体何から何を「保護」する「目的」に在るのか。そして「保護」に対する「服従」は、一体誰から誰に求められるのか。大海原を「枠組」が漂流している。それは、民主主義と国家主権とのアンバランスな「関係」のようにも見えたのです。
 その「枠組」の中に一体の「人形」が視えて来たのです。その「人形」は、天空から一本の「命綱」で吊るされていました。時折、浮かび上がる「顔」は一瞬で消えて、白い紙のような「印象」は留めることはできない。「枠組」と「私」、その内部と外部では「虚偽」が満ちている。それらは、フェイクでは在るが、もう一つの「真実」でも在り得る。
 その「人形」は、もう一人の「私」でも在り得る、と想った瞬間でした。「命綱」は断たれて、私は物凄いスピードで「海中」に引き摺り込まれたのです。下降する「恐怖」が、私を支配して放さない。薄暗がりから、「悪意」は身を攀じらせて近付いて来る。
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by artbears | 2017-05-31 18:28 | 連白

夢を見た夢5:碧い大海原又は瞳の奥の精神、恐怖又は幻影としての格納された飛行機

 大海原を誰が飛行しているのだろうか、その「意識」に引き戻されたのは、「碧眼」の少女の「瞳」の奥に在る「精神」の美しさに「感嘆」の思いを抱いたからに違いなかったのです。それほど「海」は碧く、紛れも無く飛行していたのは、私の「意識」でした。それは、宙に舞う「羽衣」の肌触りのようにして、とても甘く、とても柔らかく、その「感触」に耽っていたのは、他ならぬ「意識」そのものだったのです。
 確か「飛行機」は故障していたはずで、それもテスト飛行と告げられていたのです。そもそも、あのような四方が「絶壁」に囲まれた天空の「飛行場」で、私が居たという「証言」を求められる「他者」は居ない。「夢」の中の「意識」は、相変わらずの知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。詰まるところは、私がいくら想ってもいかに思っても、私の「不在」は明らかでした。
 大海原を「私」が見下ろしているのだろうか、その「意識」に引き返したのは、眼下に巨大なクジラが泳ぐ「姿」が視えて来たからでした。先頭を行くクジラは数頭のイルカを従えていました。ゆっくりとした上下運動が進行方向を決めて行く。意思決定の「痕跡」は白い「波頭」となって、それは儚い「運命」のように生まれては消えて行く。邪悪な黒い「意志」が、彼等の背後に迫っていたのです。真っ暗闇の「海底」から、私の「不安」も急速に浮かび上がって来たのです。
 その「不安」から逃れなければいけない。私は無我夢中で走りました。その「足音」に追い着かれてはいけない。私は暗中模索で歩きました。「夕闇」が慌てて落ちてくる。「靴音」だけが取り残されて響く。気が着くと、どんよりとした「意識」の暗がりから、ぼんやりとした「飛行機」のシルエットが視えて来たのです。錆びた「鉄」と塩気を含んだ「海」の臭いが漂って来ました。ここは恐らく、海辺の近くの「格納庫」に違いない。それは恐らく、あの「夢」の中の「飛行機」に違いない。
 木製の観音開きの「扉」には、最新式の「電子錠」が取り付けられていました。思い付くあらゆる「番号」を入力したにも拘らず、「鍵」は施錠を拒み続ける。足元には「海水」がヒタヒタと押し寄せ、その「触手」が、私の「足首」を掴もうとしてくる、そのとき、私は「津波」の到来を「予感」したのです。振り返って視ると、あの「飛行機」が巨大なサメの「幻影」となって見えて来たのです。私の「不安」が「正体」を現したのです。
 私は「格納庫」の二階へと「階段」を駆け上がっていました。「階段」の踊り場には、正面に大型TVが設置されていて、「階段」は左右に分岐された「構造」になっていました。TVには、「電子錠」が赤く点滅して、やがて開錠され、「津波」が堰を切って流れ込んでくる「光景」が映っていたのです。「鍵」は誰が施錠したのか、私の「夢」が逆戻りを始める。あのとき、天空に向かう「道路」は「限界」にまで達していて、分岐された「道路」をハンドルは左に切られたのです。下降する「視界」が前方に拡がりました。「格納庫」が観えて、今にも「津波」に呑み込まれようとしていたのです。
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by artbears | 2017-04-29 13:01 | 連白

夢を見た夢4:猫又は碧眼の少女の笑顔、消失する文明と拡大する戦場での選択と集中

 交わした「約束」は守らなければいけない。それが「文明」と「文化」の違いだと言う。用意周到なパブロフの「犬」は、カウンターの「内側」に逃げ込んでいたのです。グラスを丹念に磨き上げながら、呟いていたのです。柔かな「文化」の変容が、頑なな「文明」の消失を加速している。至る所で「約束」が反故にされている。
 私の真昼の「恐怖」は、真夜の「階段」に映されて来たのです。それを「夢」は報せてくれる。それは、あたかも「怪談」のように語り継がれて来たのです。物音も発てずに「階段」を下りるゾンビの「大群」、或いは「洪水」」となって、その「光景」を背後の「目」は見逃さない。彼女をゾンビと化した「死霊」に引き渡してはいけない。「夢」のなかの「論理」は、なぜかイクラを嫌いになる「決意」を、私に強いたのです。
 白い「職人」の、器用でセクシーにすら見える「手」が、几帳面に「寿司」を握って差し出す。何時の間にか、カウンターも白木の「檜」に変わっている。飽食の「文化」を想う。「文明」の衝突はイラクで起きた。生臭い「戦争」の臭いが漂う。様々な「想念」が去来して、「注文」もしないのに目の前に置かれたイクラに、私は「憤慨」したのです。理不尽な「激情」に支配され、強く「両手」でカウンターを叩いたのです。それは、まるで「劇場」で拳を上げるヒットラーのように自己陶酔した「姿」に違いなかったのです。
 右隣には、豹柄のコートを着た「私」が座っていました。彼女は透かさず、私を諌めるようにして、両脇に抱えた二匹の白い「仔猫」を差し上げたのです。ブルーとグリーンの「瞳」が左右交互に入れ替わる。「碧眼」の美少女が猫のように笑う。私の「激情」は穏やかな「波紋」と同調する。彼女の「提言」とは、どちらかのペルシャ猫にイクラを与えよ、そのことで、イラクの「指導者」が決まると言うものでした。
 一瞬の微睡みの間、私は悩みました。どちらの「仔猫」も甲乙付け難く可愛いのです。すると彼女は、可愛い子には旅をさせよという「格言」を引き合いに出して、あくまでも「選択」と「集中」を迫るのです。彼女の「目」は猫のように輝いて見えました。
 その「目」に直視されて苦しくなった私は、路地裏を放浪する「黒猫」を「脳裏」に想い描きました。すると阿吽の「呼吸」というのか、彼女は、豹柄のコートの「模様」から一匹の「黒猫」を取り上げたのです。そして、私達は、あのゾンビの「大群」が「洪水」となって現われない「今」の内に、この「黒猫」の洗礼と命名の「儀式」を執り行うことにしたのです。「黒猫」はノラGと呼ばれました。
 「黒猫」には白木ではなく、もっと堅く荒々しい「素材」が似合うというのが、私達の元々の「見解」でした。つまり、清廉潔白ではなく清濁混合の「資質」が求められたのです。私達の「懸念」は当たりました。黒く塗り替えられたカウンターの周りには、次々と動物のゾンビが「席」を埋め始めたのです。「水面」が上昇するにつれて、「足首」も引き上げなければいけない。ハイチェアの一本の「脚」の周りをサメが不気味に「旋回」する。ところが彼女は、サメもサバも一文字違いだと言って、猫のような「目」を光らせたのです。
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by artbears | 2017-03-29 19:21 | 連白

夢を見た夢3:外界のゾンビ又は得体の知れない気配、内界のプールと混乱のステージ

 薄いペラペラのベニヤ板一枚が、私達を「外界」から隔てていたのです。一人でうっかりと、この「扉」を開けてはいけない。二人でしっかりと、この「扉」を抑えなければいけない。その暗黙の「合意」が阿吽の「呼吸」となって、私達を辛うじて「絶望」の崖っぷちで踏み止まらせていたのです。
 自壊した「街」の自閉した「扉」の向こう側では、ゾンビとなった動物の「死霊」が往来している。「鍵」は外側に在って、内側には無い。それは、余りにも不用心なことでした。彼等は様々な「能力」を持っていると聞くが、それは「逸話」に過ぎなくて、その「矛盾」こそが、彼等の「能力」に違いない。得体の知れない「気配」が、唐突に「背後」に回って来たのです。まるで雨上がりの熱い「抱擁」のようにして、私達を取り囲んだのです。
 薄いペラペラのベニヤ板一枚が、私達を「内界」から隔てていたのです。そのことに気付いた私は、この「扉」を押し開けることにしました。逃げるようにして「階段」を下りたのです。振り返って見ると、「扉」の向こう側では、何事も無かったかのように「死霊」が彷徨っている。振り返って考えると、それは、何ら「後悔」することではないが、恐ろしく条件反射的な「判断」だったのです。
 私の目が「暗闇」に慣れるに従って、地下室のなかのプールが現われて来ました。天井からポツリポツリと落ちる「水滴」が、気の遠くなるような「時間」の独り言のように見えたのです。「階段」はと言うと、その「波紋」の拡大と反復のなかに消えて行く。黒光りする「水面」の向こう側には、木製のカウンターが視えて来て、一度飛んだ私の「意識」が戻った「席」には、もう一人の「女」となった「私」が座っていたのです。私達は、分身との「再会」を果たせたのです。
 すると突然、左隣に座っていたパブロフの「犬」が耳打ちをして来ました。注意しなければいけない。彼もまた、ゾンビとなった「死霊」に違いなかったのです。彼の「諫言」めいた「予言」とは、未来の「指導者」はタマゴを食べるがイクラは食べない、それに加えて、「右足」に怪我をしているはずだと言うものでした。
 咄嗟に右隣の「私」の「右足」がクローズアップされました。視るよりも速く、安堵の「感情」は引潮となって遠浅の「彼方」に消えて行く。彼女の「傷痕」は「左足」に在り、それも修復されていたのです。ところが、彼女の「指摘」を待つよりも早く、私の「右足」はパックリと切り裂かれて、その「傷口」からタワワに実ったザクロのようなイクラが溢れ出している。真っ赤な「血液」が「水面」に滴り落ちていたのです。
 私の「動揺」を察した彼女は、イクラは魚のタマゴだと諭して、いつかきっと食べられるようになる、その「約束」を交わそうと「真顔」で言うのです。どうやら、私達の「夢」は「混乱」のステージに移行したようです。イクラが大好物であるという「事実」は隠すべきなのか、そして、この得体の知れない「気配」の正体を告げるべきなのか。既に「血液」の臭いを嗅ぎつけたサメの「背鰭」が、こちら側に向かって来るのが視えたのです。
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by artbears | 2017-02-27 17:19 | 連白

夢を見た夢2:白夜の雪山に向かって走る電車、絶たれた部屋の光と閉じられた扉の音

 五人の「友人」は白くて巨大なマスクをしていた。電車の「窓」には、その「証拠」が写し撮られていたのです。やがてガラスの歪みが、白い毒マスクに変えて見せる。二十日鼠の左右の「耳」のようにして、それは垂れ下がって見える。それは逆さになって見える。
 凍て付いたプラットホームに立った「私」は、彼等を待っていたのだろうか、それとも送っていたのだろうか、足先の氷結した「感覚」は麻痺して、その「解凍」を拒み続けていたのです。常に「解答」は先送りされてきたのです。
 一本の「線路」はひたすらひたむきに走っていた。白い「雪山」に向かって、二本が一本となって延びていたのです。消失点は文字通り消えて無くなる。二十日鼠ほど「短命」ではないにしても、一方通行の「人生」には他に選択肢は無かったのです。
 五人の「友人」は降車していたのだろうか、それとも乗車していたのだろうか、「夢」のなかの「私」は、そのことに無関心を装う。いつも答えようとはしない。とにかく彼等に追い着かなければならないのだが、彼等はプラットホームの反対側に視えたのです。
 私の「逡巡」を嘲笑うかのようにして、開かずの「踏切」は閉じたままでありながら、「線路」の左に寄り添う「側道」を足早に歩いていたのは、他ならぬ「私」でした。私は意図せずにして、彼等の「先頭」を歩いていたのです。ダルマさんが転んだ。振り返ると後方には、黒くて巨大な「山影」が迫っていたのです。
 五人の「友人」が一人二人と近付いて来ては、次々と「無言」で離れて行く。彼等の「横顔」は浮かぶのだが、彼等の「名前」は白く沈んで行く。マスクは外されたのだろうか。ダルマは起きたのだろうか。だれも答えようとはしない。私は「孤独」を噛みしめながら、それはいつものことだと呟いたのです。穏やかな「湖面」のような諦念の「心鏡」を眺めたのです。振り向くと前方には、白くて巨大な「雪山」が迫っていたのです。
 私は都合よく、左側に現れた「路地」に駆け込むことにしました。崩れかかった「建物」には、差し出がましくも「廃虚」という看板が架かっていたのです。その隣には、地球に優しいという「偽善」のテロップが電光掲示されていたのです。何となく目的とした「建物」は、満潮のように近くに現れては、引潮のように遠くに逃げて行くのです。
 一歩として歩いた「記憶」は無いのだが、微睡むことなく着いた「入口」の右側には、鳥籠のように吊るされた「水槽」が視えました。赤い「金魚」が喘ぎながら泳いでいる。飾り立てた「尾鰭」を左右に揺らしている。私は戸惑うことなく、堅く閉ざされた「扉」を無理矢理に開けてでも、「侵入」を決意したのです。
 思いっきり「扉」を引くと、白夜のように残酷な「光線」が雪崩れ込んだのです。小さな「頭」の黒いエプロンをした「女」が、大きな手の平で「頭」を抱えて逃げ惑う。奥の「部屋」に向かって走り去る。段々と小さくなる「扉」を開けて行くと、次々と狭くなる「部屋」が現れる。この「状況」は長続きするものではない。その「認識」の直後に「光」が絶たれたのです。大きな「扉」から順番に閉められる「音」が聞えたのです。
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by artbears | 2017-01-30 19:40 | 連白


ソフトマシーン・やわらかいきかいのひとりごとです
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