夢博士の独白



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夢を見た夢6:異邦人である私と擦れ違った私達、金髪の教師と手渡された白紙の手紙

 私は「異邦人」だったという「記憶」が付き纏わって離れない。「夢」の外側でさえ、「夢」の内側でこそ、その「追跡」は執拗を極めるのです。逃げ場は限られている。いつもの「街角」を足早で過ぎるや否や、見知らぬ「私」は振り向くが、私達は決して出会うことなく擦れ違うことを知っている。「私」を理解すること、増して「他者」を理解することよりも、その「暗闇」に溶け込むことで、私達は相互理解を深めて来たのです。
 私は「階段」を上っていた。昇っていたという「表現」が正しいのだろうか。それは、小麦色に輝く「声」でした。それは、金髪の「教師」に呼び止められたという「記憶」が浮かび上がった「瞬間」でもありました。とにかく「英語」が思い浮かばない、思い出せない。「沈黙」が誤解を生んでいく。「英語」が、私を混乱に陥れたに違いなかったのです。私から、「言葉」を奪い取った「犯人」に違いなかったのです。ところが「言葉」を失うことで、「私」が変わることで、新しい「世界」が少しずつ見えて来たのです。
 私は「階段」を降りていた。下っていたという「言葉」が正しいのだろうか。そこは、意識化できない「体感」のような「場所」でした。そこは、「言葉」では表現できない感覚的な「暗闇」でもありました。逃げる「犯人」の後姿が見える。「暗闇」に隠れようとしている。しかし、犯罪の「動機」が理解を超えたものもあるように、私が「英語」を学ぶことになった「動機」など、私達にも分かるはずがなかったのです。
 そうだ、「森」へ行こうと、考える前に「足」は動いていたのです。いつも「身体」は「思考」の前を歩いていたのです。その逆は、ろくなことがないと「記憶」が言い張るのもいつものことでした。「森」へ行けば、全ての理解を得ることができる。全ての誤解を解くことができる。何も考えなくても行けるはずでした。
 ところが忘れてはならない。「森」では、とくに「夜」に於いては、慎重な行動が求められていたのです。足先で「地面」を探り当てなければならない。手先で「暗闇」を掻き分けなければならない。それでも虚を突かれるようにして、人間や動物の「顔」が飛び出て来ることがある。それらは、直ぐに「地面」か「暗闇」に呑み込まれるのです。
 しばらくすると、月の「衣服」のようにも見える、大きな円弧状の「光輪」に包まれた「湖水」に辿り着きました。恐らく「森」は、「暁天」を迎えようとしているに違いない。遠くに「一輪」の花が視える。まるで白装束の「巫女」のようにかしずいて、「光臨」を待っている。その美しさを讃える「言葉」が想い浮かばない、想い出せない。「夢」の中の私は、この「世界」を「英語」で捉えることができなかったのです。
 階段教室に入ると、あの金髪の「教師」が演台に立っていました。教室の「窓」からは、炎上する「建物」が視えたのです。何と不謹慎なことか、「異邦人」である「私」には、その「白煙」が立ち昇る「薔薇」の薫りのように思えたのです。送別の「言葉」を考えなくてはいけない。異国の「環境」に溶け込むことを考えなくてはいけない。そんな「私」を見兼ねてのことか、隣の英国人から手渡されたのは、真っ白の「手紙」だったのです。
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by artbears | 2017-08-30 20:23 | 連白

動物の進化と技術の進歩、静止する透明で永遠の時間、精神の暗闇の先の他者への信頼

 それが「蒸気」だったのか、それとも「電気」を動力源とした「機関車」だったのかは、今となってはどうでもよい「問題」でした。とにかく「技術」の進歩は凄まじくて、「車窓」から観えた「動物」は一瞬にして後方に飛んで行く。そのスピードは、「生物」の進化を遥かに凌駕していたのです。    
 私は一刻も速く、この「機関車」から降りなければならない。さもなければ、私の「肉体」も一瞬の「夢」の如く消えて逝く。最終的には「機械」に置き換わるのだろうか。その時、無機物も「夢」を見るのだろうか。何れにしても、私の「肉体」に残された「時間」は恐ろしく短い。
 プラットフォームが前方に迫って来ました。私は「精神」を集中して、そして祈る。私の「肉体」から解放されることを一心に願ったのです。私の「精神」は浮上して、そして落下する。その時、私の「意識」は覚醒する。プラットフォームに降り立った「私」は、不思議な「感覚」に襲われました。その「場所」には、様々な「物事」を魅き寄せて、結び付ける透明な「磁力」が満ちていたのです。
 「社会」の産業基盤の依って立つ「足場」に変化が起きていることは明らかでした。「社会」の動作環境が物理的な「基盤」から、産業横断的で電脳的な「空間」に移行しているのです。その「場所」が、無限の可能性への拡大を始めた。その「空間」が、物と物を繋げて、人と人との「心」を繋げて、夢幻の「宇宙」が生まれようとしている。
 その時、頬に心地良く当たる「微風」に、どこか秋の透明な「気配」を感じ取った「私」は、相変わらずの夏の残忍な「陽射」に辟易しながらも、遠方に神々しく聳え立つ「山脈」を望み見たのです。どっしりとした存在感を競い合うようにして連なる山々の「稜線」には、ゆっくりとしたスピードで雲々が這うようにして移動して行くのが観えました。その「白雲」の動きを「目」で追い掛けると、やがて、あの「天空」に在るとした、繁茂する木々に覆われた巨大な「浮遊体」が、私の「心」の中に浮かんで来たのです。
 あの時、機能停止となった巨大なロボットは、気が遠くなるような永遠の「時間」を野晒しとなって、しかし朽ちることなく「何事」かを待ち続けていたのです。一輪の可憐な「野草」を差し出す優しく穢れのない「心」はプログラムされたものではない。ロボットの両肩で戯れるキツネリスの「心」とも繋がっていることは、その仮想の「映像」がリアルに物語っていたのです。透明で永遠の「時間」が止まって見えたのです。
 再び、プラットフォームに降り立った「私」に戻る。すると、深い樹々の「息」が濃い「霧」となって、そのカーテンを開くようにして、一体のアンドロイドが現れたのです。彼女の美しい「表情」には、「精神」の暗闇が見えない。「感情」の起伏が感じられない。   
 そもそも「人間」の美しさとは何なのだろうか。有機物としての「肉体」に在るのだろうか。私の問い掛けは、私の「精神」が答えるしかない。そこには、何の「根拠」も無いが、相手に対する一方的な「信頼」が在る。ある種の宗教的とも呼べる「他者」に対する「感情」が在る。私は「一歩」を躊躇する。「私」は依然として崖っ淵に立っていたのです。
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by artbears | 2017-07-29 17:24 | 連白

巨大な影のような悪意、顕現される欲望と投機される商品、美しく透明な光に宿る善意

 頼りなげに降り注ぐ「月光」を仰ぎ見上げながら、私は、その巨大な「影」のような「悪意」が、通り過ぎるのを待ちました。絹糸のように脆弱な「月光」を、その腹黒い「影」は容赦なく断ち切って、悠然と過ぎ去って行く。「息」を潜める「私」は、まるで「小魚」のように震えていたのです。
 やがて「足元」では、逆円錐状の「渦巻」が、クルクルと回転する「眩暈」のようにして現われて、それは、擂り鉢状の円形の「劇場」にも、蟻地獄のような空虚な「舞台」にも見えて来たのです。そこでは、あらゆる「商品」が滑り落ちている。あらゆる「欲望」が顕現され、喚起され、投機され、消費されている。この「渦巻」に呑み込まれてはいけない。私は踏ん張って、ありったけの「抵抗」を試みたのです。
 ところが如何せん、まるで「意志」を持った生き物のように肥大化する「渦巻」は、増々、その速度と強度を高めて行くのです。幾つかの具体的な「商品」と何らかの抽象的な「欲望」が、「私」の目の前を通り過ぎました。それらが更なる細分化と差異化を繰り返しながら、一方向に不可逆的な「渦巻」を形成していたのです。この連鎖的な「渦巻」に逆らうことはできない。しかし、この刹那的な「欲望」にしがみついてもいけない。
 このようにして、増大するエントロピーは、物理的な「時間」として生起され、認識され、交換され、消費されている。私の「自由」は、この「時間」の呪縛から逃れることに在る。私の「意識」は、まるで砂時計の一粒の「砂」のように落ちて、それと「時」を同じくして、真夜中に演じられる「悪夢」の幕は開かれたのです。
 その「場所」は、暗く陰鬱で、死臭すら漂うような「世界」でした。そして、鉄格子の内側の「暗闇」に蹲る人々は、あのゾンビ達に違いない。彼等の「存在」は暗示的で不明確でありながら、彼等の放つ「気配」は断言的で明確でした。それは、デフォルメされた「気配」ではあるが、実は、我々の日常性を攻撃して破壊するような「存在」ではない。それは、非人間的な「他者」ではなく、むしろ、人間の剥き出しの「欲望」を直接的に体現していたのです。
 困ったことには、鉄格子には「鍵」が掛かっていなかった。「扉」は、とっくの昔に開け放たれたままでした。もっと困ったことには、私自身が、この「恐怖」に慣れ親しんでいるという「事態」でした。このリアリティは、この「世界」の「現実」でもあったのです。
 この「世界」を元の円錐形に戻すしかない。その「頂点」に降臨する「他者」を探し求めるしかない。人間と人間との「関係」に内在する「超越性」を信じるしかないと想い立った私は、思い切って、堅く閉ざされた「心」の「扉」を開いたのです。
 「車窓」から視える「光景」は美しく透明感があり、正に「善意」に満ちたものでした。私の「心」には、北欧の田園風景が映し出されたのです。そして間もなく、研ぎ澄まされた「空気」が冷たく感じられる、名も知らぬ「駅」に降り立った私は、あの四方が「絶壁」に囲まれた天空の「飛行場」を目指して、運命的な「一歩」を踏み出すに違いないのです。
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by artbears | 2017-06-24 18:25 | 連白

ひとりでに開閉される扉、押し寄せる津波又は恐怖の感情、枠組と私の中の虚偽と真実

 ひとりでに「扉」は開かれるのか。そして「津波」の「映像」は、何度も何度も「脳裏」に映し出されるのです。ひとりでに「扉」は閉じられるのか。恐らく、「夢」の中でも繰り返されているに違いない。カメラを通した「他者」の「視線」が、私の「視線」に置き換えられる。私の「脳裏」に貼り付けられる。それは決して「劣化」はしない、むしろ「純化」を進めている。私は左右に「頭」を大きく振るが、その「映像」はもちろんのこと、その「記憶」を消し去ることはできない。
 見方を変えると、この未来への漠然とした「不安」、暗鬱とした「気分」は、「津波」のように押し寄せてくる、グローバル経済への「恐怖」の「感情」だったのかもしれない。経済的合理性の飽くなき「追及」という「津波」が襲ってくる。「敗者」となっては、「下層」に重く沈む「汚泥」となるしかない。私はもがき苦しみ求めるが、「上層」には、形而上的な「目的」も、信じるに足る「光明」も見えては来ない。
 例え、天空に向かう「道路」を右にハンドルが切られたとしても、同じような「光景」が待ち構えていたのは間違いなかったのです。それは、天空まで突き抜けるかの巨大な「岩壁」が突然現れて、その「岩壁」を左右に迂回して走る「道路」は、前方で合流していたからでした。「夢」の中の「私」は、瞬時に「理解」を得ました。あの四方が「絶壁」に囲まれた天空の「飛行場」へ行くには、経済的合理主義以外の「手段」を必要としている。それは、「目的」そのものの合理性でした。
 私は仕方なく、「現実」を直視せざるを得なかったのです。再び、下降する「視界」が前方に拡がりました。それは、まるで「地球」を外部から観ているようでした。すると「海」の領域が想像以上に拡大している。ポツンと正方形の「枠組」へと変形した「格納庫」だけが残されている。その巨大なコンクリートで固めた「枠組」の内部には、あの「飛行機」が沈んでいるに違いない。どうやら、「津波」は過ぎ去った後のようでした。大海原の「記憶」に戻ろうとしていたのです。
 ところが、「状況」が変質変異していることは、「海」を観るよりも明らかでした。一見強固に見える「枠組」は、一体何から何を「保護」する「目的」に在るのか。そして「保護」に対する「服従」は、一体誰から誰に求められるのか。大海原を「枠組」が漂流している。それは、民主主義と国家主権とのアンバランスな「関係」のようにも見えたのです。
 その「枠組」の中に一体の「人形」が視えて来たのです。その「人形」は、天空から一本の「命綱」で吊るされていました。時折、浮かび上がる「顔」は一瞬で消えて、白い紙のような「印象」は留めることはできない。「枠組」と「私」、その内部と外部では「虚偽」が満ちている。それらは、フェイクでは在るが、もう一つの「真実」でも在り得る。
 その「人形」は、もう一人の「私」でも在り得る、と想った瞬間でした。「命綱」は断たれて、私は物凄いスピードで「海中」に引き摺り込まれたのです。下降する「恐怖」が、私を支配して放さない。薄暗がりから、「悪意」は身を攀じらせて近付いて来る。
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by artbears | 2017-05-31 18:28 | 連白

夢を見た夢5:碧い大海原又は瞳の奥の精神、恐怖又は幻影としての格納された飛行機

 大海原を誰が飛行しているのだろうか、その「意識」に引き戻されたのは、「碧眼」の少女の「瞳」の奥に在る「精神」の美しさに「感嘆」の思いを抱いたからに違いなかったのです。それほど「海」は碧く、紛れも無く飛行していたのは、私の「意識」でした。それは、宙に舞う「羽衣」の肌触りのようにして、とても甘く、とても柔らかく、その「感触」に耽っていたのは、他ならぬ「意識」そのものだったのです。
 確か「飛行機」は故障していたはずで、それもテスト飛行と告げられていたのです。そもそも、あのような四方が「絶壁」に囲まれた天空の「飛行場」で、私が居たという「証言」を求められる「他者」は居ない。「夢」の中の「意識」は、相変わらずの知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。詰まるところは、私がいくら想ってもいかに思っても、私の「不在」は明らかでした。
 大海原を「私」が見下ろしているのだろうか、その「意識」に引き返したのは、眼下に巨大なクジラが泳ぐ「姿」が視えて来たからでした。先頭を行くクジラは数頭のイルカを従えていました。ゆっくりとした上下運動が進行方向を決めて行く。意思決定の「痕跡」は白い「波頭」となって、それは儚い「運命」のように生まれては消えて行く。邪悪な黒い「意志」が、彼等の背後に迫っていたのです。真っ暗闇の「海底」から、私の「不安」も急速に浮かび上がって来たのです。
 その「不安」から逃れなければいけない。私は無我夢中で走りました。その「足音」に追い着かれてはいけない。私は暗中模索で歩きました。「夕闇」が慌てて落ちてくる。「靴音」だけが取り残されて響く。気が着くと、どんよりとした「意識」の暗がりから、ぼんやりとした「飛行機」のシルエットが視えて来たのです。錆びた「鉄」と塩気を含んだ「海」の臭いが漂って来ました。ここは恐らく、海辺の近くの「格納庫」に違いない。それは恐らく、あの「夢」の中の「飛行機」に違いない。
 木製の観音開きの「扉」には、最新式の「電子錠」が取り付けられていました。思い付くあらゆる「番号」を入力したにも拘らず、「鍵」は施錠を拒み続ける。足元には「海水」がヒタヒタと押し寄せ、その「触手」が、私の「足首」を掴もうとしてくる、そのとき、私は「津波」の到来を「予感」したのです。振り返って視ると、あの「飛行機」が巨大なサメの「幻影」となって見えて来たのです。私の「不安」が「正体」を現したのです。
 私は「格納庫」の二階へと「階段」を駆け上がっていました。「階段」の踊り場には、正面に大型TVが設置されていて、「階段」は左右に分岐された「構造」になっていました。TVには、「電子錠」が赤く点滅して、やがて開錠され、「津波」が堰を切って流れ込んでくる「光景」が映っていたのです。「鍵」は誰が施錠したのか、私の「夢」が逆戻りを始める。あのとき、天空に向かう「道路」は「限界」にまで達していて、分岐された「道路」をハンドルは左に切られたのです。下降する「視界」が前方に拡がりました。「格納庫」が観えて、今にも「津波」に呑み込まれようとしていたのです。
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by artbears | 2017-04-29 13:01 | 連白

夢を見た夢4:猫又は碧眼の少女の笑顔、消失する文明と拡大する戦場での選択と集中

 交わした「約束」は守らなければいけない。それが「文明」と「文化」の違いだと言う。用意周到なパブロフの「犬」は、カウンターの「内側」に逃げ込んでいたのです。グラスを丹念に磨き上げながら、呟いていたのです。柔かな「文化」の変容が、頑なな「文明」の消失を加速している。至る所で「約束」が反故にされている。
 私の真昼の「恐怖」は、真夜の「階段」に映されて来たのです。それを「夢」は報せてくれる。それは、あたかも「怪談」のように語り継がれて来たのです。物音も発てずに「階段」を下りるゾンビの「大群」、或いは「洪水」」となって、その「光景」を背後の「目」は見逃さない。彼女をゾンビと化した「死霊」に引き渡してはいけない。「夢」のなかの「論理」は、なぜかイクラを嫌いになる「決意」を、私に強いたのです。
 白い「職人」の、器用でセクシーにすら見える「手」が、几帳面に「寿司」を握って差し出す。何時の間にか、カウンターも白木の「檜」に変わっている。飽食の「文化」を想う。「文明」の衝突はイラクで起きた。生臭い「戦争」の臭いが漂う。様々な「想念」が去来して、「注文」もしないのに目の前に置かれたイクラに、私は「憤慨」したのです。理不尽な「激情」に支配され、強く「両手」でカウンターを叩いたのです。それは、まるで「劇場」で拳を上げるヒットラーのように自己陶酔した「姿」に違いなかったのです。
 右隣には、豹柄のコートを着た「私」が座っていました。彼女は透かさず、私を諌めるようにして、両脇に抱えた二匹の白い「仔猫」を差し上げたのです。ブルーとグリーンの「瞳」が左右交互に入れ替わる。「碧眼」の美少女が猫のように笑う。私の「激情」は穏やかな「波紋」と同調する。彼女の「提言」とは、どちらかのペルシャ猫にイクラを与えよ、そのことで、イラクの「指導者」が決まると言うものでした。
 一瞬の微睡みの間、私は悩みました。どちらの「仔猫」も甲乙付け難く可愛いのです。すると彼女は、可愛い子には旅をさせよという「格言」を引き合いに出して、あくまでも「選択」と「集中」を迫るのです。彼女の「目」は猫のように輝いて見えました。
 その「目」に直視されて苦しくなった私は、路地裏を放浪する「黒猫」を「脳裏」に想い描きました。すると阿吽の「呼吸」というのか、彼女は、豹柄のコートの「模様」から一匹の「黒猫」を取り上げたのです。そして、私達は、あのゾンビの「大群」が「洪水」となって現われない「今」の内に、この「黒猫」の洗礼と命名の「儀式」を執り行うことにしたのです。「黒猫」はノラGと呼ばれました。
 「黒猫」には白木ではなく、もっと堅く荒々しい「素材」が似合うというのが、私達の元々の「見解」でした。つまり、清廉潔白ではなく清濁混合の「資質」が求められたのです。私達の「懸念」は当たりました。黒く塗り替えられたカウンターの周りには、次々と動物のゾンビが「席」を埋め始めたのです。「水面」が上昇するにつれて、「足首」も引き上げなければいけない。ハイチェアの一本の「脚」の周りをサメが不気味に「旋回」する。ところが彼女は、サメもサバも一文字違いだと言って、猫のような「目」を光らせたのです。
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by artbears | 2017-03-29 19:21 | 連白

夢を見た夢3:外界のゾンビ又は得体の知れない気配、内界のプールと混乱のステージ

 薄いペラペラのベニヤ板一枚が、私達を「外界」から隔てていたのです。一人でうっかりと、この「扉」を開けてはいけない。二人でしっかりと、この「扉」を抑えなければいけない。その暗黙の「合意」が阿吽の「呼吸」となって、私達を辛うじて「絶望」の崖っぷちで踏み止まらせていたのです。
 自壊した「街」の自閉した「扉」の向こう側では、ゾンビとなった動物の「死霊」が往来している。「鍵」は外側に在って、内側には無い。それは、余りにも不用心なことでした。彼等は様々な「能力」を持っていると聞くが、それは「逸話」に過ぎなくて、その「矛盾」こそが、彼等の「能力」に違いない。得体の知れない「気配」が、唐突に「背後」に回って来たのです。まるで雨上がりの熱い「抱擁」のようにして、私達を取り囲んだのです。
 薄いペラペラのベニヤ板一枚が、私達を「内界」から隔てていたのです。そのことに気付いた私は、この「扉」を押し開けることにしました。逃げるようにして「階段」を下りたのです。振り返って見ると、「扉」の向こう側では、何事も無かったかのように「死霊」が彷徨っている。振り返って考えると、それは、何ら「後悔」することではないが、恐ろしく条件反射的な「判断」だったのです。
 私の目が「暗闇」に慣れるに従って、地下室のなかのプールが現われて来ました。天井からポツリポツリと落ちる「水滴」が、気の遠くなるような「時間」の独り言のように見えたのです。「階段」はと言うと、その「波紋」の拡大と反復のなかに消えて行く。黒光りする「水面」の向こう側には、木製のカウンターが視えて来て、一度飛んだ私の「意識」が戻った「席」には、もう一人の「女」となった「私」が座っていたのです。私達は、分身との「再会」を果たせたのです。
 すると突然、左隣に座っていたパブロフの「犬」が耳打ちをして来ました。注意しなければいけない。彼もまた、ゾンビとなった「死霊」に違いなかったのです。彼の「諫言」めいた「予言」とは、未来の「指導者」はタマゴを食べるがイクラは食べない、それに加えて、「右足」に怪我をしているはずだと言うものでした。
 咄嗟に右隣の「私」の「右足」がクローズアップされました。視るよりも速く、安堵の「感情」は引潮となって遠浅の「彼方」に消えて行く。彼女の「傷痕」は「左足」に在り、それも修復されていたのです。ところが、彼女の「指摘」を待つよりも早く、私の「右足」はパックリと切り裂かれて、その「傷口」からタワワに実ったザクロのようなイクラが溢れ出している。真っ赤な「血液」が「水面」に滴り落ちていたのです。
 私の「動揺」を察した彼女は、イクラは魚のタマゴだと諭して、いつかきっと食べられるようになる、その「約束」を交わそうと「真顔」で言うのです。どうやら、私達の「夢」は「混乱」のステージに移行したようです。イクラが大好物であるという「事実」は隠すべきなのか、そして、この得体の知れない「気配」の正体を告げるべきなのか。既に「血液」の臭いを嗅ぎつけたサメの「背鰭」が、こちら側に向かって来るのが視えたのです。
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by artbears | 2017-02-27 17:19 | 連白

夢を見た夢2:白夜の雪山に向かって走る電車、絶たれた部屋の光と閉じられた扉の音

 五人の「友人」は白くて巨大なマスクをしていた。電車の「窓」には、その「証拠」が写し撮られていたのです。やがてガラスの歪みが、白い毒マスクに変えて見せる。二十日鼠の左右の「耳」のようにして、それは垂れ下がって見える。それは逆さになって見える。
 凍て付いたプラットホームに立った「私」は、彼等を待っていたのだろうか、それとも送っていたのだろうか、足先の氷結した「感覚」は麻痺して、その「解凍」を拒み続けていたのです。常に「解答」は先送りされてきたのです。
 一本の「線路」はひたすらひたむきに走っていた。白い「雪山」に向かって、二本が一本となって延びていたのです。消失点は文字通り消えて無くなる。二十日鼠ほど「短命」ではないにしても、一方通行の「人生」には他に選択肢は無かったのです。
 五人の「友人」は降車していたのだろうか、それとも乗車していたのだろうか、「夢」のなかの「私」は、そのことに無関心を装う。いつも答えようとはしない。とにかく彼等に追い着かなければならないのだが、彼等はプラットホームの反対側に視えたのです。
 私の「逡巡」を嘲笑うかのようにして、開かずの「踏切」は閉じたままでありながら、「線路」の左に寄り添う「側道」を足早に歩いていたのは、他ならぬ「私」でした。私は意図せずにして、彼等の「先頭」を歩いていたのです。ダルマさんが転んだ。振り返ると後方には、黒くて巨大な「山影」が迫っていたのです。
 五人の「友人」が一人二人と近付いて来ては、次々と「無言」で離れて行く。彼等の「横顔」は浮かぶのだが、彼等の「名前」は白く沈んで行く。マスクは外されたのだろうか。ダルマは起きたのだろうか。だれも答えようとはしない。私は「孤独」を噛みしめながら、それはいつものことだと呟いたのです。穏やかな「湖面」のような諦念の「心鏡」を眺めたのです。振り向くと前方には、白くて巨大な「雪山」が迫っていたのです。
 私は都合よく、左側に現れた「路地」に駆け込むことにしました。崩れかかった「建物」には、差し出がましくも「廃虚」という看板が架かっていたのです。その隣には、地球に優しいという「偽善」のテロップが電光掲示されていたのです。何となく目的とした「建物」は、満潮のように近くに現れては、引潮のように遠くに逃げて行くのです。
 一歩として歩いた「記憶」は無いのだが、微睡むことなく着いた「入口」の右側には、鳥籠のように吊るされた「水槽」が視えました。赤い「金魚」が喘ぎながら泳いでいる。飾り立てた「尾鰭」を左右に揺らしている。私は戸惑うことなく、堅く閉ざされた「扉」を無理矢理に開けてでも、「侵入」を決意したのです。
 思いっきり「扉」を引くと、白夜のように残酷な「光線」が雪崩れ込んだのです。小さな「頭」の黒いエプロンをした「女」が、大きな手の平で「頭」を抱えて逃げ惑う。奥の「部屋」に向かって走り去る。段々と小さくなる「扉」を開けて行くと、次々と狭くなる「部屋」が現れる。この「状況」は長続きするものではない。その「認識」の直後に「光」が絶たれたのです。大きな「扉」から順番に閉められる「音」が聞えたのです。
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by artbears | 2017-01-30 19:40 | 連白

夢を見た夢1:隆起する海面と錆び付いた海底の戦車、孤島又は孤独と録音された会話

 黒々とした「海面」が波立つように隆起して、前後左右に揺れている。それは、まるで「闇夜」を抱え込む「揺籠」のように見え始めたのです。遠くに視えたと思った「汽船」は、一瞬にして荒ぶる「高浪」の「魔手」に引き寄せられ、悲鳴のような「汽笛」が遠くに響いている。スルスルと「海面」が下降する「恐怖」が始まる。次の「海面」の上昇までの「時間」は短い。
 魚眼レンズのような「船窓」は、その「汽船」の船底にあったはずでした。その「船窓」からは、奇妙に明るく白濁した「海底」が視えていたのです。目を閉じても、同じ「光景」が見えるに違いない。長々とした呪文のような「会話」が続いていたのです。
 白々とした「海底」を覗き込むと、何台もの錆び付いた「戦車」が「海底」に沈んでいました。一台の赤く塗装された「戦車」が、まるで着陸体勢に入った「機体」のようにして、ゆっくりと「海底」を目指していたのです。それは、段々と錆びて行く。「腐食」は「死」のように着々と進んで行く。耳を塞いでも、長々とした念仏のような「会話」が続いていたのです。
 振り向き様に視えたのは、巨大な「客船」のまさに出港しようとする「後景」でした。「夢」は突拍子も無く「切断」されて、何かの拍子で別様の「光景」とつながる。絶海の「孤島」に取り残されているという「孤独」が側に立って居たのです。遠くの後部甲板では、何人かの「人影」が見え始めました。彼等の「会話」に「耳」を側立てるのですが、それが呪文であるのか、念仏であるのかは判り様が無かったのです。
 兎にも角にも「切符」を買わなくてはならない。遊技場からの「出口」を入った直ぐのカウンターには、ブロンドの「女」と脚の不自由な「男」が並んで立っていました。彼等の「関係」は親子の様にも見えるが、見方を変えると「恋人」の様にも観えなくはない。彼等の「背景」だけが、穏やかな「海面」と晴れ渡った「青空」であることが、却って「不安」を募らせる「原因」となったのです。
 彼等との良好な「関係」を築くことの難しさは、「想像」に難くは無いことでした。固い「意志」と硬い「遺志」を守らなくてはならない。それは、彼等の父親が「癌」で亡くなったという捏造された「記憶」が浮かんで来たからかもしれない。かくの如く「真実」は絶えて久しい。「出口」の反対方向に「視点」を移すと、多くの「捨石」が積上げられていました。一丁の「拳銃」が隠されていることが仄めかされていたのです。
 兎にも角にも「切符」を買わなければならない。その「状況」は「結癌」のように微動だにしない。途方に暮れて、荒れ狂う「海面」の反対方向に「視線」を移すと、緑豊かな「丘陵」を「背景」に競馬場が視えて来ました。その「場所」に駆け付けるや否や、ゲートは開かれて、「狂馬」は我先にと「山頂」を目指したのです。カウンターに居座る「看守」にも見える「男」に尋ねるしかない。彼は「馬券」は売れるが、復路の「切符」は売れないと言い放つ。その「会話」がテープに録音されて、重複と反復を繰り返していたのです。
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by artbears | 2016-12-30 18:16 | 連白

森のなかの一脚の椅子、言葉に依って繋がる裏表の世界、思考のなかの一輪の薔薇の花

 晴天の「青空」を裏に返すと満天の「星空」に置き換わっている。それは、靄のような「欲望」が薄く長く棚引く「夢」のなかに於いては、往々にして起ることでした。それが朝方なのか、それとも夕方なのか、その無意識の「欲望」は教えてはくれない。その「欲望」は何かの「出現」の機会を与えているに過ぎない。「森」のなかの頑丈な一脚の「椅子」に沈み込むようにして座ったという「記憶」だけが、「私」の周りをゆっくりと回っていたのです。
 再び、トランプを素早く切る「手」が浮かび上がって来たのです。カードは手早く配られて、テーブルの上の複数の「手」が忙しく動いている。カードを表に返すと、赤い「戦闘機」が「青空」を飛行している。カードを裏に戻すと、青い「潜水艦」が「星空」を潜行している。巨大な鼻孔のような「暗闇」では、犬のような「顔」の白い「男」がしきりに指をパキパキと鳴らしている。彼に手の内を明かしてはいけない。言うまでも無く、他の二人の「顔」も「暗闇」に隠れて良くは見えなかったのです。
 時折、上目遣いの「視線」が、何かを催促するように投げ掛けられるのです。ほとんど聞き取れない「言葉」が行ったり来たりしているのです。それが儀式なのか、それとも遊戯なのか、「夢」のなかの「私」には答えようもない。トランプという「言葉」が無ければ、その「行為」の「意味」するところは見えては来なかったのです。
 「夢」のなかに於いても、「言葉」の存在は大きなものでした。その「世界」の環境は、この「世界」の自然とは異なる「次元」に成り立つものでした。ディテールはほとんど無視されていて、そう、「宇宙」のような曖昧模糊とした「空間」でありながら、その比喩される「概念」自体が既に「言葉」によって創られていたのです。
 それでは、この人工的な夢幻の「世界」に於いても、「言葉」の内には「命」があり、それは人を照らす「光」と成り得るものであろうか。「私」は「光」を求めて前後左右を見回しました。蝋燭の外炎のような、白黒映画の残影のような朧げな「光」は感知すれども、それは決して「暗闇」のなかで輝き、暗黒の「闇夜」に打ち勝つものではなかったのです。
 トランプを切る「手」が消えて、その「名前」が浮かび上がって来たのは、その後のことでした。彼がキングなのか、それともジョーカーなのか、そのことは「予知」できない。全てが「闇夜」のなかで決められようとしている。スリーカードが揃わないことに「憤懣」を抱き、「寛容」を失った白い「男」は、一人二人とカードをテーブルに叩き付けて立ち去ったのです。目の前には、無骨な一脚の「椅子」だけが残されている。ダークサイドの「拡大」が続いている。
 私の「意識」が「森」のなかの「椅子」に戻ったのは、暗黒の「深海」に沈潜していた「意識」が何かの「浮上」の機会を得たからに違いない。それは、強く鋭く射し込む「光」だったのかもしれない。仄かな「光」に包まれた「椅子」だったのかもしれない。
 私は「森」という抽象的な「概念」のなかにいたのです。つまり、一つとして具体的な木々の「名前」が想い浮かばない。この裏の「世界」では、表の「世界」の「言葉」に即物的に反応することはあっても、観念的に「世界」を創造することはなかった。万物は「言葉」に依って成り立つことは一つとして無かった。万物の「意味」は見えなかった。
 もしかしたら、私は無知蒙昧なる「大海」のなかにいるのかもしれない。時に「海面」に漂い、時に「深海」に沈んでいる。「視覚」をしても、「聴覚」をしても、「嗅覚」をしても、万物の「本質」の欠片すら掬い取ることはできない。私はどこから来て、どこへ行こうとしているのか、そのことを誰も教えてはくれない。
 私の「網膜」に朱い「人影」が転写されたのです。私の「思考」が「光」を分析して、その「虚像」を見せるのです。それが「虚像」なのか、それとも「実像」なのか、何れにしても、彼女も「闇夜」を歩いているのは間違いない。その「姿」は、まるで一輪の薔薇の「花」のような「沈黙」に満たされている。その「沈黙」は、あらゆる「言葉」を以てしても語り尽くすことはできない。
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by artbears | 2016-11-30 19:54 | 連白


ソフトマシーン・やわらかいきかいのひとりごとです
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