夢博士の独白



カテゴリ:夢白( 14 )


左眼の憂鬱又は迫りくる白壁への不安、左岸に咲き誇る山桜と無意識に沈む救済の言葉

 私の「意識」は「夢」との境界を越えようとしていたのかもしれない。白夜のような「夢」の中、無意識の厚い「雲海」を通り過ぎる。どこかで着信音が鳴っている。「夢」が「現」に呑み込まれていく。親和性のある小さな「部屋」に降り立ったことが知らされる。私の「意識」のドアが開かれて、明け方の微かな「光線」が差し込んで来たのです。
 白い二枚の「壁」が左右に段違いになって、薄暗がりの「空間」に浮かび上がっているように視えたのです。それは、近くに在りながら遠くに感じる、なにか蜃気楼のようなものが立ち上がって来る「気配」でした。その表面には、朝方の「光線」を受けて白っぽくなった「壁」を背景にして、ワイングラスの「影」がぼんやりと写し出されていたのです。私の「意識」は、再び蝋細工の「手」となって、その「幻影」を掴もうとしたのです。
 「光線」は清らかで、透き通るようでした。グラスの中では、赤と白の芳醇なる「海」が揺蕩っているように視えたのです。「光線」が身体を僅かにかすめる。それを覚える。でも、私の「手」は震える「影」としては写らない。「手」が宙をつかむ。その一瞬の出来事の後にグラスは消えたのです。そして再び、「壁」は白っぽさを取り戻したのです。それは、引潮の後の「浜辺」のようでした。
 しばらく「壁」を凝視する、そして息を呑む。すると「砂浜」から滲み出る「砂絵」のようにして、「海面」から顔を覗かせる「海石」のようにして、ワイングラスの「影」は再び浮かび上がって来たのです。私の「脳」は、それを視ることを欲していたのです。それは、私にとっての至福の「時間」の象徴でもあったからでした。
 左の「壁」が右のそれよりも迫って来るように視えるのは、恐らく、私の「左眼」が遠近感の調整が上手く出来ないからに違いなかったのです。そう言えば、グラスにワインを上手く注げなかったことが思い出される。「血液」がグラスを伝う。「血糊」が紅く付着する。私の「左眼」は依然として病んでいたのです。    
 それを知ってのことなのか、左の「壁」が一段と近付いて来るのです。右の「壁」よりも大きく視える。両目の焦点が合わない。逃げ場がないという恐怖の「感情」が溢れる。その白濁した「色」、その茫洋とした「形」、それらの説明を拒絶した「存在」の不気味さが、私の「意識」を震撼させたのです。私の「左眼」はバーガンディ色の「液体」で充満して、真っ赤に染まった「海」が間近に迫って来たのです。
 私は即座に、この不可解極まりない「状況」から逃亡を計らなければならないと考えました。あの無意識の「雲海」に引き返して、この「状況」とは無縁の「言葉」を探すことにしたのです。私自身を救う「言葉」を欲したのです。「左眼」という「言葉」の呪縛から逃れたかったのです。私は再び両目を固く閉じました。
 「左岸」に咲き誇る「山桜」を視たという「記憶」は永遠に消えるものではありませんでした。無意識の「左岸」に一列になって咲く「山桜」、その両目が薄紅色に染まるほど鮮やかな様子に、私は何度も陶酔の想いに耽ったのです。「河川」は滔々と流れる。「桜花」が悠々と映る。その満開だった「山桜」も嘘のように散り終えて、「山野草」が繁茂する季節が知らぬ間に訪れるのです。「過去」に拘ることもない、「未来」を憂うこともない。あの「山桜」のように無知で無防備であってもよい。慈愛に満ちた「光線」が両目に拡がったのです。
d0078609_1930532.jpg

[PR]
by artbears | 2014-04-30 19:34 | 夢白

静謐で神秘に満ちた水面、揺れる一本の意識の樹と飛立つ小鳥達、覚醒した精神的感覚

 少しの間の忘我の「時間」は振り向いてはくれない。吹き抜ける「風」が初めて、「時」の経過を気付かせてくれたのです。私の心臓の「鼓動」はと言うと、正確なリズムを刻むまでに安定していました。それに呼応するかのようにして、「水面」は、静かに限りなく静かに「振動」を開始したのです。それは、完璧な「瞬間」が身震いしているようでした。永遠なる「時間」が天から垂直に降下して、水平に展開しているようでした。それらの「瞬間」が「波紋」となって増幅し、やがて力尽きて一輪二輪と消えて行ったのです。その「光景」はとても静謐で、謎めいた神秘に満たされていたのです。
 少しの間の忘我の「時間」は引き返してはくれない。その「尻尾」を掴むこともできない。それに、私が忘れた「我」とはいったい何者なのか、その「我」とは失われた私の「意識」なのだろうか。ならば始めから、忘却の彼方の出来事だったとの「仮説」も成り立つ。私が私を「意識」したからと言って、それが、私の「存在」を証明しているとは言えない。私の「意識」は夢現の世界に点滅する「燈明」のように危うく思われたのです。
 吹き抜ける「風」が再び、私の「身体」に触れて通過して行きました。滑るような心地良さを感じました。息が詰まるような「静寂」の中、私はいっそのこと何もかも忘れて、眠ってしまいたい「誘惑」に駆られたのです。私は「死」を身近に感じたのです。しかし、私の一部の覚醒した「意識」は、それを許してはくれない。それは精神的な「感覚」でした。そして、私の断片的ないくつかの「記憶」が、混沌とした「意識」の「水面」に映し出されたのです。全体に青いイメージの「水面」が広がり、黒い頑な「線」が何かの「形象」を生もうとしていたのです。
 一本の「意識」の「樹」が浮かんで来ました。何本かの細くて黒い「枝」が揺れている。それは、動揺した「心理」のようにも視えるし、嘲笑と失笑を抑えた「感情」のようにも取れる。一本の太くて黒い「幹」が貫いている。それは、天から下された「啓示」のようにも視えるし、本能的な「欲動」を制御する「理性」のようにも取れる。様々な過去の出来事が「形象」として現れることを欲して、それが崩れて溶けて、今度は未来の出来事を「暗示」するかのように現れる。私の「意識」が揺れる、だんだんと薄れる、引潮のように逃げる。梢に群がる小鳥達が一羽二羽と飛び立つようにして、私の「意識」は消えて行ったのです。
 私の「目」はゆっくりと開きました。忘れられた「意識」が何処かから戻って来たのです。その「意識」は、少し前には誰かが「我」と呼んでいたものでした。しかし、その「意識」は私自身を決して忘れてはいなかった。そして、私は決して独りではなかった。突然の着信音が、そのことを報せてくれたのです。
 蝋細工のような誰かの「手」の動きが止まった。その向こうには、馴染みのある「色彩」が視えた。それは黒と呼ばれる「色彩」だった。次に、私の「手」だと判断できる身体的な「感覚」が蘇って来た。「色彩」と「物質」の名称とが手を結んだ。その時、一筋の「涙」が頬を伝って流れるのを感じたのです。そして、その純粋無垢な「物質」こそが、私の「存在」を証明していると感じたのです。この身体的な「感覚」を遥かに超えた「時空」で、誰かと確かに繋がっているという精神的な「感覚」が、私の「意識」を強く揺り動かしたのです。
d0078609_132787.jpg

[PR]
by artbears | 2014-03-30 13:04 | 夢白

死の代理人としての鮫、影の動き又は剥き出しの裸形の時間、穏やかな水面に写る精神

 私は大きく仰け反って、後方に退こうとしたのです。私は「暗礁」に乗り上げた無防備な「帆船」のような自分を思い浮かべたのです。「鮫」の大きく開いた「口」が迫る。卑猥で官能的な頭部には、焦点の定まらない「目」と陶器のような白い「歯」が視える。満たされることのない「食欲」の触手が、胃袋へと繋がる「暗闇」の奥から延びて来る。私を引き摺り込もうとする「魂胆」が視える。私は焦りました。私は再び後方に退こうとしたのです。しかし、あのプラスチックの「右腕」は、結局は何の役にも立ちませんでした。その上、動く意思のない「驢馬」のように頑迷固陋な「両脚」は、どことなく無気力で投げやりな雰囲気を漂わせていたのです。とにかく「両脚」に重い疲労感があったのです。
 私は、この永遠に余計な存在として憔悴し切った「両脚」を見続けるしかないと思ったのです。動かない、動かせない「現実」からは、例え、それが「夢」の中であっても逃れられないことを思い知らされたのです。
 「海面」からの反射は、相変わらずに眩しいものでした。その「光線」に幻惑された私は、もう少しで、あの「鏡」のトリックに騙されるところだったのです。私は、それを何とか回避したのですが、今度は、足元の水溜まりに写るもう一つの「鏡」に魅入ってしまいました。それは、私の内面を写した「鏡」だと、あの狡猾で残忍な顔付きの「鮫」は、私の傍らに擦り寄って来て、私の耳元に甘い「吐息」を吹き掛けながら囁いたのです。
 口元には、嘲笑的で冷淡な微笑みが漂っていました。しかし、どんよりと灰色に曇った「目」は、決して笑ってはいなかったのです。その「目」は真っ直ぐに私を見据えて、容赦のない眼差しが「鏡」に写っていたのです。私は固唾を呑んで、水溜まりに写る私自身と、その背後に見え隠れする「影」を追いました。目には涙が溢れて来ました。その捉えどころのない「影」の動きに、私の「精神」は苛立ち、私の「目」は疲労困憊したのです。
 「影」は小刻みな足取りで歩いている。突然、目に見えない「危険」に遭遇したかのように脅え慄き、その「場所」で立ち止まる。そして、再び我に返って歩みを開始する。前から見ても、横から見ても、後ろから見ても「影」は変わらない。しかし、その順番で必ず「変化」が繰り返されている。それは新しい「事件」でした。だからと言って、驚くようなことではなかったのです。
 私は「未来」を視ているのだろうか。それとも次に現れる「事件」を想像しているだけなのだろうか。「過去」と「現在」が溶け合って、「未来」の形成に立ち会っている。一つの「瞬間」が、それに続く次の「瞬間」を実現している。剥き出しになった裸形の「時間」が、そこに在ったのです。そして、その「影」が、いつか「視界」から消えることも「必然」の出来事だと思ったのです。あの「鮫」は、「死」の代理人に違いなかったのです。
穏やかで、密やかに波紋の拡がる「水面」を観たいと、私は心底思いました。人知れず咲いては散る「桜花」のように、心地よく山並みを吹き抜ける「涼風」のように存在することは出来ないものかと想ったのです。例え、それが一夜の儚い「夢」の中での出来事であっても、私の「精神」が癒されることを願ったのです。静かな「水面」を目で探る。「風」の動きを読む。穏やかな気持ちで待つ。昂る心臓の「鼓動」が聞こえたのです。
d0078609_1940684.jpg

[PR]
by artbears | 2014-02-28 19:42 | 夢白

一瞬の蒼い影と亡霊のような白い影、硬直する肉体と弛緩する精神、言葉を失った思考

 不意にひとつの「光景」が脳裏から離れなくなったのです。それは、無人の黒い自転車が、私の「内部」を通り抜けて行くというものでした。痛みはなく、私の「皮膚」は生きていない。それは、凍傷のような「痕跡」を残して通過して行ったのです。
 「内部」が反転して「外部」となる、というイメージが浮かんだのは、その後のことでした。ならば「外部」に、この「光景」は写し出されるのか、そもそも「内部」と「外部」の境界は存在するのか、取り留めも無い「思考」が浮かんでは消えて行きました。私は周囲を見回して、この「悪夢」から身を守る何か堅牢なものを探し求めたのですが、そのようなものは何ひとつ無かったのです。いつものように「不安」が、私を占拠したのです。
 そのことが、私をひどく苛立たせました。なぜならば、私には、このふわふわと漂う「幻想」を信じることも、振り払うことも出来なかったからなのです。ひとつの「悪夢」が消え、次の「悪夢」が現れるのを待つしかないのです。
 私は「海岸」に居たはずでした。この「記憶」もまた、実体の無い、まやかしに過ぎなかったのです。突然、目頭が小さな痙攣で震える。口元が大きな恐怖で微笑む。私は不快感を覚えました。その「幻想」がもっと弱々しくて、抽象的で、もっと控え目なものであってくれたらと願うしかなかったのです。
 正確に言うと、私は「海岸」の波打ち際に居たはずでした。その波打ち際には、麻で編まれた茶色のジャケットが打ち寄せられていたのです。太古に凝固した溶岩が熱く視え、私の「皮膚」は白く冷たい。私は降りて、それを鷲掴みにした。一瞬の蒼い「影」が動いた。拾い上げた私の「右腕」を食い千切った「鮫」は、得意満面の「表情」で頭部を何度も左右に振ったのです。紅い「鮮血」がぱっと海を染める。私は、その「光景」にぞっとする。やがて、その「鮮血」は、海の「透明」に希釈されて消えて行ったのです。
 「時間」が早送りされました。私の再生を果たした「右腕」に気付いたのは、ジャケットの袖口から黒いプラスチックの「義手」が視えて、それが器用な手つきで胸元を開いた時のことでした。「裸体」の私を覗き込む。小さな「興奮」が視える。一本の黒光りする「指」が伸びて、何かに触る仕草を見せる。硬直する「肉体」と弛緩する「精神」が合体する。そのジャケットのブランド名は「MIRROR」と読めました。確かに「鏡」は海の属性とも言えるのです。
 「時間」が再び巻き戻されました。足元でちゃぷちゃぷと打ち寄せる「波」の音がする。見下ろすと、私の「右脚」がだらりとぶら下がる。それは、何かの舞台装置のように奇妙な「物」として視える。「左脚」の足首には、小さな紅い「尾鰭」の魚が集まっている。それは、誰かの凝固血液のように鮮烈な「色」として視える。不意にひとつの「光景」が存在の「秘密」を語り始めたのです。
 我に返ると、私はコンクリートの「堤防」に腰掛けていました。すると、何かの気配がしたのです。耳元で囁く甘い「声」がしたのです。亡霊のような白い「影」が現れたのです。その「声」は、男と女はどちらがセクシーか、と私に問い掛けました。私の「思考」は「返答」を探し求めるのですが、「言葉」は海に向かって逃げるのです。
 黒い「背鰭」が真っ直ぐに近付いて来る。まるでナイフのように鋭利な「先端」が光った。
d0078609_200399.jpg

[PR]
by artbears | 2014-01-31 20:20 | 夢白

永遠なる時間と特別なる瞬間、夢の中で開く夜の花、崩壊する内なる文明と精神の矛盾

どのような特別な「一瞬」であっても、決して私の「内部」に留まることなく、何の未練も残さずに規則的に通り過ぎていくのです。それは、夕方の雷鳴の大きな「音響」も、朝方の曙光の微かな「色彩」においても然りなのです。どのような特別な「一瞬」であっても、いつかは均質的な「時間」の流れに合流して、いつもの無気力なしなやかさを取り戻すのです。そう、「時間」は常に、私の「外部」に存在していたのです。目が覚めて「意識」の一部が開いた時、「夢」の出口に立っている私の「後姿」がぼんやりと見えて来たのです。彼は恐らく、中途半端な自分自身の「存在」に戸惑っていたに違いありません。彼は「夢」の入口に消えていくもう一人の私の「後姿」を見ていたのです。彼は振り返った。その「顔」は鏡の中の「死者」のそれのように蒼白だった。そして、その「瞬間」がどれほど衝撃的であっても、過ぎ去った「時間」として平等に処理されていくのです。やがて「夢」の入口と出口は合体して、その「狭間」で束の間の「生命」を与えられた私の「分身」は消えていきました。しかし彼等は、私の想像の及ばない異質な「空間」で棲息しているのかも知れない。それを思うと、私の心臓は鼓動を速めた。とても甘く、とても柔らかい息遣いを身近に感じた。誰かがここに「存在」する。目が覚めて「意識」の全部が開いた時、存在への「認識」が、私を捉えていることに気付きました。「思考」が背後から始まり、「認識」に追い付いたのです。しかし、この「認識」が明日も生れるという誰の「保証」も無く、明日の朝自体が訪れるという何の「根拠」も無かったのです。あきらかに「世界」は無数の「認識」の下に存在している。しかも日々の新陳代謝を繰り返している。にもかかわらず、そのことを他者の「内部」に入って確かめることはできない。結局は、一つの「認識(神)」が存在するという「前提」で生きていくしかなかったのです。私は「認識」の背後にある「思考」を止めました。すると、未明のまどろみの中、無意識の深く暗い「空間」を逃げる私の分身の「後姿」がぼんやりと見えて来たのです。彼は恐らく、無我夢中で自分自身の「存在」を消そうとしていたに違いありません。なぜならば、「夢」の中においては、思考する「主体」は存在しなかったからでした。私の「分身」に与えられた役回りは、私の「精神」のあくまでも「影」として振舞うことだったのです。私はやっとの思いで、その「影」に追い付きました。合体した我々を待っていたのは、「夢」の中で乱れ咲く「花園」だったのです。「芥子」は赤い花を咲かせ、「百合」は白い花を咲かせていました。夢の中で「夜」が大きく花開いていたのです。天上は弱々しい「月光」に照らされ、地上は黒々とした「暗闇」に侵食されていました。我々が左に進路を取ると、ネオンの「色彩」が揺れる夜の「街」がいきなり現れて来たのです。それは、まるで水槽に閉じ込められた「熱帯魚」のように儚く悲しげでした。雨の降る熱帯ジャングルの「静寂」が視えたのです。「音響」の無い稲妻が光りました。月の「狂気」は水溜りに移されたのです。我々が右に進路を取ると、鮮やかな「色彩」が目に飛び込みました。嘘の花と歌われた夜の「蝶」が飛び交っていたのです。「嘘偽」を肴に酒に酔った「蝶」が舞うという。それは、正気を失った「狂人」の乱舞のように視えたのです。私は「一瞬」、こんなはずではないと感じたのです。なぜならば、この「世界」には「時間」の概念が無いように思われたからでした。ただ亡霊のような「空間」が茫洋と拡がっていたのです。それに、脳裏に映像化された全ての「情報」には既視感があるのですが、全体として現れるとどこかが完璧に狂っていたのです。部分と全体が整合性を失っていたのです。私の「精神」は、この「世界」が生活社会とは異なった「次元」で形成されていることを、そして、一つの「認識(神)」が存在するという「場所」でもないことを「感知」したのです。私は一刻も速く、この「空間」から脱出することを最優先にして「出口」を探しました。私は無我夢中で走ったのですが、地に足が届かない。空回りばかりなのです。おまけに足には「捕虫植物」が纏わり付いて来る。夜の「街」のネオンは水溜りに溶けて、月の「狂気」がそれを笑う。まさに出口無しなのです。ところが、夢は必ず「朝」に閉じると思った「瞬間」、私の「意識」の一部が開いたのです。ぼんやりと朝の「街」が視えて来ました。そこでも、文明社会の崩壊が始まっていたのです。私の「精神」は、解決策の見えない不透明な「時間」の流れに身を任せるしかなかったのです。
d0078609_1852431.jpg

[PR]
by artbears | 2013-08-28 18:52 | 夢白

黒いシルエットは屋形船か宇宙船か、凍て付いた意識と鋭敏な感覚、純粋なる存在と私

雲か霞の如く、数多くの「花火」は大輪を咲かせては惜しまれながら消えて行き、夜空には月や星が元の姿を現していたのです。その中にあって、一本の「光跡」を描いて頂点を目指した「火炎」は、不本意ながら不発となって、反対側に同じような「円弧」を描きながら落ちて行きました。その右上の夜空では、向日葵の花の如く、小振りの「花火」が大きく四方に開いて、しばらく無言で白く輝いていたのです。雨はすでに止んでいました。冷気を含んだ風が流れていたのです。両岸に渡された木製の「橋梁」は、黒く美しい「影絵」となって、深い藍色の「水面」に映っていました。水平線は低く位置していました。夜空が無限に拡大していたのです。上空の雲も下空の霞も少しずつ散り始めていたのですが、どこか不安をかきたてる「空気」は、いつまでも漂っていたのです。「水面」には、数多くの「屋形船」の黒いシルエットと、その船内の今にも消え入りそうな蝋燭の「炎」が浮んでいました。それは、「星空」の神秘をしっとりと写し出しているようにも視えるのですが、どこか不気味な「宇宙船」と、その船内の「光源」のようにも視えたのです。私の「意識」は、小高い丘陵の頂上付近から、この「光景」を俯瞰しているように想われました。それは、私という小さな存在を超えた、大いなる「宇宙」からの視点のようにも感じられたのです。天上を見上げると、夜空に輝く無数の「星」が今にも零れ落ちそうに視えました。地上を見回すと、蒼い森に囲まれた「泉」の水際で、独り佇む私の「意識」を見付けたのです。滾々と湧き出る「泉」は、「記憶」の水源の如く、豊富な「情報」を湛えているに違いありません。私は黒光りする「小石」を拾って、「泉」の中心に向かって投げ入れたのです。それは、黒く美しい「円弧」を描きながら着水しました。「波紋」が拡がりました。「記憶」が急速に甦って来たのです。それは、遠い「過去」か近い「未来」の出来事のはずでした。竹林の「小道」を散策していた私は、時折、音も無く吹き抜けて行く涼やかな「風」に心地良さを感じていたのです。気が付くと、太陽は西の地平線に姿を消しつつあり、それに合わせて「影法師」の黒いシルエットも移動しました。「向日葵」の花は西を向いてこうべを垂れ、すでに散ってしまった花びらは、それらが「大地」に帰することを物語っていたのです。突然、真っ赤な嘴の「鳳凰」が羽ばたくと、午睡に耽っていた「小禽」は慌てふためき、天空を目指して舞い上がりました。蝉の鳴き声は無く、脱殻だけが残されていました。「盛夏」を前にしてのアンニュイな「空気」が漂っていたのです。そして、しばらく歩くと黄昏時となり、この滾々と湧き出る「泉」に再び巡り合うことができたのです。私は、あらゆる森羅万象をことごとく写し取った感のある、この澄み切った「泉」に見惚れて、その「水面」を覗き込みました。すると、そこに写る私の顔色は朱色を帯びていて、目の周りには紺色の隈取ができていて、「山猫」のそれのような尖った耳が生えていたのです。そして私の背後には、私を取り囲むようにして、穢れ無き大きな黒い瞳をした数頭の「小鹿」が現れたのです。その時のことでした。上空では数発の「花火」が炸裂して、不発となった「火炎」が猛烈な勢いで落下して来たのです。動物達は慌てて逃げ惑い、黄金色の光に包まれた私は、私の「影法師」が「泉」に溶け込むのを見ながら、私自身が凍て付いた水の中に浸るような鋭敏な「感覚」を覚えたのです。私は私自身をほとんど純粋な「存在」のように感じました。それは、私を取り囲む「状況」の純粋さに、私自身が支配されたことを意味していたのです。この危機迫る研ぎ澄まされた夜の「空気」は、そして、この氷のような水の「感覚」は実に純粋でした。一個の感覚器官と化した私は、水の「分子」の一つひとつと一体となって、「水底」へと沈潜を始めたのです。「水底」は意外にも、しっかりと安定していました。水上を見上げると、水面に写る無数の「星」が今にも零れ落ちそうに視えました。水中を見回すと、硬い岩に囲まれた「泉」の水源で、独り佇む私の「意識」を見付けたのです。滾々と湧き出る「泉」は、「記憶」の水源の如く、豊富な「情報」を気泡のカプセルに閉じ込めて、水上に向かって解放っていたのです。そして、私の「意識」は再び「影法師」と一体となって、「記憶」はランダムに結合して、気紛れな「創作」が始まったのです。もはや、水上に浮ぶのは「屋形船」であるのか、それとも「宇宙船」であるのかの判別の「根拠」は、私の記憶ファイルには残されていなかったのです。
d0078609_18483791.jpg

[PR]
by artbears | 2013-07-31 18:49 | 夢白

黒い能面と突き刺さった視線、絶対の経験と存在の偶然性、異界からの不可視の来訪者

黒い「色」も丸い「円」も、そして、この突き刺さるように感じる「視線」であっても、それらは、私の「脳内」のスクリーンに映し出された純粋で数学的な一つの「観念」に過ぎないと思われたのです。この宇宙的とも呼べる広大無辺の「空間」に漂う一つの「観念」に過ぎないと思われたのです。なぜならば、それらは、「言葉」の枠内で説明が付き、理解を得ることのできる「世界」に属していたからでした。私に見えていたのは、抽象的な創り事、そう、人間の「観念」だったと言えるのです。然るに、未明の薄明かりの中、恐らく、私は「夢」と「現」の境界線を往復していたのだと推測されるのですが、そんな私が、ブロック塀の折れ曲がった「角地」で、黒くて丸い「能面」を着けた「痩男」と出会いがしらにすれ違って、その衝撃的な「経験」に慌てふためき飛び起きてしまった。以来、その時に突き刺さった彼の鋭い「視線」は、私を「不眠」の世界に引き擦り込んだ。そして、この偶発的であるが故に絶対的な「経験」を、どうしたら「言葉」の枠内に収めることができるのだろうか、と悩み始めた私は、増々「不眠」の泥沼でもがき苦しむことになった。それが、ここ数日の私の体たらくぶりの原因でした。この「精神」の昂ぶりは、アルコールで麻痺させても、「問題」の根本的な解決にはならなかったのです。なぜならば、私が視たのは、単なる黒い「能面」ではなかったからでした。それは、この「世界」に自明の事実として存在する、山を覆う木々や、草むらの臭気や、砂の粗い粒子や、市場に並ぶ魚貝と何ら本質的に変わるものではないのですが、それら、物事の多様性、個別性という仮象の「仮面」が剥げ落ちた後に現れて来る、得体の知れない怪物じみた、黒くて無表情な「能面」そのものだったのです。それは、不条理性に満ちた、「言葉」での説明をいっさい受け付けない「存在」の不気味さでした。しかも、この「世界」は、そのような「存在」で溢れている。そして、その「存在」は必然ではなく、偶然性以外の何ものでもなく、それ故に絶対であり、還元不可能な無償性を唯一の「根拠」にしていたのです。私は、この「根拠」の曖昧性に絶望的な「不安」を懐き、慄き狼狽してしまったという訳だったのです。そんな私が、もう一度、あのブロック塀の「角地」に戻ろうと思い立ったのは、やはり、未明の薄明かりの中、やっとの思いで手に入れた浅い「睡眠」でのことでした。ブロック塀は、軽々と宙に浮いているようだった。その背景には、水色の「空間」が拡がっていた。水気を含んだ「雨雲」が重くゆっくりと沈んで行く。「風雨」が、私の顔面に突き刺さっているように感じる。足元がぐらぐらと揺れている。足場がぼろぼろと崩れている。この再現性の無い一回性の「夢」の中で、誰がいったい、この「舞台」を用意したというのだろうか。誰がいったい、どの「演目」を舞えというのだろうか。はたしてシテは誰で、ワキは誰なのだろうか。「夢」もまた、「言葉」による「意味」の形成を受け付けない、無償性を唯一の「根拠」とする「現象」に過ぎないと思われたのです。私は「角地」に立っていました。眼下には奈落の「谷底」ですらも視えない。ふわふわとした気の定まらない浮揚感、どろどろとした形の定まらない不安感が、私の身の周りに集まって来る。一歩を踏み出すこと、その戦慄の「恐怖」と、その後の恍惚の「快楽」への誘惑を、耳元で囁く誰かの「声」がする。それを踏み留めさせようとする別の「声」とは、私の「精神」なのだろうか、と考える「意識」が表れては消えて行く。「夢」の中においても、自分自身との「関係」は存在していたのです。すると突然、「雨雲」が、奈落の「谷底」から浮かび上がり、あたかも「能舞台」の見立てのようにせり上がって視えたのです。その「舞台」では、白い「能面」を着けた「小面」が、幽玄の美の「世界」を舞っていました。その「世界」では、内的必然性としての自分自身の「死」が謡われ、そのことが、優美に誇らしげに演じられていました。私は、その白い「能面」は生きていると感じたのです。なぜならば、その「能面」には、過去から未来へと無数の観る者の「視線」が突き刺さって行くことにより、観られる者としての「生命」が宿っているように思われたからでした。それは、女性であるのか、男性であるのかを超越した「面相」でした。そして、その「能面」こそが、能楽師をして、「異界」(超越性)からの不可視の来訪者であるシテを演じさせていたのです。そして、ワキこそが、観る者をして、「異界」の存在を知らしめていたのです。「視線」は常に、不可視の超越者を観ていたのです。
d0078609_1956574.jpg

[PR]
by artbears | 2013-06-26 19:57 | 夢白

鏡面に映ったバレリーナ又は三羽の白鳥、湖面に映る幻としての記憶又は枯れ逝く鬼蓮

三方が鏡面構造になっている「箱」を、上方から覗き込んでいる私に気付いたのは、ちょうど「意識」が深い霧の立ち込める「夢」の中を彷徨っていたときのことでした。「箱」の中央には、回転するチュチュが白い菊の花のように視えて、キュキュと鳴るトウシューズの軋む音が「白鳥」の鳴き声のように聴こえたのです。静寂の中で、白い「独楽」が自立回転を続けていたのです。そして、バレリーナが回転から静止のポジションを取る度に、透明で無臭の「汗」が周りに飛び散って、三つの「鏡面」には水分を含んだ「皮膜」が形成されたのです。その垂直に立つ「水面」には、正面と左右が別々の表情を持つ三羽の「白鳥」が映っていました。私は、その「白鳥」の、どの角度から観ても清楚で凛とした「容姿」に心奪われたのです。静寂の中で、孤独な「白鳥」の優美な「舞」が演じられたのです。ところが、私が目線を下げるに従って、新たに気付いたことは、私はコンクリートで固めた「湖岸」から迫り出すように伏せて、この眼下に繰り広げられる「光景」を観察していたということでした。胸元の真下には、下水管の大きな「口」が視えて、黒く濁った「汚水」がドロドロと流れ始めていたのです。その「汚水」が、バレリーナの白い「足首」にヒタヒタと迫り来ることを「予感」した私は、空間を隔離して立つ「鏡面」を三方に押し倒すことを思い付きました。「壁」は倒れて、その代償として鏡像空間は崩壊して、「汚水」は黒い不吉な「影」となって、まるで悪魔の手が「湖面」を覆い尽すようにして拡がったのです。この世の春とばかりに繁茂していた「鬼蓮」は、突然の「水質」の変化にもがき苦しみ、血反吐を吐きながら枯れて逝ったのです。何という「悲劇」、何という「哀歌」が演じられることになったのでしょうか。私は、未来に見るであろう「記憶」を幻視してしまったのです。そして、三羽の「白鳥」は、「湖面」のどこを探しても見当たらず、代わりに目撃されたのは、三羽の「白鷺」の餌を漁るみすぼらしい姿だったのです。私の「意識」は、あの美しい「白鳥」を探し求めて、再び深い霧の立ち込める「夢」の中を彷徨うことになったのです。暗中模索の中で、どこまでも延びる「線路」だけを頼りにして、私はトボトボと歩き続けました。それでも、その気の遠くなるような長い時間の中で、霧間から顔を覗かせる秋の「紅葉」の刻々と変貌する様子は、私の目を楽しませてくれたのです。すると、五里霧中の中で、古びたコンクリート製のプラットホームが徐々に姿を浮かび上がらせて来たのです。そして、灰色のモウモウとした「煙」を吐き出しながら停車する蒸気機関車が、まさに発車しようとしていたのです。ベルがけたたましく鳴り響き、私は間一髪で、自らの「命」を拾うことが出来ました。まさに「強運」の成せる業でした。プラットホームに駆け上がった私は、愛用のスマホの着信音に気付きました。しかし、ポケットから取り出したスマホは見知らぬゲーム機に変わっていて、どの「画面」にも「蛙」のアイコンが並んでいたのです。仕方なく「カエル、カエル」というゲームを選ぶと、周辺の稲刈りを終えた「田圃」から、一斉に蛙の「イタイ、イタイ」という合唱が始まったのです。雲散霧消の中で、過去に聞いた「記憶」がはっきりと甦ったのです。私は、後先を考えずに、動き始めた蒸気機関車に飛び乗ることを決めました。兎にも角にも、帰ることを優先すべき「事態」が起こったと判断したのです。乗客を乗せた「車両」はプラットホームを離れ、「車窓」からは蛙達が顔を覗かせ、あの三羽の「白鷺」の飛び立つ姿が視えました。次に、貨物を乗せた黒いコンテナが目の前を通過しようとしました。そして、そのコンテナのステップ台には、碧眼のなびく金髪が美しい、白の上下のスーツを着た「英国人」が、手摺を片手で掴んで立っていたのです。私は、彼の指示に従って、その黒い「箱」に飛び乗ることに成功しました。そして、彼はと言うと、天翔ける「英国人」となって、あの三羽の「白鷺」を追い駆けるようにして消え去ったのです。残されたのは私と、そして耐えられないほどの「沈黙」でした。ところが、それだけでは無かったのです。その「箱」の奥の暗がりからは、あの傷付いた「白鳥」の静かに横たわる姿が、まるで蜃気楼のような哀愁と郷愁を帯びて立ち上がって来たのです。彼女の穢れなき純白の「両翼」が覆い隠していたものは、真っ赤に腫れ上がった「足首」の痛々しさでした。私は、この「箱」の鏡面構造を「心」に想い描きました。そこには、真っ青に晴れ上がった「碧天」の下、黄金色に輝く稲穂が映っていたのです。
d0078609_18301086.jpg

[PR]
by artbears | 2012-10-30 18:31 | 夢白

落ちる水滴と拡がる波紋、忘れられた月又は湖面に写る壊れた月、研ぎ澄まされた詩情

少しずつ表情を変えるはずの「月」の存在が、私の毎日の「日常」から忘れられてしまったのは、いったい何時ごろの出来事であったのかと、「夢」の中でフッと想ったのです。月の「風情」が、私のカレンダーから消えているのです。と言うのは、大半の出来事が「泡沫」の如く消えてしまう「夢」の中に在っては、「月」は太陽に代わる唯一の「非日常」を照らす「光源」であり続けていたからでした。「月」は「夢」の中でも満ちては欠けて、時を刻んでいたのです。そんな思いで「月」を仰ぎ視ると、物悲しさと狂おしさがドッと込み上げて来て、その「感情」は引き潮となって、サッと「月」に呼び戻されて行くのです。そして我に帰ると、「正気」となった私は、月面に写った「狂気」をホッとした心持ちで懐かしんで居るのです。「月」は、離れ離れを強いられた愛おしい存在でもあったのです。昨夜の「雷雨」は激しく、天の怒りが如何ほどのものであったかを窺い知ることが出来ました。弱々しい月の「光」では、決して、雨でしっとりと濡れた屋根瓦を乾かすことは出来なかったのです。ここは何処なのか、「月」を忘れかけていた私は、傍らに眠るもう一人の私に問い掛けました。すると彼は、ここは「北欧」のと或る旧市街地であることを、その証拠として、夜明けを間近にした空には、未だに「有明月」が残っているはずだと呟いたのです。私は彼を起こすことなく、私の眠りの「内側」で彼に会うことにしたのです。暫くすると、同じ方向を見詰める二人の「視線」に気付くことになりました。その方向には、太陽と月つまり「新月」の気配が感じられたのです。この「北欧」の古い街角には、外灯が燈されてはいませんでした。そして、その神話的な世界では、今だに「月」が唯一の夜の「光源」であり、その光が明らかにする「暗闇」には、混沌と無秩序の象徴である氷の「巨人」や海の「怪獣」が蠢いていたのです。それは、現実的な世界での道理や秩序を照らし出す昼の「光源」である「太陽」と、まるで月面における陰影のように好対照をなして、「北欧」の二元論的な世界観を表していたのです。天空では、神秘的なオーロラの緞帳が張られていました。森に住む「妖精」は、虹色の鱗粉を撒き散らしながら飛んでいたのです。私達の「視線」は再び夜空を徘徊して、ようやく「三日月」に出会うことが出来ました。つまり「新月」から三日の時が刻まれたのです。しかし、「夢」の中では、それは一瞬の出来事であり、また永遠の出来事でもあったのです。そして、「半月」迄さらに三日の時が刻まれるのです。私は、知らぬ間に独りになって、月の「孤独」を想って、思わず目頭が熱くなりました。そんな想いで「月」を仰ぎ視ると、尖がった屋根の上で不安定に傾く「三日月」が、それは見ようによっては、月の「雫」で満たされた「金杯」のようにも見えるのでした。そして、雨に濡れた屋根瓦を伝って、月の「雫」がポトポトと透き通るような「湖面」に落下する「光景」が夢想されたのです。落下する一つひとつの「水滴」には、小さな小さな「月」の子供達が閉じ込められていました。これらの「Moonchild」は、羊水で満たされた「水滴」の中で育まれて、「新月」はやがて「満月」となって、最後に「湖面」で花開くという「運命」を生きることになったのです。優しいそよ風が吹き、揺れる柳の枝葉が水面に影を写しました。月の「雫」は、一つひとつ垂直に落下して、金色の「波紋」となって水平に拡がったのです。そして、それらの複数の「波紋」は、お互いに重なり合いながら消えて行ったのです。「湖面」には、無数の壊れた月の「欠片」が残されることになりました。それらは、忘れられた月の「記憶」でもあったのです。優しいさざ波が立ち、水面に写った柳の枝葉を揺らしました。すると不思議なことに、枝葉の影には銀色の蜘蛛の巣がハンモックのように張られていて、ミルク色のコートを着た「月」の子供達が、その上で飛び跳ねていたのです。小さな手には、「花園」から集められた可愛らしい「花束」が握り締められていました。そして、それらの「花束」は次々と、反復しながら流れる「時間」の「水流」に放たれたのです。花たちは散けて、白とすみれ色を基調とした「花弁」は、金箔の月の「欠片」と混ざり合いながら、穏やかで美しい「湖面」に拡がったのです。ここは何処なのか、忘れかけた「月」を想い出した私は、傍らに佇むもう一人の私に語り掛けました。その時、彼の「視線」を通して見えた「湖面」には、十五夜を間近にした「満月」の煌々とした姿が写っていたのです。私達は、その「月光」の明るさに驚かざるを得なかったのです。
d0078609_20225621.jpg

[PR]
by artbears | 2012-09-28 20:22 | 夢白

なぜに蒸気機関車は逆進したのか、はたして透明の魚たちの歌声は聴こえたのだろうか

古代ギリシャのエンタシスを想わせる「円柱」は、中央部分が心なしか膨らんでいて、その「ふくらみ」の内部には、大理石でできた「胎児」が永遠の眠りについていると、影法師たちはしきりに噂していたのです。そして、それらの円柱が整然と規則正しく並ぶ左右の「回廊」からなる空間は、誇張された遠近法のためなのでしょうか、「精神」が不安を覚えることとなり、その居心地の悪さが、返って精神の望郷の念を高めることになっていたのです。そして、遠近法が消失点に向かう「地平」には、お決まりの「黒い蒸気機関車」が「もうもう」と噴煙を逆方向にたなびかせながら猛スピードで逆進していたのです。まさに、デ・キリコの形而上学的な「世界」が、ここに再生産されていたのです。「黒い蒸気機関車」は、二つの「太陽」の強い陽射しからできる円柱のシンメトリカルな「影」が交叉する時空間を仮初の軌道としながら、回廊と回廊に挟まれた広場の中央に鎮座する「噴水」の手前で止まったのです。「黒い蒸気機関車」の最後尾のコンテナからは、ブリキ製のバケツが数個、白い喪服を着た影法師たちにより、次々に運び出されることになりました。バケツは噴水の周りに並べられて、夜明けまでには噴水の水で満たされるという、暗黙の約束事が遠い過去から延々と受け継がれて来ていたのです。そして暫くすると、二つの「太陽」の一方が「月」となり、残されたもう片方も「月」となりました。太陽の突き刺すような「光の束」は、月の身体を優しく包み込むような「光の衣服」へと置換わったのです。夜が明けたことに気付いたのは、それぞれのバケツの「水面」に、揺れながら浮かぶ紙切れのような「ぺらぺら」の太陽の「分身」たちを視つけた時のことでした。やがて作業着に着替えた影法師たちは、正方形の板の上に、色とりどりで高さも太さもさまざまな木製の円柱を並べ立てたのです、そして、その森林を模したオブジェのような「作品」を、バケツの中に惜しげもなく放り込んだのでした。バケツの「水底」には、もう一つの「森林」が生まれることとなり、暫くすると、木々の間を泳ぐ透明の「稚魚」たちの姿を視つけることができました。そして、ある種の集団による規制されたリズムにテンポを合わせながらも、個々が自由に泳ぐ魚たちの姿に見惚れながら、「精神」は再びバランスを失い、「意識」の消失点に向かって行ったのです。余白のような時間が刻まれたことは間違いありません。「湖畔」を囲むように張り巡らされたフェンスを前に、両の手にはバケツを持って立っている「私」に戻ることができたのは、あなたに「釣りがしたいのね」と呼び掛けられた時のことでした。フェンスの網目の間からは、それぞれに分割された「湖面」が、光の強弱による湖面の表情の繊細なる差異を映し出していました。私は、あなたの問いに「うん」と頷いて答えたのです。すると、この美しい「湖」を管理していると思われる老婆が近付いて来て、フェンスの内側から扉を開け放って、私たちを「湖岸」に招き入れてくれたのです。私たちの足は、無邪気な子供たちの声のする方向に自然に向いて行きました。「湖岸」には、静かに波が打寄せていて、それらの波は子供たちの「足跡」を消してしまうのですが、いつの間にか、また新しい「足跡」は付いているという、その単調な繰返しがとても心地良く感じられたのです。私が一方のバケツの中に、あなたがもう片方のバケツの中に、冷たく澄んだ「湖水」を徐々に導き入れることにしました。透明の「稚魚」たちは、「湖」へと旅発ちの準備ができたようで、一匹、また一匹と、尾ひれを大きく振りながら、「湖水」の中央に向かって姿を消して行ったのです。その「入水」の儀式が終了することを確認していた老婆は、私たちに立派な釣竿を二本、手渡してくれました。私たちは、釣り糸を「湖面」に垂れて、静かに「その時」が来るのを待つ決意をしたのです。すると「湖面」は、痙攣を起こしたように僅かに振動を繰り返し、その振動は「波紋」となって、湖全体に及ぼうとしていることが分かりました。それは、あの小さな透明の「稚魚」たちが、今やすくすくと育った「成魚」となって、声にはならない「歌声」でもって、来るべき「春」の豊かさを歌っているからに違いなかったのです。そして、この美しい「湖」に湛えられた「水」の容積を想わせる、重々しく威厳に満ちた重奏低音からなる「音楽」が、湖全体を一つの楽器のようにして響かせながら聴こえて来たのです。そして釣竿を上げると、そこには、透明で細長くしなやかな魚形をした「キス」のような魚が飛び跳ねていたのです。
d0078609_1841594.jpg

[PR]
by artbears | 2008-04-27 15:42 | 夢白


ソフトマシーン・やわらかいきかいのひとりごとです
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
検索
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧