薄いペラペラのベニヤ板一枚が、私達を「外界」から隔てていたのです。一人でうっかりと、この「扉」を開けてはいけない。二人でしっかりと、この「扉」を抑えなければいけない。その暗黙の「合意」が阿吽の「呼吸」となって、私達を辛うじて「絶望」の崖っぷちで踏み止まらせていたのです。
自壊した「街」の自閉した「扉」の向こう側では、ゾンビとなった動物の「死霊」が往来している。「鍵」は外側に在って、内側には無い。それは、余りにも不用心なことでした。彼等は様々な「能力」を持っていると聞くが、それは「逸話」に過ぎなくて、その「矛盾」こそが、彼等の「能力」に違いない。得体の知れない「気配」が、唐突に「背後」に回って来たのです。まるで雨上がりの熱い「抱擁」のようにして、私達を取り囲んだのです。
薄いペラペラのベニヤ板一枚が、私達を「内界」から隔てていたのです。そのことに気付いた私は、この「扉」を押し開けることにしました。逃げるようにして「階段」を下りたのです。振り返って見ると、「扉」の向こう側では、何事も無かったかのように「死霊」が彷徨っている。振り返って考えると、それは、何ら「後悔」することではないが、恐ろしく条件反射的な「判断」だったのです。
私の目が「暗闇」に慣れるに従って、地下室のなかのプールが現われて来ました。天井からポツリポツリと落ちる「水滴」が、気の遠くなるような「時間」の独り言のように見えたのです。「階段」はと言うと、その「波紋」の拡大と反復のなかに消えて行く。黒光りする「水面」の向こう側には、木製のカウンターが視えて来て、一度飛んだ私の「意識」が戻った「席」には、もう一人の「女」となった「私」が座っていたのです。私達は、分身との「再会」を果たせたのです。
すると突然、左隣に座っていたパブロフの「犬」が耳打ちをして来ました。注意しなければいけない。彼もまた、ゾンビとなった「死霊」に違いなかったのです。彼の「諫言」めいた「予言」とは、未来の「指導者」はタマゴを食べるがイクラは食べない、それに加えて、「右足」に怪我をしているはずだと言うものでした。
咄嗟に右隣の「私」の「右足」がクローズアップされました。視るよりも速く、安堵の「感情」は引潮となって遠浅の「彼方」に消えて行く。彼女の「傷痕」は「左足」に在り、それも修復されていたのです。ところが、彼女の「指摘」を待つよりも早く、私の「右足」はパックリと切り裂かれて、その「傷口」からタワワに実ったザクロのようなイクラが溢れ出している。真っ赤な「血液」が「水面」に滴り落ちていたのです。
私の「動揺」を察した彼女は、イクラは魚のタマゴだと諭して、いつかきっと食べられるようになる、その「約束」を交わそうと「真顔」で言うのです。どうやら、私達の「夢」は「混乱」のステージに移行したようです。イクラが大好物であるという「事実」は隠すべきなのか、そして、この得体の知れない「気配」の正体を告げるべきなのか。既に「血液」の臭いを嗅ぎつけたサメの「背鰭」が、こちら側に向かって来るのが視えたのです。