河川の存在を感じさせない平原には、至る所に「溜池」が点在している様子が、この標高1000mに近い山の頂からも見張らせたのです。そして、それらの地上にばら撒かれたガラスの破片のように視える「水面」には、十五夜の満月が一つひとつ平等に嵌め込まれて、美しく写し出されていたのです。そして、それらの「溜池」の側らには、必ずと言って良いように、風雨に耐え忍び「何か」を守り続けて来た「雑木林」が存在しているはずなのです。山々は北の方角に連なり、海洋は南の方角に拡がるという単純明快な位置関係が、この古からの「文明」の薫り湧き立つ「都市」の、安定した秩序感覚を醸し出していることは間違いなかったのです。何羽かの「漂白者」が「雑木林」から飛立ち、銀色に輝く「水面」に黒い影を落とし、林檎の老木に空いた「樹洞」を目指して一直線に飛翔するという「光景」が、私の脳裏の「暗闇」から浮び上がったのは、夜の帳が下りる時刻、即ち「月」が左手より顔を覗かせる頃合いだったのです。「漂泊者」とは、実はミネルヴァの「梟」であり、彼らが「哲学者」に譬えられるのは、その「風貌」からだけではなかったのです。彼らは、「太陽」を直視することを避けて「月」の間接性を好み、昼間には「雑木林」の木陰で惰眠を貪るかの「風情」を見せるのですが、夕暮れ時になると突然に「カッ」と眼を見開き、林檎の老木に創った孤高の「巣穴」に戻るといった「習性」の持ち主だったのです。しかし、彼らの「存在」があってこそ、林檎の樹立は「ハタネズミ」などの害獣から「新芽」を守ることができ、林檎の「果実」は真っ赤に実って収穫の時期を迎えることができることも、深く隠された「事実」だったのです。私は脚立を林檎の老木の側に立て、「樹洞」を上手に利用して作られた「巣穴」を覗き込みました。すると、その「暗闇」からは、鈍い光を放つ十個の「光源」がぼんやりと見えて来たのです。それは恐らく、生まれたばかりの五羽の「梟」の眼球に違いなかったのです。それはまるで、「真理」の森に積もった落葉の下の「暗号」のように、深く隠された「真実」を宿した、邪心や虚栄心の欠片も感じさせない「眼」だったのです。私は、私の「偽善」と「欺瞞」を照らし出すかのように光る、それらの「眼」を凝視することにより、逆に「理想」とすべきものが写し出されていることに気付いたのでした。そして、あの子供の頃の無邪気さと「何か」に夢中になる真剣さこそが、自らの「成熟」には欠かせないものであることを悟ったのです。そして「救済」への道は、暗く濁って流れる「河川」には無く、明るく澄んで穏やかな自らの「心」の中に見えたのです。やがて十個の真円に近い眼球は、各々が重なり合うことによって複合的な一つの球体となり、私の脳裏の「夜空」に浮び上がる十六夜の「月」と入れ変わりました。それは、満月が欠けて行く「過程」においてこそ、逆に「完全」なるものが観念的に捉えられるという意味で、満月よりも「風情」があると言えたのです。花は盛りに、月は隈なきをのみ観るものではなかったのです。そして、私たちはと言うと、背中に「月光」の青白い気配を感じながら、敢えて「川端」を大きく迂回しながら、古からの永遠の「水流」を跨ぐように架けられた、この「大橋」を渡ろうとしていたのです。見上げると、やはりそこには十六夜の「月夜」が、私たちに覆い被さるように存在していました。そして、風雲たなびく雲間に、十六夜の「月」がほんの一瞬でも顔を覗かせることを願っていた私たちは、物狂おしいまでに鮮烈に照り輝く「月」を目撃することにより、「生」の刻印が身体全体に施される「瞬間」を自覚したのです。「大橋」の欄干から「水流」を見下ろすと、それは決して途絶えることなく、そこに浮ぶ泡沫はかつ消えかつ結びながらも、あらゆる生まれ消え行く物事を、克明に映し出しながら流れていたのです。その「光景」が、私たちの脳裏の「暗闇」に消え入って行くに従って、それと入れ代わるようにして眼前に拡がった新たな「光景」の美しさは、私たちを驚愕の想いに打ちのめすことになりました。それは、この海洋に臨む港湾都市の黄昏時に魅せる「夜景」の美しさに他ならなかったのです。それはまるで、宝石箱の蓋がゆっくりと開かれる時のように現れて来たのです。「月」は右手後方より顔を覗かせる頃合いでした。そして、私たちを更に驚かせた「事実」とは、この美しさの「光源」は、あの「哲学者」たちの思索の積重ねにより築かれた「文明」の輝きと、名も無き多くの人々の人工的な「生活」の営みに他ならないと言うことだったのです。