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古色蒼然とした都と鬼気迫る騒然とした都、記憶の回路を走る地下鉄と接続された歴史
地下鉄は、いつものように遠回りをしながら「現在」と「過去」を接続して走っていたのです。それが「真夜」であるのか、それが「真昼」であったのかは、地下鉄に乗っているという薄暗がりの中の「意識」が、その分析的な判断を妨げていたのです。私の今夜の「夢」は、いつものように左回りで内回りの「軌道」を走っていました。それは、「京都」は「東京」の手前に在り、「目黒」は「新宿」の先に在るというイメージの「回路」を、半ば暴走気味に走っていたのです。地下鉄は二度三度と左右に大きく揺れ、その度にスパークした「電流」は周囲を明るく照らし、記憶や知識の「断片」は脈絡も無く結び付き、「仮想」のシナリオはオートマチックに浮んでは消えて行くのです。気が付くと、新幹線は「京都」の手前を走っていました。すると突然、雷鳴が轟き、豪雨とともに晴れ渡った青空には「黒幕」が引かれ、京都の「天空」は一瞬にして、荒ぶる「雷神」と「風神」が暴れ狂う怪奇空間に変貌を遂げたのです。記憶の「黒幕」には、陰極から陽極への「火花」が激しく走り、私の「意識」は何も書かれていない「白紙」へとリセットされたのです。慌てて私は誰なのか、とコートの内ポケットに手を差し込むと、そこには生暖かい熱帯の「沼池」が在って、でも、あのクロコダイルの生温かい「皮膚」の感触は、どこを探しても無かったのです。「名刺」を失った私は、無名性の「沼池」に生息していたのです。コートを広げて裏生地を視ると、紺色と朱色と灰色の「縞柄」が目に飛び込んで来ました。そこには、刻々と変化する黄昏時の京都の「情景」のように、陽の落ちる「階調」が丁寧に織り込まれていたのです。伝統の縦糸には、革新の横糸がしっかりと紡がれているのです。私は、この時代の先端を捉えた現代性と古色蒼然とした「歴史」の重厚さが同居した「古都」を、常に「意識」の片隅に感じながら、時に「夢」の中で往来する大路小路として位置付けて来たのです。そう、この奥ゆかしさに満ちた「古都」には、何よりも「都市」としての風格と威厳を支える政治空間の「存在」が感じられるのです。それは、この土地が千年にも及び「首都」で在り続けたという「歴史」の重みでもあったのです。そして、四季折々に催される「祭祀」は、古来、政治と祭り事が不可分の関係であったことも思い出させてくれるのです。そのような想いを抱いて「夢」の中を彷徨っていた私は、と或る「小路」で、京都の「地図」を小脇に抱えたあなたに出会ったのでした。その「図面」の中央には、政治を司る「天皇」の私的空間としての「内裏」が在って、その前後左右には様々な「社寺仏閣」が方眼状に配置され、その東西南北には大小の「路地」が整然と区分されて描かれていました。私達は、その「地図」を頼りにして、ライトアップが予定されている「古寺」への上り坂を急ぐことにしたのです。古寺の「五重塔」は、下方からの強烈な「光線」で照らし出され、それは、「現在」と「過去」との奇妙なコントラストを浮き彫りにしていました。私達は次に、休む暇も無く、ライトダウンが予定されている「古寺」への下り坂を急ぐことにしたのです。古寺の「庭園」は、既に夕暮れの「暗闇」に呑み込まれ、青く発光する半導体の「蛍」の生息する場所へと変じていました。古き自然火は消え去り、新しき人工灯が燈っていたのです。その寂しげな人工灯を頼りにして、私達は、再び「図面」を覗き込むことにしたのです。するとそこには、中央の「内裏」の西側に、ほぼ同じスペースの「空閑地」が描かれていたのです。そこは「遷宮」のための用地に違いないという「妄想」が肥大化を開始した瞬間、私の「意識」は百五十年前の「遷都」先である「東京」に飛び移ったのでした。突然、人身事故が発生したというアナウンスが響き渡り、山手線は「新宿」の手前で急停車しました。車窓から「車内」を覗き込むのは、それが「赤鬼」であるのか、それが「青鬼」であったのかは、緊張感で沸騰しそうになった「車内」においては、その客観的な判断が下せなかったのです。反戦デモが繰り返される「新宿」は半狂乱の状態で、まさにカオスの「坩堝」と化していました、その途方も無いエネルギーは行き場を失い、アンダーグラウンドに封じ込めるにも「限界」が視えていたのです。そして、マンホールを破壊して「街路」に飛び出した「赤鬼」は、今や政治的機能を失った「東京」を徘徊する輩となっているのです。気が付くと、山手線は「新宿」を通り越していました。迫りつつあるクライシスへの危機感は、代替機能を果せる「京都」の可能性に向いていることは確かだったのです。
# by artbears | 2012-04-26 20:23

水平に拡大する湖水と垂直に伸張する草木、山水に描かれた冬山、消えた春霞と鳥の声
その障壁画は、四方四季の「原則」に従って描かれていたことは明らかでした。そのことよりも、この「夜」が明らかになることを覚えないほどの「春眠」の中にあって、この「原則」が貫かれていたこと自体が、目が覚めるほどの驚きの原因でもあったのです。黄金色に輝く「客間」の四方の襖障子には、左から右へと四季の移り変わりの「情景」が、時の流れが分節された「記号」として表されていました。西方には、秋から冬への季節の下り坂の様子が、そして東方には、春から夏への季節の上り坂の様子が描かれ、北方である正面には、深々と積もる雪をかぶった「松林」が左側に、着々と開花の準備を進める「梅林」が右側に描かれていたのです。私は、依然として「春眠」の心地良さからも、「紅梅」の甘く切ない匂いからも立ち去り難くまどろんでいました。私は、夢のような「襖絵」と絵のような「春眠」の間を行き来していたのです。暫くすると、春の訪れを待つ「茅屋」から、遥か彼方の雄大なる「冬山」を眺める「視線」に、私自身の「意識」が在ることに気付きました。私は、この障壁画の「世界」に身も心も溶け入ることになったのです。私の「視線」は、極北の美とも呼べる「冬山」の稜線をなぞりながら、さらに里山を流れる雪解けの「小川」を追い駆けて、さらに平原の「春草」の息吹を愛でながら、視ることの至福の快楽に浸ることになったのです。やがて私の「意識」は、なだらかな丘陵地帯の麓に在って豊かな水量を湛える「湖水」へと流れ込みました。この水平を保ちながら拡大する「湖面」は、私の「視線」に異質の感触を呼び起こすことになったのです。それは、「液体」の物理的特性に根ざした流動化する「感覚」であり、湖水という現実的な「制約」を受け入れることによって、その枠内における一定の「自由」が担保される「関係」が感知されたのです。そこには、ある種の「秩序」が形成されていたのです。さらに私の「意識」は、湖水の上方にたゆたう気体化した物質である「春霞」へと惹き寄せられました。それは、遠くにあって裸身をさらすように聳える「冬山」を、そして、その裾野にあって周囲を写し映える「湖水」を、うっすらと覆い隠すようにたなびいていたのです。そこには、あの「牧谿」の山水画に描かれた幾層もからなる「空気」が漂っていたのです。それは、まさに気韻生動の「世界」でした。私は、この春のどこか中途半端な居心地の良さに耽溺し、春の訪れを告げる「足音」に耳をそばだてることにしました。すると、「春暁」の寒さを感じさせない眠りの彼方から、「小鳥」のさえずる声が聴こえて来たのです。その小鳥たちの何とも言えない清らかで朗らかな、純粋性の結晶のような「啼鳴」に聴き惚れていた私は、私の「意識」が私の脳内の別の「空間」に移動したことに気付きました。私の「神経」は私の「耳」に、まるで植物の根が張るようにして集中して、やがて私の「耳」は、あらゆる些細な「物音」をも聴き逃さない音響の「器」と化したのです。私の「意識」は、その巨大な巻貝のような「空洞」に移動したのです。そして、梅と桃と桜のほころびを同時に報せることになった「東風」は、最初にはソヨと吹いていたのですが、次第に風速を強めて、最後には春一番の「暴風」となって「空洞」の内部で吹き荒れました。もちろん、あの小鳥たちの「啼鳴」も吹き飛ばされたことは言うまでもありません。そして音の「洪水」は、あらゆる既視の「情景」をも消し去ったのです。しかし、艶やかに光り輝く「巻貝」のピンク色をした「内壁」の肉惑的な美しさに魅了された私は、無音の「世界」に再び足を踏み入れたことに気付かなかったのです。真っ赤な「寒椿」は音も無く落首して、その下には、真っ白の「白梅」の花びらの「絨緞」が敷き詰められていました。そこには、まるで死の「儀式」が執り行われた「場所」のような厳かな「空気」が漂っていたのです。すると今度は、「死」と「生」が季節の如くに回転するかのように、様々な「草木」が、死の「絨緞」を突き破って、刻々と垂直に伸張する様子が感知されたのです。死の「屍」の上にこそ、生の「再生」は約束されているのです。それも、まさに気韻生動の「世界」でした。私は思わず、「春眠」を妨げる勢いで拡大する不吉な「気配」を察して、その象徴である「曇天」を見上げました。するとそこには、生への「執着」が、張り巡らされたネットのように視える「枝木」と、それらの「基幹」の上にあって、実在する不在の「空巣」の中途半端な「存在」の様子が視えたのです。もちろん、あの「春霞」が消え去っていたことは言うまでもなかったのです。
# by artbears | 2012-03-31 20:33

咲き誇る純白の百合の花、深緑色に輝く翡翠の玉座、沈黙との会話又は光輪との出会い
邪悪な心の兆しは、あの黒い羽毛に覆われ、鍵形の嘴と屈曲した爪を持った「獣」の追跡の執拗さからも、容易に判断が出来たのです。獣達は、私の背後に「影」となってへばり付き、振り返ると、前方の生い茂った樹々の「枝木」や赤茶けた「巨石」などに瞬間移動して、その神出鬼没ぶりは、彼等への恐怖心を忘れさせるほどでありました。しかし、次第に周囲が「暗闇」に侵食されるに従って、私の「心」の奥底からは、不気味に蠢く黒い「塊」が這い上がって来るようで、それが、私の気持ちを落ち着きの無いものにしていたのです。兎にも角にも、私は一刻も速く公衆電話を見付けて、あなたに連絡を取ろうとしていたのです。しかし、それは「空港」での出来事であり、私が「森林」をどうして彷徨することになったかは、未だに永遠の「謎」に包まれていたのでした。真っ青の空を写し出した水溜りには、黒い「人影」が無言で横切り、意地悪そうな顔つきの「烏鷺」は、その「鏡面」に意味不明の「微笑」を残したのです。私は、刺々しい「茨」に行く手を阻まれながらも、一歩退き二歩進むことが、与えられた唯一の選択肢であると考えて来たのです。すると、「記憶」の宝箱から溢れ出たような高貴な「芳香」が、地面を這うようにして流れる「朝霧」に便乗して、私の鼻先を擽る魅惑のメッセージとして届けられたのです。私は、その道案内役である「芳香」に導かれて、森林の中にポッカリと空いた円形の「平地」に辿り着けたという訳なのです。私の「視界」は一気に晴れ渡りました。なぜならば、そこには、純白のカサブランカの「大輪」が咲き誇る、まさにこの世の楽園と呼べる「花園」が広がっていたからなのです。そして、私が新たな一歩を踏み出す度に、慣れ親しんだ「芳香」は神秘のヴェールに包まれた「香気」へと変化し、高潔であるとともに優美で気品漂う彼女達は、恥じらいの気持ちを隠すことなくこうべを左右にうな垂れたのです。歩むべき「道」は自然に開かれて行きました。暫くすると、壮麗なる「宮殿」と呼ぶべきか、荘厳なる「廃墟」に例えるべきか、何れにしても壮大な人工の「洞窟」が、私の前途に立ち現れて来たのです。恐る恐る誰も居ないことを願って侵入した私は、私自身との沈黙の「会話」が始まったことに気付きました。静寂の「空間」には、永遠の「水滴」が木霊していたのです。それは、私の「精神」の「洞窟」にも反響して、それらが一体となったことが告げられました。暫くすると、翡翠を彫って造られたと想われる「玉座」が、「洞窟」の片隅から浮び上がって視えて来ました。それは、永久の眠りの「深海」に沈む台座のように、奥深い深緑色の光を静かに放っていたのです。それは、「記憶」のどこかに置き忘れたイメージのようでした。そのことに気付いた私は、あの「受胎告知」に描かれていた天使ガブリエルと聖母マリアを探しました。しかし、彼等はどこにも居なくて、傍らに咲いていた純潔と処女性の「象徴」であるホワイトリリーだけが、たった一本で孤独に耐えながら、私を待って居てくれたのです。「精神」の純粋性は保たれ、「玉座」に座るべき主は不在でも、沈黙の「会話」は続けられて来たのです。私は、この「夢」の世界から目覚めることを恐れました。その時の事でした。私の「胸部」が左右に開かれ、その割目から、一羽の穏やかで落ち着いた身振りの「白鳩」が羽ばたいたのです。私は、彼女を優しく両手で包み込み、どこまでも澄み切った「天空」に向かって解き放ちました。彼女は、この「神」の創り賜うた秩序ある「天空」を、全ての「情景」が遠近法的に消失する一点に向かって「飛翔」したのです。すると、彼女の飛翔の「軌跡」を追い掛けるようにして、ホワイトリリーの背後にあった「荒野」や、その先の「沼地」などが、まるで「神」の洗礼によって掃き清められるようにして、美しく麗しく「変身」を遂げて行くのでした。まさに百花繚乱の「楽園」が創られたのです。私は驚嘆の想いで、さらにその先を遠望しました。するとそこには、光り輝く「水面」がどこまでも拡がり、その「大海」から突き出るようにして聳え立つ「巨峰」が視えて来たのです。そして、その「巨峰」の斜面には「海港」が在り、真っ白の帆が眩しい数隻の「帆船」が停泊していました。私は、このどこか宗教的でさえある「光景」と、あの精神の「洞窟」、そして沈黙との「会話」との関係を考えざるを得なかったのです。その時の事でした。「白鳩」は、遠近法的消失点から、この世に飛来してくる「光輪」を通り抜け、その「光輪」は、なんと純白の百合の花のこうべに、奇跡に出会うが如く「降臨」したのです。
# by artbears | 2012-02-29 19:00

時間又は銀時計からの歩数、空間又は地下鉄からの階段、立ち上がった床と消えた足跡
東西の往来からの「入口」を連結した構造となっている、この「通路」は同時に、南北の新幹線からの「出口」と接続することによって、人々の「時間」の管理と制御を目的として「空間」が設計されていたのです。そこでは、「秩序」が放つ無機的で無臭の空気が漂い、あの「混沌」の放つ有機物の腐臭は消えていたのです。待ち合わせ場所である「銀時計」が13時13分を刻んだ時、得体の知れない「重力」が東から西に移動して、私の頭上で停止しました。改札口では、まるで潮が満ちるように人々が溢れ、そして潮が引くように人々は離散して行ったのです。そして、「時」の波打ち際である「銀時計」の前には、春の訪れを告げる桜の蕾のように初々しい「桜貝」が、一つポツンと残っていたのです。私は、その「桜貝」を大事に左手の平で包み、「通路」の反対側にある「金時計」までの「歩数」を右手の指で数えました。3本の指が折り曲げられました。「金時計」が16時10分を刻むであろう時、私達は西から東に移動しなければならなかったのです。「時」は悲しく切ない愛惜の情を断ち切るようにカウントダウンを始めていたのです。ここに在るのは「今日」であり、それが「昨日」になる運命だけが決まっているのです。そして、残された可能性としては、「明日」を見越して、あの忘却の彼方に消え行く「過去」を見詰め直し、そして「今日」を考えることにしかないのです。不慣れな「土地」を彷徨った私達は、やがて「地下」への入口に辿り着いて居ました。「地下鉄」へと連結した構造になっている、この「階段」は同時に、目眩がするように回転しながら「過去」へと落ちて行く螺旋状の「輪」でもあったのです。大勢の人々が、「渦」に巻き込まれて「階段」を降りて行くのが視えました。人々が追い掛けるのは、いったい何なのか。この「DNA」のねじれの「輪」が目指している「先」には、いったい何が在るのか。その「先」は、「過去」であると同時に「未来」でもあるように想われたのです。「地下鉄」は音もなくホームに滑り込み、偶然と必然の選別を経た老若男女の「集合体」が、各々の「染色体」の識別番号を背に付けて乗車したのです。「地下鉄」は急速に加速して、まるで弾丸のように一直線に「目的地」に突き進みました。凄まじい衝撃が起こりました。そして扉が開き、我先にと降車した人々は、各々の「目的地」に向かって、まるで蜘蛛の子を散すように霧散して行ったのです。私達の「目的地」とされた「場所」には、巨大な「構造体」が左右に並び建っていました。左の建物は螺旋状の「階段」が透けて見える構造になっていて、それは右の建物の「DNA」を視覚的に透視していたのです。私達はねじれながら上昇する「階段」を昇りながら、建物の「骨格」の合間から見え隠れする「絵画」の幻影に驚き、思わず息を呑んだのです。なぜならば、それらは、私達の脳裏のスクリーンに映し出された偉大な絵画の「集合体」であると同時に「染色体」でもあるように視えたからでした。それは、絵画の「歴史」そのものがリアルに生きる、バーチャルな巨大な「空間」だったのです。やっとの思いで最上階に上り詰めた私達は、いささかの肉体的・精神的な疲労感に襲われました。すると周りには、ミロ、クレー、ピカソなどの「絵画」が、まるで走馬灯のように回転する「光景」が幻視されたのです。それらには、「近代社会」との物理的・心理的な紐帯感が感じ取れました。つまり、「絵画」の中心性は失われることなく、「色」も「線」も形象化作用からの自由を得ていなかったのです。私達の好奇心は、対峙する「構造体」へと渡る決断を迫りました。頼りない連結橋の「床」が、私達の「存在」を支配したのです。そして、渡り終わった安堵感が宙吊りになった状態で、流動性の塗料が一面に滴り飛散する「床」に出会ったのです。その均質に拡散する巨大な「絵画」は、その細部の多様性に目を奪われている限り、そして、その暴力性に身を委ねている限り、その全体性を明らかにはしなかったのです。この「産業社会」の高揚感と矛盾、「個」の悲哀と孤独感、来るべき終焉への予感をすら描き切った「絵画」は、「床」から立ち上がって初めて、客観視することが出来たのです。「壁画」となった「床画」は、積層され隠蔽された絵画の「DNA」も赤裸々にしました。それは、この「構造体」の「階層」に対応した膨大な情報量の「空間」だったのです。私達は残されているはずのポロックの「足跡」を探しました。しかし、それは「床」の何処を探しても無く、諦めかけて見上げた「天井」に、「未踏」のキャンバスに残っていたのです。
# by artbears | 2012-01-30 20:09

荒れ狂う日本海、一糸乱れない軍隊の行進と鳴り響く軍靴の音、悪夢と記憶に潜む亡霊
それは、決まってシトシトと「雨」が降る午前3時に起こるものなのです。そして、その「Rain 3am」は、木口を白く塗られた垂木に取り付けられた「樋」の中を、スルスルとまるで不気味な「蛸」の手足のようになって、静かに秘かに行動を開始するのが常でした。私は、そのネバネバした「感触」とあのヌルヌルした「気配」を身近に想像すると、居ても立ってもいられなくなって、思わず、掛け布団を撥ね除けて飛び起きてしまうのです。そして当てもなく、真っ暗闇に向かって、助けを請うのです。それは、まるで救いが、その暗い海のような「暗闇」の中に在ると願うからかもしれません。一体全体、私は何処に居るのだろう、これが何時も、私が私に問い掛ける最初の「自問」なのです。そして、今夜の「Rain 3am」から返って来た「自答」は、私は「深海」に沈潜して、己の感情を煙の如く消し去って傍観者を決め込む、あの不気味な「蛸」なのかもしれない、というものでした。どうしようもない「恐怖」の感覚が冷たい「寒流」となって、私の体内を走りました。私はもだえ苦しみ、そして再び助けを請うのです。やがて、私の「意識」は、体内に流れる温かい「血流」と混ざり合って、深くて暗い「海底」から巻き上がるようにして浮上して、私は私の「所在」の糸口を見出すのです。なんとも言えない「安堵」の感覚が温かい「暖流」となって、私の体内を満たしました。私は平穏な「夢」の大海に漂う「小舟」へと戻れたのです。「夢」の中の時が一つ刻まれました。それは、気が付くとバラバラと「雨」が降る午前4時に起こったのです。そして、その「Rain 4am」は、ザッザッと一糸乱れず行進する「軍隊」とその鳴り響く「軍靴」の音で始まりました。真っ暗闇の何処かに「心」を置き忘れた「軍隊」は、まるで夢遊病者の「集団」のように正確無比な歩調で持って、垂直にかかげた銃口は「天」に向けられ、高く蹴り上げられた「軍靴」は「地」に向かって同時に音を発てて落ちるのです。何と言う力強さ、何とも言えない無力感、のっぺらぼうの「顔」、表情を失った舞踏家の「集団」が整然としかも無目的に、死の「暗闇」へと向かって行進していたのです。「将軍」の死が、新たな歴史の「悪夢」の扉を開けようとしているのです。あらゆる「恐怖」に絡む感情が、繊細な小刻みに震える「小波」となって私の「夢」の「入江」に打ち寄せて来ました。そして「砂浜」は既に流血に染まっていたのです。この「恐怖」の感覚に刺激された叫びの「声」を前にして、全ての論理的な「判断」は揺らぎ、潮が引くようにして消え去りました。東アジアの「政治情勢」の流動化は必至となり、固体化した最後の「冷戦構造」が動く可能性が高まったのは確かなのです。私達の「悪夢」は、まさに始まろうとしているのです。そして、この荒れ狂う「日本海」を狭間にして、私達は幾度の想定外の「極限状況」を経験して来たことかを想ったのです。すると「悪夢」の扉は向こうから開かれ、「記憶」の回路からは様々な「亡霊」が姿を現して来ました。「バルチック艦隊」が吐き出すモクモクと昇る「黒煙」は、まるで坂道を登る蒸気機関車のように疲労困憊した様子を物語っていました。その「蛸」が吐き出す黒墨のようにも見える「黒煙」が次第に晴れ渡った後に現れたのは、日本型リーダーの真髄とも呼べる「軍人」の姿だったのです。彼は組織の進むべき方向を明確に示し、適時に意思決定を下し、決してその「責任」から逃れようとはしなかった。そして、自らは「象徴」の如く振る舞い、組織を「心」でまとめ、守るべき抽象的「概念」を顕かにしたのです。守るべき「概念」とは、もちろん国民国家としての「日本」であり、一部の「集団」に帰属する「価値」ではなかったことは明かでした。一方、「203高地」においては、史上希に見る「激戦」を物語るかのように、銃口から吐き出された硝煙が未だに「白煙」となって漂っていたのです。その「白煙」の合間から視える「軍人」の視線の彼方には、累々と横たわる誠実で忍耐強く、礼節を弁え自己犠牲の「精神」に溢れた兵士達の「亡骸」はなく、もっと向こうの物質や現世的「価値」を超えた「精神世界」が在るように思えたのです。そして、これらの「概念」や「世界」こそが、グローバル経済の進展において、消失の危機に曝されている「上部構造」に他ならないのです。「Rain 5am」は増々激しい「雨」となり、私が過酷な「現実」に戻るべき時間が迫っています。そして、この激しい「頭痛」の原因は、過去の「亡霊」を視たからではなく、未来の「将軍」のリーダーとしての「資質」にあることは間違いなかったのです。
# by artbears | 2011-12-31 17:44

空港と抜け堕ちる天、坑道と崩れ落ちる地、逃げるように立去る政治家と立止るハイエク
もはや「欧州」行きの飛行フライトの案内は、やっとの想いで辿り着いた「空港」の電光掲示板からは消去られていたのです。その代わりとの説明もなく、ただ「危機」と「不安」を煽るかのように表示されている「数字」は、どうやら直線的に下落を続ける「株価」と「通貨」に関する情報のようでした。出発ゲートへの上昇エスカレータは無人で回転を続け、到着ゲートからの下降エスカレータは「仮面」を次々と取り替える「政治家」を運んでいたのです。そして、彼等の口々に発する信用、責任、改革といった「言葉」が、空港ロビーに虚しく響き渡っていたのです。私には、それらの「言葉」の背後には、実体経済と乖離した「虚偽」の信用創造があり、インフレを誘発しないように「資金」を小出しに供給しながら、いずれ債権放棄を国際政治の場で遂行しようとする「意図」が見え隠れしているように思われたのです。「会議」は踊り、「茶番」は終わり、かつては「救世主」として嘱望された「政治家」でさえも、その「見識」に似合わない「内容」のメモを読み上げ、逃げるようにして立去る姿を「衆目」の下に曝したのです。信用不安の「空気」は一気に世界に「拡散」したのです。ことの要諦は、誰が最終的な責任を負うかであり、そのことを棚上げにした狩猟民族的食い荒らしの金融メカニズムは「終焉」を迎えているのです。取り返しの付かない「事態」が進行していることは明らかでした。空港内のチケットカウンターの前には、大勢の人々が列を成し、当てもない最終フライトの「予約」に最後の望みを託していました。そんな時の事でした。私の買い換えたばかりの情報端末に、あなたからの「気を付けて、天が堕ちるわ」というメールが届いたのです。操作方法に「習熟」していない私は、すぐに「返信」することを諦め、本能的に身の安全を優先する「選択」をしたのです。私は「地」へと導く「坑道」を偶然に見付け、危機一髪、まさに青天の霹靂、「空港」は上部建屋から「瓦解」を開始したのです。「天」は抜け堕ちて、私の「憂慮」は杞憂には終わらなかったのです。一息付いた私が「坑道」を暫く歩くと、この「空間」は決して「虚飾」を追ったものでなく、ある種の温もりと穏やかさの「空気」が残っていることに気付きました。石造りの水路に流れる「水流」はあくまでも無色透明で、それらが長い年月をかけて「浄化」されて来たことは、一目瞭然だったのです。私は再び歩みを続けました。すると、東西と南北の「坑道」がクロスした部分が、卵型の吹き抜け構造になった「十字架」のような「空間」に出会ったのです。その「天井壁画」を見上げた私は、思わず「感嘆」の声を上げてしまいました。ありとあらゆる「鉱物」の「実質」そのものが色鮮やかに発色し、見事な「色彩」となって自らの「存在」の確かさを示していたのです。そして、目も眩むような高さに造られた人工の「天」には、もはや私の現実感覚ではファンタジーとしか観えないのですが、しかし確かな秩序感覚を備えた神々の「物語」が、創る者の「精神」と創られる物の「内容」の合一した「実体」ある「絵画」として描かれていたのです。そこには、揺ぎなき超越者への「信仰」と為政者の成すべき「正義」が、一欠片の疑いもない「確信」を持って描かれていたのです。そんな時の事でした。私の情報端末に、あなたからの「気を付けて、地が落ちるわ」というメールが届いたのです。私は、今回も「返信」を諦め、冷静かつ迅速に身の安全を優先する「選択」をしたのです。仮に、この「空間」が伝統的な「聖堂」であったならば、神秘的な光に包まれた深奥部に構造的に強固な「祭壇」が在るはずなのです。私は、夢の中の「神の国」を駆け抜けることにしました。すると申し合せたように「天井壁画」は崩落を開始し、物質的な破片とともに、荒廃、略奪、殺戮といった凄まじい「映像」の断片が降り注いで来たのです。独裁体制は倒れたものの、その後に生まれたのは国家秩序の崩壊であり、耐え難い混乱と無政府状態だったのです。私は、「絶望」の面持ちで「天」を見上げました。すると、この「世界」の下部構造の「天」の裂目から、その上部構造の「地」の割目を通して、あの崩壊した「空港」の上方に広がる「冬空」を垣間見ることが出来たのです。それは「衆愚政治」が招く、事実上の国家のメルトダウンを「予告」する不気味な「黒雲」の漂うものでした。私は、前方の最後の避難場所である「聖壇」を見遣りました。そこには、この出口なしの「状況」においても、それでも「社会改革」を進めるには、「市場」の規律の活用を説いたハイエクの立ち竦む姿が視えたのです。
# by artbears | 2011-11-27 16:43

両手を合わせて祈るハミル、言葉となって暴かれる感情、言霊となって解き放たれた精神
東京の金曜日から大阪の水曜日へと「時間」を逆戻りしたからこそ、彼に会えたということは、やはり彼女の置き土産に他ならなかったのです。私の夢想の「空中」においては、彼と彼女の純白の「翼」がピレネー山脈のどこか「上空」で交叉して、その「証拠」としての一枚の「羽」がヒラヒラと「下空」に舞い降りて、私の手元の一枚のチケットとなったのです。それは、近付きつつある「台風」と遠ざかりつつある「台風」との間隙を突いた緊迫と静寂の同居した「時間」に起きた出来事でもあったのです。狭い階段を駆け下りて、防音が施された鉄製の「扉」を開けると、23年前にこの「Knave」のステージに立ったと語るハミルは、33年前にあの「Marquee」のステージで視たハミルとは、恐らく別人のような「風貌」で、まるで風雪に耐え忍びながらも孤高の佇まいを魅せる「老木」のような「風情」を漂わせていたのでした。あの真っ白の衣装を身に纏い、咆哮する「獅子」を連想させた「黒髪」は、いつの間にか「銀髪」から「白髪」へと変貌を遂げ、私の推し測ることの出来ない「時間」の燃焼の「証拠」として、その端正な白いシャツに写る灰色の「影」となっていたのです。そして彼の「精神」が「言霊」となって放たれるや否や、「世界」は忽ち裏側に反転を余儀なくされ、昼とも夜とも区別の付かない寒く虚しい灰色の「世界」の幕が切って落されたのです。そう、彼の「精神」の閉ざされた牢獄での、一人芝居が始まったのです。ピアノは悲哀に酔い痴れるハミルの唯一の理解者であり、ギターは狂気に溺れ浸るハミルの無二の擁護者でもあるのです。そして、彼の「歌詞」によって定義された「世界」は、次第に、彼の「暗闇」を白日の下に曝して行くのです。ロンドンの人影の消え失せた街角を曲がると、「霧」は一層深く立ち込めていました。その「悪霊」の吐息のような「冷気」を吸い込んだ私は、目の前の茫洋とした「建物」が大洋に出現した「氷山」に視えることに戦慄し、あの「声」が私の内側から「木霊」するのを聞いたのです。「霧」に向かって歩め、その腐った「林檎」の内側にも「夜」は在ると聞こえたのです。私は、その「声」に従って、「夢」の中を進んで行きました。灰色の「世界」に輝く「星」は鈍い光を放っていました。そして、その鉛色の光が照らし出したのは、足を引き摺りながら「霧」の中を歩く、「夜」に迷い込んだ「獅子」の年老いた姿だったのです。彼は、この「光」が眩しいと苦悩に歪む表情で訴えるのです。そして、あらゆるネガティブな「感情」が、裏切、欲望、嫉妬、疑惑、悔恨などの「言葉」によって仕分けられ、彼の口からリアルな感触を持って、まるで押し寄せる感情の「波」のように発せられたのです。私は、「時間」や「空間」に過敏に、そして過剰に反応して生まれる、このデフォルメされた感情の「亡霊」を否定しながらも、私の感情の「源泉」と一であることを否定出来ない恐怖の「感情」を覚えてしまったのです。私は勇気を出して、今度は狭い階段を駆け上がって、ロンドンの「喧騒」が漏れ聞こえる木製の「扉」を開いたのです。すると、黒い帽子に見えるタクシーや赤い靴下に見えるバスの往来の背景には、悠久の「時間」を滔々と流れ続ける「大河」を見下ろすように架けられた「鉄橋」が聳え立っていたのです。そして私は、深く濃い「霧」の中で自らを見失ったのでした。その「鉄橋」の欄干で「枯木」のように佇む「私」に戻れたのは、「夢」の結末についての「予感」に驚き目覚めたからに違いありません。「季節」はもちろん、春暁の訪れない永遠の「冬」であり、「時間」はもちろん、朝焼の訪れない永遠の「夜」でした。眼下には、「月光」に照らし出された「水流」が、まるで黒い「大地」の血液のようにドロドロと流れているのが視えたのです。これら全ての「情景」が設定されたこの「空間」が、私にはとても危険な「場所」に思えてならなかったのです。なぜならば、ほんの数秒で、この永遠の「大河」の流れに合流が出来るという抗し難い「死」の誘惑に満ちていたからなのです。そして、この「空間」こそが、彼の「精神」が帰還を果す「場所」でもあったのです。つまり、彼の憂鬱で、時に錯乱的で破滅的でもある精神の「風土」に想えてならなかったのです。私はもう一度、眼下を見下ろして観ました。するとそこには、若きハミルのステージ衣装のように視える白い「影」が、ユラユラと踊るように揺れていたのです。しかし、この白い「影」が彼女の「羽衣」のようにも視えることに気付いた私は、私の「精神」が「生」に向かって着実な一歩を踏み出していることを感じ取ることが出来たのです。
# by artbears | 2011-10-29 16:48

疾走したアレア、幻影としてのイタリア、異影としての水面に映し出された城とその石垣
その秘密結社の集合場所を記した「地図」を手渡されたのは、土砂降りの雨の中、点滅する信号の「赤」が私の「網膜」に焼き付けられていた「時間」以外には、考えられなかったのです。私の「右手」が欲していたのは「傘」であったはずなのですが、横断歩道を渡り切った私の「左手」が握り締めていたのは、皺くちゃになった「地図」だったというわけです。このように、私の「左脳」は時として、日常と非日常が溶融する「境界」の横断を意識的に促し、私の「右脳」は時として、無意識の「世界」と手を結ぶのでした。つまり、私には、「虚構」を想像することで、「現実」を拡張しようする「性癖」があったのです。そうした私を驚かせたのは、衰退を運命付けられた「街」に突然現れた巨大な、しかも「海」に架かる斜張橋を髣髴させるアーケードの骨組みだったのです。「虚構」そのものを現実化することで、新たな「廃墟」としての「現実」が拡大していたのです。メインストリートを外れることを「選択」した私には、再び「傘」が必要となりました。そして、「雨」で消失した「地図」を持って消沈した私に気付いたのが、ちょうどあの「アレア」の前だったというわけです。確か、「扉」は鋼鉄製の重厚な引き戸になっていて、「黒」の取っ手はまるで氷結した牡鹿の「角」のようにも視え、そのこともあってか、私は「入室」することに「恐怖」の感情を懐いたのです。にもかかわらず、無意識の「扉」は向こう側から開かれたのでした。丁重に出迎えてくれたイタリア人の蒼々とした「顎鬚」は顔の半分を覆い隠し、暗闇の中の微かな「光」に反応する「碧」の「瞳孔」は、彼の心臓の「鼓動」と同調するかのように拡大と縮小を繰り返していました。やがて、「部屋」の奥の薄暗がりの中から、6人の鋭い「眼光」が私を射すくめることになったのです。彼等の「視線」には、自己に内在する小さな「悪」を見詰めるとともに、社会に外在する超越的な大きな「悪」を告発する過激で急進的な「精神」が宿っているように思えたのです。私の「視線」を再び暗闇に移動すると、一際目を引く存在である「緑」のテーブルの上には、真新しい「白」のテーブルクロスが敷かれていました。そして、その上に置かれた完熟したトマトの「赤」が、私の「網膜」に再び焼き付けられることになったのです。それが、生々しい彼等の「心臓」のようにも視えたからでした。暫しの自己を見失った空白の「時間」が経ちました。我に帰ると、6人のアナーキストは私を置き去りにして「戦場」へと疾走していたのです。重々しく想えた「扉」は軽々しく開け放たれ、その間から、燦々と射し込む「太陽」の「光線」が、この特殊な場所である「アレア」を侵食していたのです。そして、私が目を閉じると、「瞼」の内側には、真っ赤に燃え滾る「太陽」が視え、私の心臓の「鼓動」と同調するかのように拡大と縮小を繰り返していました。彼等の「赤」は、私に手渡されていたのです。そして、私が再び目を開けると、開け放たれた「扉」の左側には、鋼鉄製の堅牢な「窓枠」が在り、各々の「窓枠」には9枚の「地図」が嵌め込まれていたのです。左上と右下の「窓枠」には、「青空」としての空白の「時間」が在りました。そして、上段には「ローマ」と「ナポリ」が、下段には「ベローナ」と「ミラノ」の「地図」が読めたのです。つまり、「長靴」は上下が逆転していたのです。としても、「アレア」の活動の場所でもあった「ボローニャ」は、きっと中段の何処かに在るはずだと、私の「直感」が稲妻のように閃いたのです。早速、中央に位置する「シエナ」の「地図」を指先でピンチアウトして、無意識の「窓」を開いて侵入することにしました。何と言う豊饒な「大地」、何と言う堅固な「建物」、自然と人間の営みの「歴史」が、圧倒的な物量での「遺跡」として残っているのです。「過去」と「現在」が物質的なネットワークとして視覚的に繋がっているのです。しかし、この豊潤な「伝統」を母体として出現した「前衛」としての「アレア」の姿は、もはや何処にもその「存在」を許されてはいないのです。「失望」した私は、「遺跡」が残る「街」から「廃墟」が増える「街」を通り抜けて、いつもの「日常」へと戻って来ました。私は頭を垂れ足元を見詰めて、「幻影」としてのイタリアを想いながら歩いていたのです。すると左前方には、見慣れたはずの「城」とその「石垣」が、深く沈黙を湛えた「水面」に、逆転した「非日常」の姿で映し出されていたのです。そして、その「過去」と「現在」が繋がった「実影」でもある美しさに魅了された私は、この「世界」には、まだ「異影」の可能性が残されていることを「予感」したのでした。
# by artbears | 2011-09-27 18:27

蝉の合唱と突然の静寂、地図を埋める失われた音楽、海に浮ぶ島へと変化する耳の構造
蝉達の死に物狂いの「合唱」は、延々と続くのではないかと思われたのです。それは、いつもの「夏」の出来事として、まるでフリージャズの集団即興演奏のようにも聴こえて、そのヒステリックなサウンドは、山々の「稜線」と私達の「鼓膜」を波状的に震動させていたのです。そして私達が、あの「雑念」を払拭したかのようなピカピカのアクリル製の飼育ケースの中に居ることに気付いたのは、その指揮者が存在しないはずの「合唱」が突然に途絶えた「瞬間」においてだったのです。その飼育ケースは、上部の黒い「蓋」と思われる部分を除いて、全ての「壁」がクリスタルなプラスチックスで出来ていました。それは、「無音」のサイレンスが詰め込まれた「小箱」であり、その透き通るような「静寂」のサウンドは、直視できないほどに眩しい「光沢」を放っていたのです。それは、彼等の「天界」からのハーモニーが、私達を「俗界」からスルッと引き離した「瞬間」でもあったのです。そして、追い掛けても追い着けない「時間」の抜け殻としての「小箱」の中で、私達は過ぎ去った「過去」の喪失感に想いを寄せ、消え去った「音楽」の透明感に想いを馳せていたのです。あの暑い「季節」も、あの熱い「音楽」も詰まっている「空間」の中で、ひっそりと厳粛に、ただ静かに「呼吸」を続けて居たい気持ちだったのです。暫くして「状況」に変化が訪れて来たのは、私達が、なぜか無性に、蝉達のあの喧騒の「合唱」が懐かしく思えたからでした。もっと、先に横たわる「時間」を見詰めたかったのです。私達は、透明な「壁」に「耳」を強く押し付けて、飼育ケースの「外界」から聴こえる「音楽」に耳を傾けることにしたのです。すると、様々な珠玉の「名曲」と語り継がれて来た「音楽」が、透明な「壁」をフィルターとして通り抜けて、私の「脳内」のレコード分類棚の「空白」のスペースに次々と納まって行くではありませんか。それは、まるで私の「音楽史」というジグソーパズルの失われたピースが埋められて行くかのようでした。私は、この「音楽史」を一枚の視覚的な「地図」として視たいという「欲望」に襲われたのです。飼育ケースは、そうした私の「欲望」を理解してか、ゆっくりと「上昇」を開始したのです。クラクラとする目眩に耐えながら「下界」を見下すと、そこには、投げ掛けられた謎解きのような「光景」が視えて来ました。二つの対照的な「状況」が目撃されたのです。この殺人的な「猛暑」の中にあって、一方の「水場」においては、二羽の仲睦ましいアヒルが、大好きな「庭池」の水量の減少を心配そうに見詰めていました。もう一方の「牧場」においては、一頭の孤独を愛するヤギが、大嫌いな「雨雲」の水量の増大を心配そうに見詰めていたのです。同時に二つの異なった「願望」が存在していたのです。やがて、飼育ケースは、より高く全体を見渡せる「雲界」に達したようでした。すると「庭池」には、白い小さな二点となったアヒルに加えて、口をパクパクさせて「酸素」を求める数匹のコイの「存在」が認められたのです。そして「雨雲」はと言うと、雨を降らすことなく通り過ぎたようで、白い小さな一点となったヤギの「生死」の判断も下せなかったのです。一つの「願望」の実現すら危ぶまれる「状況」が目撃されたのです。飼育ケースは更なる「上昇」を続けました。足元の透明な「底」から見下すと、黒く濁って重苦しい「雨雲」が、まるで雨後の濁流のように流れ、眼下に展開するはずの「光景」を消し去っていたのです。私は致し方なく、心の中で、私の音楽との関わりの「歴史」と「地図」を想い描くことにしました。「脳内」の暗闇から浮び上がって来たのは、巨大な「耳」のような構造をした「渓谷」と、それに沿って螺旋を描いて通る「参道」でした。「参道」は道幅が狭く、対向車との交差には困難を極める一方通行のように視えました。数頭のヤギが、険しい坂道を修行者のようにして歩み、彼等の時々見下す「視線」の先には、「渓流」に逆らいながらも上流を目指すコイの「存在」が認められたのです。何れにしても、「参道」も「渓流」も「頂上」に導かれていることが、この巨大な「耳」の構造であることが視えたのです。私の「音楽史」は、限られた時系列の中で偶然に形成されたものに過ぎなかったのです。飼育ケースは更なる「上昇」を続けました。そして、この曖昧模糊とした「雨雲」が突き抜けられた時、私が向き合うことになったのは、限りなく透明で純粋な「視界」だったのです。それは、閉じられた「耳」の構造ではなく、例えるならば海洋に浮ぶ「島」のような、時空間を超越した開かれた構造のようでした。
# by artbears | 2011-08-31 18:49

谷間に移動した暗雲、台風から黒うさぎへ蜘蛛へと移動した目、眼下に視えるTVと花園
ああっ、やっぱり引き返すべきだったという後悔の念が、私を襲ったのです。この足元のリアルな「絶壁」と遥か彼方に視える蜃気楼のような「対壁」との間には、途方も無い空間的な「距離」が存在していると思われたのです。気の遠くなるような歳月の堆積が織り成すストライプ状の「地層」には、幾度かの「変革」の時代を経ながらも変わらぬ、この国の拠って立つどうしようもない「構造」が描かれているように視えたのです。あちらに渡っても同じであろう、その他人事のような諦観の念が、私達が共有する「空気」として漂っていたのは、確かなことでした。そして、仮に「対壁」へと渡るならば、途方も無い時間的な「距離」が存在していると思われたのです。私はいつものように、この「絶壁」のエッジまで歩み寄り、この「絶望」のナイフを心に突き刺して、成す術もなく引き返すことを繰り返していたのです。しかし今夜に限って、このエッジの周辺に放置された「TV」からは、アナログ放送の終了を告知する「音声」が断末魔のように鳴り響き、デジタル合成された「台風」の「画像」が、クルクルと渦巻きながらモクモクと巨大化する「雨雲」となって、画面から溢れ出していたのです。エッジに起立する無数の「TV」は、大型の表示機器に成り下がった「運命」を怨んでか、気の遠くなるような深い「谷底」を目指して、次々と身を投げ入れていたのです。「放送」は、「ネット」という新しい技術による外部侵略を受けて、「システム」としての消失の危機に瀕しているのです。「時間」は、「空間」がそうであったように、デジタル技術による解体と再編成という情報化の「過程」に入っているのです。社会の「底流」での根本的な「変革」が進行しているのです。と、「夢」の中のもう一人の私が預言者の如くつぶやきました。ああっ、やっぱり抜け出すべきだったという悔恨の念が、私を襲ったのです。しかし時はすでに遅かったのです。私の「脳内」で発生した「台風」の巨大な「目」は、私の様々な「妄想」を左巻きの「渦」に巻き込み、私の様々な「器官」から流出させながら、右方向への「進路」を取り始めたのです。そして、その増大する「妄想」の「暗雲」は、「TV」から吐き出された「雨雲」と一体となって合流し、この「谷間」を埋め尽くすことになったのです。そのデジタルとアナログの混然一体となった「大海原」を前にして、私が躊躇することなく最初の「一歩」を踏み出せたのは、「絶望」から与えられた勇気と大胆さがあったからに違いありません。つまり、この国の「どん底」を知るも良しとしたのです。ところが、私が意外に思ったことは、その足元のリアルな「感触」が、何ら日常の「不安」と本質的に異ならない不安定で底無しの恐怖感を「土台」にしているということでした。ただ、想像を超える「夢想」ならでは出来事としては、そこには、長いフサフサとした毛並みの「黒うさぎ」が生息していたということなのです。しかも彼等は、飛び跳ねることにリスクが生じる「環境」で進化したこともあってか、直立歩行を「日常」としているように思われたのです。しかし何と言っても、彼等の巨大さには驚かされてしまいました。それに、彼等がそもそも肉食系であるのか、それとも草食系であるのかといったことも、私の「脳内」で肥大化する新たな「暗雲」として急速に浮かび上がっていたのです。彼等の「目」は真っ赤に充血していました。私は私の「不安」を外在化するのですが、その外在化された得体の知れない「怪物」は、今後は私を「不安」のループへと引き込むのです。私は思わず、「希望」の象徴である「青空」を見上げました。するとそこには、「蜘蛛」の形を模して造られたロボットが、8本の足で「青空」を覆うように立っていたのです。そして、その足の付け根の部分には、モニターの役割を果す「TV」が、まるで世界を観察する「目」のように取り付けられていたのです。時刻は真夜中の3時を過ぎた頃だったでしょうか。私は、傍らに置かれたリモコンを見付けて、なぜか「奇跡」が起きることを確信してスイッチを入れたのです。すると、ヴォーンという機械音とともに鮮やかな「映像」が立ち上がり、そこには、「台風」の接近による暴風雨の中にあっても、明るく健気に逞しく、逆境に立ち向かう「なでしこ」の姿が映し出されていたのです。私は思わず、「絶望」の象徴であった「谷底」を見下ろしました。するとそこには、廃棄処分されたはずの無数の「TV」が整然と設置されていて、それらの画面にも、野草の「花園」が一面に広がっていたのです。そこには、「希望」から与えられる勇気と大胆さが咲き誇って視えたのです。
# by artbears | 2011-07-28 20:33
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ソフトマシーン・やわらかいきかいのひとりごとです

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